第15話 学園祭のひと時
学園祭当日を迎えました。ご家族の方たちもいらっしゃるので、学園内はとても賑わいます。
まるで校舎まで笑っているようです。
その賑わいを遠くに感じながら、私は生徒会室にいました。
今日の私の役目は、生徒会室のお留守番です。ただ座っているだけではありません。
警備役の腕章の受け渡しや人員の確認をしています。
腕章には有事の際に校舎内で魔法が使えるよう、特殊な魔法が施されています。万が一にも紛失することは出来ません。
ですから、必ず警備役同士で、かつ、生徒会の誰かの立ち合いの元、手渡しします。
まあ、交代の時以外、暇なのは確かです。訪れる人は誰もなく、のどかな時間が流れます。
怒涛の準備期間が嘘のようです。
次の交代まではあと三十分ですか。
身体を動かさねば、固まってしまいそうです。うーんと大きく両手を上に伸ばしました。
あ、脇が痛い。
コンコン、と丁寧なノックがされました。慌てて腕を下ろします。
「はい、どうぞ」
まだ交代の時間には早いのに誰でしょう? まさか、何か問題が?
緊張した私の前でドアを開けたのは、ローダン様でした。ニコッと笑ってドアから顔を覗かせます。
「お疲れさま」
「ローダン様!?」
ど、どうしてローダン様がここに?
ローダン様はパタンと後ろ手でドアを閉めました。今日のお姿は白いワイシャツと黒のスラックスの軽装でした。
「教室に行ったら、生徒会室にいると聞いてね。はい、ケーキを売っているクラスがあったから。お土産」
そう言って、私が驚いている間に紙袋をテーブルの上に置きました。ハートマークが印刷された可愛らしい紙袋です。
開けてみると、チーズケーキが一切れ入っていました。
「ありがとうございます。ちょうど小腹が空いていたところだったんです」
このテーブルには書類がありますから、別のテーブルで食べましょう。ちょうど窓際に一つテーブルがあります。
「ローダン様、こちらへどうぞ。今、お茶を淹れますね」
私はローダン様をそちらのテーブルへ促し、お茶を淹れる準備をしました。
生徒会室には小さな給湯室があり、作業の合間にお茶を淹れて休憩することができます。
お湯を沸かしている間、ローダン様は懐かしそうに生徒会室を眺めていました。
ローダン様もお兄様も、もちろんカトレア様やアルドラ殿下もこの生徒会室で過ごしたはずです。
私も来年からお世話になります。よろしくお願いしますね。
ティーポットに茶葉を入れ、お湯を注いでティーカップと共に小さなトレイに乗せて運びます。
「お待たせしました。メリアのように上手に淹れられるといいんですけど」
私は慎重にテーブルの上にトレイを置きました。揺れてお茶がこぼれたら大変です。
椅子に座ると、ローダン様は小さく微笑みました。
「キミが淹れてくれたお茶なら大歓迎だよ。しかし、この時期は毎年荒れるねぇ……」
ローダン様は言いながら、書類やバインダーが山積みのテーブルたちを見回します。その声には覚えのある含みがありました。
普段は整然と綺麗な生徒会室も、学園祭の時期だけは違います。
確認書類が限界を突破し、ファイリングすべき書類たちは後回しにされ山になる。
床にまで散乱させなかったのは、皆さんの意地でした。床に落ちたらもう手の施しようがありません。
私は警備係の管理の傍ら、それらをコツコツとファイリングしていました。
終わりが見えない道を歩いているようです。ですが、やらないと終わりません。
私はカップに紅茶を注ぎ、ローダン様に差し出しました。
ローダン様は香りを嗅いだ後、カップを口元に運びます。お味はどうでしょうか。
頷いたローダン様は笑顔を向けてくださいました。
「さすがにメリアには劣るけど、美味しいよ」
「ありがとうございます」
合格点は頂けたようです。
ローダン様はソーサーにカップを置き、一息つきました。
「婚約の件、突然で悪かったね。誰にも先を越されたくなくて」
まあ、婚約破棄したその日のうちに新しい縁談が持ち上がるとは思っていませんでしたが。
「幼い頃からアスターが婚約者であるキミを所有物のように振り回しているのを見て、気の毒で仕方なかった。キミは気付いていなかったかもしれないけど、諦めたような顔をしていたよ」
隠していたつもりでしたが、やはり幼い頃は顔に出ていたのですね。
「アスターといると優しいキミが、優しい顔をしていない。僕が婚約者だったら、そんな顔はさせないのに。いつもそう思って見ていた」
感情の回路を切っておかないと、何をしても口を出しそうになっていましたから。アスター様は本当にご自分の立場を理解しておられない。
いい加減にしてもらわねばと思った時は口を出していました。それでも彼には口うるさかったのでしょう。
「どうして僕はもっと後に生まれなかったのか。どうしてマリーはもっと早く生まれてくれなかったのか。そんなことを考えてしまう時があったよ」
ローダン様が、そんなことを思っていてくださったなんて。
なんと返せばいいのでしょうか。
ローダン様は優しく微笑んでいます。
「ごめんよ。困らせるつもりはなかったんだけど。僕の気持ちは、知っていてほしかったから」
相変わらず優しい声が耳に届きます。私は微笑んで、頷きました。
そんなに私のことを想ってくださる方がいるなんて、私は幸せ者です。
「さ、ケーキも食べて。食べられるときに食べておかないと、身がもたないよ」
「はい」
ローダン様に促され、私はチーズケーキにフォークを入れました。ソフトな手応えです。
口に入れると、チーズのコクの奥に爽やかなレモンの香りが漂ってきます。
お、美味しい。どこのお宅のレシピでしょう。
「お店のケーキのようですわ」
どんどん食べ進めてしまいます。小腹が空いていたのは事実ですから。
「それは良かった」
ローダン様は嬉しそうに笑いました。
「ペンダントも忘れずにつけてくれているようで安心したよ」
私は思わず喉を詰まらせました。
制服の下でちらりと輝く星のペンダントは見えていないはずです。やはり、本人の魔力を込めたものだからわかるのでしょうか。
アクセサリーの着用は禁止ではないのもの、あまり奨励されていません。
なので、私のように制服の下にこっそりつけている人がほとんどです。
私は息を整えニッコリ微笑みました。
「お守りですもの」
それから二人でティータイムをしてくつろいで、ローダン様は帰っていきました。
午前中だけお休みを貰っていたそうです。
やはり、王太子の側近ともなればお忙しいですね。
私も抜かりなく、自分の仕事をしなければ。
幸い、今年の学園祭は事故も事件もなく、平穏に終了することができました。




