第13話 令嬢たちは団結する2
私たちの攻防は、昼休みも続きました。
アスター様たちが来る前に、B組の女子全員で食堂へ行き、席を取ります。
さりげなく、A組とC組の女子もその周りを囲んで座りました。婚約者がいる方は話をつけているのか、こちらに合流しています。
男子は「女子が何か始めた」といった雰囲気で私たちを見守っています。
そこへアスター様たちがやってきました。私たちの様子を見て顔をしかめています。
「おい、そこは俺の席だ。どけ」
アスター様の声にルピナスさんの肩がビクッと跳ね上がります。周囲にも緊張が走っているようです。
私とフリージア様はルピナスさんたちが見える位置に座っています。いつでも動けるよう、食事の手を止めました。
ルピナスさんの隣に座っていたダリアさんは澄ました顔で椅子に座ったまま振り向きました。
「食堂は自由席ですよね」
「アスター様がどけと言っているんだ。どけ!」
ラタム様がダリアさんを睨みました。それでもダリアさんは引きません。
「学園内では身分の差はなく平等、なんですよね?」
「それでも先輩の言うことは聞くものだろう!?」
ニゲラ様も詰め寄ります。ダリアさんは金色の目でニゲラ様を見上げました。
「もう食事をしている生徒の席を奪うことが、先輩のすることなんですか?」
そもそも、食事をしている方の席を奪い取ること自体が失礼なことです。
しかし、今の彼らにそんな良心を求めることはできないでしょう。
苛立ちが募ったのか、ラタム様の手がダリアさんの椅子の背もたれにかかりました。
危ない!
そう思って腰を上げた時には、ダリアさんの椅子が引き倒されてしまいました。一緒にダリアさんも床に倒れ込みます。
大きな音が食堂の喧騒を貫きました。
騎士科のラタム様なら、女性が座る椅子なんて片手で簡単に倒せてしまいます。
「ダリア様!」
ルピナスさんは思わず席を立って倒れたダリアさんに寄り添いました。私とフリージア様も向かいます。
「大丈夫、ちょっと打っただけだから」
ダリアさんは笑顔で答えました。大きなケガはないようです。
ホッとしたのも束の間。アスター様がルピナスさんの腕を掴みました。
「ルピナス。さあ、行こう」
ぐいと持ち上げられようとした腕を、ルピナスさんは力一杯振りほどきました。
アスター様は驚いています。
「嫌です。私は皆さんと一緒にご飯を食べます」
ルピナスさんの淡紫の目に怒りが滲み出ました。その目をアスター様たちに向けて立ち上がります。
私はダリアさんを支えて起こしました。制服にゴミが付いた程度で、やはりケガはないようです。
ルピナスさんは目を吊り上げて続けました。
「放課後も皆さんとおしゃべりしたり、勉強を教えてもらいます」
「そんなこと俺たちが……」
「必要ありません! あなたたちから学ぶことなんて、なにもありませんでした!」
アスター様の言葉を遮り、ルピナスさんが叫びます。
初めてのルピナスさんからの拒絶に、三人は戸惑っているようでした。
何故、自分たちを拒むのか。そんな顔です。
「そうか……またマリーからの入れ知恵か」
アスター様は低い声で呟きました。
だから、何でもかんでも私のせいにしないでください。
私はため息をついてルピナスさんの隣に立ちました。
「勘違いなさらないでください。これはルピナスさん自身の意思です」
「ルピナスが俺を拒否するわけがない!」
「それが勘違いです」
アスター様の怒鳴り声など慣れたもの。間髪入れずに言葉を投げつけました。
今の彼にどこまで言葉が通じるのかは未知数です。ただ、大勢の生徒の目があります。当たり前のことは言っておかねばなりません。
アスター様は顔を真っ赤にしました。
「うるさいうるさいうるさい!」
幼い頃に癇癪を起したような叫び声を上げます。
これは、危ないですね。
アスター様は右手を私の方へ向けました。手のひらで炎が踊ります。
フリージア様がバッと私の前に飛び出ました。
次の瞬間、ビーッとけたたましいサイレンが鳴りました。食堂の中がざわざわし始めます。
アスター様の足元に魔法陣が浮かび上がりました。それが何か判断する前に、アスター様の姿は食堂から消えていました。
これが学園内に張られている結界の効力です。魔法を行使しようとした者を独房へ飛ばすという結界。
