第10話 おかしくなった理由
「私は、ローダン様のことが好きです」
その答えに満足したのか、カトレア様は大きく頷きました。それから、廊下につながるドアとは別のドアに顔を向けました。
「だ、そうよ。良かったわね」
え?
驚いている間に、ドアが開きました。
入って来たのは王太子アルドラ殿下とローダン様です。
今の、聞かれていた!?
ど、どうしましょう!?
「良かったな、ローダン。すぐに婚約しよう、そうしよう。むしろ結婚しろ」
アルドラ殿下が何度も頷きます。
どうして殿下がそんなに勇み足に?
ローダン様は呆れています。
「殿下、それよりもっと大事な話があるでしょう」
「俺にとってはこっちだって大事な話だ!」
殿下の声は切羽詰まっていました。いつもは溌溂とした金色の瞳が険しいです。
私たちの婚約が、殿下に何をもたらすのか。私にはさっぱりわかりません。
アルドラ殿下は私の方を見ました。
「こいつ、令嬢たちの相手が面倒だからって、夜会やパーティで俺を盾にするんだ。おかげで娶る気もない側妃の話ばかり持ち上がって……」
「その話は後でもいいでしょうに」
カトレア様も呆れて口を挟みます。殿下はキッとカトレア様に視線を向けました。
「良くない! 俺はカトレア以外の妻はいらん! 俺が愛するのはカトレアだけだ!」
アルドラ殿下が愛を叫びます。
愛妻家と言われるほど、カトレア様にべた惚れの殿下の側妃になるのは至難の業でしょうね。
それでも側妃でいいからとすり寄ってくる貴族はいるようです。
と、いうより、婚約のこと以外に、私に何かお話があるようです。
つまり、お兄様が万年筆をお忘れになったのは、私を城まで足を運ばせる理由を作るため。
そうすれば、ばったり会ったカトレア様が私をお茶に誘うのは不自然ではありません。
わざわざお茶会を開く必要もありません。
「まあ、この件は追々話すとして」
コホン、とカトレア様が咳ばらいをしました。
そうですね。話を進めましょう。
「プルーム男爵だけど、監査が入ったらとんでもないことになっていたわ。事業と家の会計はごちゃ混ぜ。男爵が利益の一部を私的に流用。危険な魔法が施された魔道具も流通させていたの」
思っていたより、やらかしていましたね。危険な魔法が施された魔道具なんて、法律違反なのでは?
ローダン様が頷いて続けました。
「プルーム男爵は身を拘束され、奥方や国から派遣された会計官が会計の整理に追われているよ」
「夫人は女だからと事業や家計に触れさせてもらえなかったせいで何もできなかったそうだ。今後はプルーム夫人に任せれば大丈夫だろう。その後の手腕を見る限り、優秀なご夫人だ」
殿下の言葉を聞く限り、プルーム男爵家が取り潰しになるようなことは避けられそうです。
本当に良かったですわ。
ですが、皆さんの顔はまだ険しいままです。まだ何か、大きな問題があるのでしょうか。
眉間にしわを寄せたアルドラ殿下が口を開きました。
「で、ここからがかなり厄介な話だ。キュラス嬢からの報告で、ルピナス嬢がプルーム男爵から貰ったというペンダントに禁呪が施されていた」
「禁呪!?」
私は思わず声を上げてしまいました。確かに不思議な輝きを持つ宝石だとは思っていましたが……。
心の中で何かがざわざわと動き回っている気がしました。
禁呪は文字通り、禁じられた呪文です。国が危険だと判断し、使用を制限した魔法です。
そんなものが、身近にあったなんて。
「施されていたのは、人の精神に干渉する魔法だったそうだ」
殿下が硬い声で告げました。
「では、アスター様たちの様子がおかしくなったのは……」
「おそらく、その禁呪のせいだろう」
私の予想を、アルドラ殿下が肯定します。でも、狙いすましたようにあの三人だけが干渉されるなんて、どんな魔法だったのでしょう。
「ですが、もうそのペンダントはルピナスさんの手元にはないですよね? 効果が薄れていくのではないですか?」
禁呪を放つペンダントはもうルピナスさんの手を離れています。禁呪の効果が消えていってもおかしくはないはずです。
そんな私の希望的観測は、ローダン様によって否定されました。
「精神干渉系の魔法、呪いのようなものは簡単に消えない。しばらくは対象者の中に残り続けるんだ」
光属性の魔法を得意とするローダン様はそういうことにも知識があります。そのローダン様が言うのならば、簡単には解けないのですね。
殿下がため息をつきました。
「三人の暴走が激しくてな。ルピナス嬢を騎獣で連れまわしている。家の者が咎めてもダメだったそうだ」
騎獣は自分の魔力で造り出した乗り物です。ほとんどの方が獅子や馬を形取り、空を飛んで移動します。
長い距離を移動する時は、たいてい騎獣を使います。
それで連れまわすなんて。ルピナスさん、大丈夫でしょうか?
