第16話 星祭り
学園祭が終わり、いつもの学園に戻りました。しかし季節は進み、空気が少し冷たくなってきました。
アスター様たちと離れたことでルピナスさんは精神的にも落ち着き、笑顔を見せるようになりました。
今は、レイニー様をはじめ、同じクラスの皆さんの指導の下、姿勢やお辞儀、パーティでの作法を学んでいます。
先輩方はその様子を微笑ましげに見守っていました。
そうしている内に、星祭りが近づいてきました。
星祭りは男性が女性に花束を渡して、愛を確かめる日です。
婚約者がいる方はその女性に、意中の女性がいる方は思いを伝える日です。
最後に二人で星空を見上げるのですが、寮の門限を考えるとできません。
貴族も平民もその習わしに則り、星祭りの日は町が花であふれ返ります。
出店もあって、街全体が賑わいます。
ただ、結ばれる方たちがいれば、散る方もいらっしゃいます。
人間関係の悲喜交々《ひきこもごも》が見られる何とも言えない日になることもあります。
噂好きのマダムに見られた日には、社交界にすぐさま広まってしまうのです。恐ろしや。
星祭り当日、秋晴れの気持ちの良い日になりました。澄んだ青が空いっぱいに広がっています。
私はサフィニア様とイベリス様と出かけることにしていました。
ただ町に遊びに行くだけです。華やかなドレスは必要ありません。ワンピースやブラウスとスカートなどで出かけます。
サフィニア様は寮の外に出ると大きな伸びをしました。
「天気が良くて気持ちいいわ」
「崩れる心配もなさそうですね」
イベリス様も深く息を吸います。薄紫色のふわふわした髪が風になびきました。
学園の門まで歩いていくと、一組のカップルが立っていました。背格好に見覚えがあります。
お兄様とキュラスお義姉様です。
お義姉様の手にはお兄様から贈られたと思われる花束がありました。オレンジ色を中心とした明るい色合いの花束です。
「三人とも、これを持っていけ」
お兄様は小ぶりな花束を三つ持っていました。
サフィニア様をイメージしたと思われる、青を基調とした花束。
イベリス様をイメージしたらしき、紫を基調とした花束。
そして、私のものと思われる、白を基調とした花束。
「アナベル様、ありがとうございます!」
「大事に飾りますわ」
サフィニア様とイベリス様はパッと顔を輝かせて受け取りました。
お二人に謹慎中の婚約者たちから花束は贈られていません。まだ禁呪の影響下にあるのでしょうか。
「今日は手ぶらで街を歩くものじゃないからな」
お兄様の気遣いに、サフィニア様もイベリス様も満面の笑みを浮かべています。
私もお兄様に頭を下げました。
「お兄様、ありがとうございます」
「三人とも、気をつけて歩くんだぞ」
お兄様たちに見送られ、私たちは街を目指しました。
女性が花を抱いて歩くカップル。大きな花束を緊張した面持ちで持つ男性。花はそっちのけで露店を楽しむ女性たち。
今日はみんなが祭りを楽しんでいます。
「マリーローズ様! どうか受け取ってください!」
突然、一人の男性が私の前に飛び出して、頭を下げたまま花束を差し出しました。
ですが、私は受け取るわけにはいきません。
「申し訳ございません。受け取れません」
ペコリと頭を下げると、彼は残念そうな顔をして去って行きました。
名前も名乗らず、いきなり花束を差し出されましても、ねぇ。
その後も――。
「受け取ってください! マリーローズ様!」
「どうか受け取ってください!」
「昔からお慕いしておりました! 受け取ってください!」
「私との婚約をお考え下さい!」
「マリーローズ様!」
「マリーローズ様!」
何人に声をかけられたのか、もはやわかりません。
全てお断りしました。お兄様のお守りは効果がなかったようです。
名前を存じていたのは二人くらいで、他の方は挨拶を交わしたことすらないお方でした。
「突然出てきて、受け取ってもらえると思っているのかしら?」
サフィニア様が呆れた声で呟きました。
仰るとおり、言葉すら交わしたことのない令嬢に婚約を申し込んで受け取ってもらえると思ったのでしょうか。
私はこれでも侯爵令嬢なのですが……。
舐められたものですわ。
「マリー様は内気で大人しい性格だと思われているようですから、勢いで押し切ろうとしたのでは?」
イベリス様もため息交じりです。
押し切れるわけないでしょうに。大人しく見えたのは短気なアスター様をヘタに刺激しないためです。
大人しくはしていますが、少なくとも、そこまで内気ではありません。
そこにまた、近づいてくる足音がしました。
つい、眉間にしわが寄ります。
「マリーローズ様」
私を呼んだのはスラウ様でした。振り向くと、オレンジ色の瞳が微笑んでいます。その手には真っ赤なバラの大きな花束がありました。
「そんな貧相な花束を渡す男より、僕があなたを幸せにして見せます。どうぞ受け取ってください」
この花束はお兄様から頂いたものなのですが。貶される覚えはありません。
こんなことを言う人だったのでしょうか。
「お断りします」
私はきっぱりと言い切りました。スラウ様であろうと、花束を貰うつもりはありません。
すると、スラウ様の表情が引きつりました。
「そんな貧相な花束を渡すような男を選ぶというのですか!?」
「これはお兄様から頂いたものです。他人の贈り物を小馬鹿にするような方の花を受け取る気はありません」
キツイ口調になりましたが、花束を受け取るつもりはないことをはっきり伝えます。
スラウ様の顔が曇り、雰囲気が変わりました。いつも学園で会う時のような穏やかなものではありません。
グイッとバラの花束を私に押し付けてきました。
でも私は手を出しません。受け取れないものは受け取れないのです。
私が花束を受け取る殿方はもう決まっています。
「何故、僕の花束を受け取らない!? 騎士団副団長の息子である僕の何が気に入らないんだ!?」
聞いたことのないくらい、スラウ様の語気が荒くなります。本当にスラウ様なのかと疑いたくなるくらいです。
スラウ様の手が離れた花束は地面に落ちました。花びらが数枚散り、石畳に広がります。
落ちた花束を踏みつけ、スラウ様は私に一歩近づきました。両手で肩を強く捕まれました。
「僕の何がいけない!? マリーローズ! 何故、僕を見ない!?」
「や、やめてください!」
鬼気迫るスラウ様に恐怖を感じました。
振り払おうにも、動揺して身体強化が上手く使えません。お兄様の花束を抱きしめるだけで精一杯です。
スラウ様はいったい何を言っているの?
そんなに仲良くなったつもりはないのに。
まるで私が花束を受け取ることを前提としているようです。
「ちょっと落ち着いてください!」
「マリー様が嫌がっています!」
サフィニア様とイベリス様がスラウ様を諌めます。しかし、その声は届いていません。
強く肩を揺さぶられます。
「どうして僕の想いを踏みにじるんだ!?」
そう言われましても!
怖い!
どうすれば……!?
すると、いきなり身体が後ろに引っ張られました。捕まれていたスラウ様の手が肩から外れます。
「君の想いを踏みにじっているのは、君自身だよ」
安心する声が、頭の上から降ってきました。