入学式後のオリエンテーションで習いましたわ。
フリージア様はちらりと私を振り返ります。その蒼い視線はちょっと訝しげです。
不可抗力です。わざと魔法を使うよう誘導したつもりはありません。あちらが簡単に乗っただけです。
「アスター様!?」
「いったいどこへ!?」
ラタム様とニゲラ様が焦っておられます。
お二人だって知っているでしょう。校舎内で魔法、特に攻撃系の発動は厳禁であることを。
周囲をちらりと見回すと、呆れた顔をしている先輩方がほとんどでした。この状況を見て、同情の余地はありませんものね。
私たちは何事もなかったかのように席に戻って食事の続きをしました。これ以上、付き合う必要はないでしょう。
お昼休みの時間が減ってしまいます。
ラタム様とニゲラ様はまだ何か言いたげでしたが、何も言わずに去って行きました。
先生方が食堂へ来たのはその後でした。
何があったのか、詳細に先生へ伝えます。そこに感情を入れてはいけません。事実だけを並べます。
アスター様たちがすでに座って食事をしているルピナスさんたちの周囲の人たちにどけと言ってきたこと。
ダリアさんがそれを拒むと、ラタム様が椅子ごと引き倒したこと。
ルピナスさんがアスター様たちとの食事を拒むと、それを私のせいにして罵ってきたこと。
そして、私に魔法を放とうとしたこと。
一年女子だけでなく、周囲にいた一年生の男子生徒や他の学年の生徒も一様に証言してくれました。
先生方は頭を抱えています。無理もありません。
校則違反である校舎内での魔法の使用をしたのが、公爵家の嫡男とは前代未聞です。しかも狙ったのは侯爵家の令嬢。
いったい何年振りの校則違反なのでしょう。
うねる茶髪の歴史の先生が控えめな視線を私に向けます。
「このことは、ご実家には……」
「もちろん、伝えていただいて結構ですわ」
私はにっこりと笑って答えました。
アスター様たちの様子がおかしいことはもう伝えてあります。禁呪のことも、きっとお父様は知っていると思います。
今回のようなことは、予見しているかもしれません。
なので我が家は何も問題ありません。
ハックナイト公爵家はどうかわかりませんけれど。
独房へ送られたアスター様が自力で出られるわけもなく、その後は平穏な時間が訪れました。
本日の授業が終わり、寮に戻った私たちは歓声を上げました。
「やったわ!」
「ルピナスさん、よく頑張ったわね!」
「偉い偉い!」
「ざまあみろよ!」
「自分から魔法を使おうとするなんて、愚かにもほどがありますわ」
口々に反論したルピナスさんを湛え、スカッとした気分を爆発させます。
「ありがとうございます」
ルピナスさんは涙ながらに、何度も皆に頭を下げました。ダリアさんとカルミアさんもルピナスさんを抱きしめます。
私とフリージア様も顔を見合わせて頷き合いました。が、フリージア様はため息をつきます。
「まったく、ご自分を標的にさせるなんて。あなたの護衛は骨が折れそうです」
隠していたつもりでしたが、彼女はお見通しのようです。さすがの観察眼ですね。
でも、何も考えずそんなことしたわけではありません。
「その気になれば、アスター様には負けませんもの」
私はフフッと笑って見せました。
「そういう問題では……」
フリージア様はちょっと呆れた顔です。ご心配かけて申し訳ありませんね。
でも魔法の技術なら、圧倒的に私のほうが上です。何をして来てもあしらう自信はあります。
お兄様の魔法の練習を見ていれば、大抵の攻撃は可愛いものに見えてしまいますもの。
そもそも、私たちの婚約の要因は私の魔力量がアスター様より多かったことです。
公爵家としては魔力量の多い令嬢を嫁に迎えたい。そこでほぼ同じ時期に生まれた私に白羽の矢が立っただけです。
この騒動を受け、アスター様、ラタム様、ニゲラ様の三名はしばらく自宅謹慎になるそうです。
これで安心して学園祭の準備に力を入れることができます。
そう、思っていたのに――。
「マリーローズ様! 学園祭の間だけでいいのでお力をお貸しください!」
生徒会の方が助けを求めにいらっしゃいました。
私の学園祭は、どうなるのでしょうか……?
お読みいただきありがとうございます。
一難去ってまた一難の予感がしてきました。