空を飛ぶのは慣れないと怖いことです。
それに、婚約者でもない女性を連れまわすなんて、自ら痴態を広めているようなものです。
サフィニア様とイベリス様も頭が痛いことでしょう。
「禁呪のペンダントの入手経路はまだ調べているところだ。国としても、そんなものの流通は容認できない」
アルドラ殿下の眼差しは真剣でした。
いつもそんな表情だと素晴らしいのですけど、カトレア様の前だと崩れるんですよね。
すると、ローダン様が細長い小箱を差し出しました。水色のリボンがついた可愛らしい小箱です。
「早いけど、誕生日プレゼント。禁呪は周囲にもどんな影響があるかわからない。お守りだと思って身につけていてほしい」
「ありがとうございます」
私は小箱を受け取りました。パッと心が明るくなります。
きっとローダン様の魔法が施されたものなのですね。
「大事にし過ぎて、引き出しにしまいっぱなしはダメだよ」
「……はい」
ローダン様の指摘に、私は俯き加減になりました。
私の悪い癖です。大事なものは使うのがもったいなくて飾ってしまうのです。
幼い頃、カトレア様に頂いた髪飾り、ローダン様に頂いたペン、などなど、大切にしたいものは全部使わず部屋に飾っています。
そんな私の癖はお見通しのようです。
「と、言うわけで、今つけようか」
ローダン様に促され、私は小箱を開けました。
星形のペンダントです。星の中央には透明な石がはめ込まれています。石はダイヤモンドの虹色とは違う、淡い七色に反射しました。
魔法の効果でしょうか。見たことのない輝きです。
箱から取り出して首につけます。慣れない感触が首元をくすぐりました。星形のペンダントトップから温かいものが伝わってきます。
それを見届けたローダン様は満足げに頷いていました。
私たちの様子を見て、カトレア様はクスクスと笑ってらっしゃいます。
「夏休み明けも大変だと思うけど、何か異変を感じたら遠慮なく報告するのよ」
「かしこまりました」
ありがたい申し出をうけ、私はカトレア様に頭を下げました。
しかし、夏休み明け早々に報告しなければならないような状態となっていました。
まず、生徒たちは始業式の前日に寮へ入ります。
久々の再会に会話が弾む談話室に、フラフラとした足取りで現れたのはルピナスさんでした。
通学用鞄と荷物が入っているトランクを持って、左右に揺れながら歩いています。髪を結う余裕がなかったのか、少し乱れた金髪が歩くたびに揺れました。
顔は青白く、背中を丸めて歩く姿は痛々しいという表現では足りないくらい見ていられません。
「ルピナス!? 大丈夫?」
ダリアさんが慌てて駆け寄ってルピナスさんを支えます。トランクを奪うように手に取って背中に手を当てました。
同じクラスの方でしょうか。他にも二名がルピナスさんに寄り添いました。
「宿題が、終わらなくて、徹夜で……」
ぼそぼそとルピナスさんの口から言葉がこぼれ落ちました。
宿題をする暇がないほど連れまわされたのですね。
それでもすべて終わらせるために必死に机に向かったのでしょう。彼女の根は真面目です。
きっと宿題をしないという選択肢は選べません。
一年生の部屋へ続く階段を上っていく彼女たちを見て、先輩方も顔を見合わせます。
「アスター様たちから連れまわされたそうよ」
「うちの領地にも来ていたわ。社会勉強だとか仰っていたけど、肝心の宿題が終わらないんじゃ意味ないわよね」
「ルピナスさんをお人形か何かだと思っているのかしら」
「サフィニア様やイベリス様のお声にも耳を傾けないし。愛想尽かされても文句は言えないわ」
女子寮では三人への嫌悪感が増しています。男子寮がどうなっているかはわかりませんが、これでは学園を分断しかねません。
そして、私が危惧していたことはすぐそこまで迫っていました。




