第12話 ドラゴン、子爵に現実を突きつけられる
ドラゴン生活九日目・朝。
俺、竜咲空。
巨大ドラゴンとして、城壁都市レグナの西門外に仮滞在している。
十日後に王都へ正式報告が送られる。
そう言われてから、今日で九日目。
つまり、残りはほとんどない。
俺は、この街にとって害だけではないと示さなければならない。
言葉にすると、かなり重い。
俺は街を襲いたいわけじゃない。
人を食べたいわけでもない。
火を吐き散らしたいわけでもない。
ただ、森で一人きりが無理だった。
人の声が聞こえる場所の近くにいたかった。
その結果、警鐘を鳴らされ、城壁前で伏せ、寝返り申請を作られ、鼻息の向きを指定され、パンを食べるにも手順が必要になった。
そして今日は。
アルバート子爵による中間確認の日だ。
「ソラ殿」
赤い布の外側で、リシェルさんが書類板を抱えて立っている。
昨日よりは、少しだけ顔色がいい。
本当に少しだけ。
グレタさんに半分だけでもパンを食べさせられ、一刻だけ休まされた効果はあったらしい。
「朝の確認を行います」
「はい」
「姿勢、伏せ。尻尾、赤布内。翼、畳まれた状態を維持。火炎反応、なし。鱗、自己抜去なし。爪、指定位置内。夜間の予定外行動なし」
「よかった」
「発声量、良好」
「それもよかった」
「本日の事前申告をお願いします」
来た。
昨日から始まった新しい項目。
その日にやりたいこと、不安なこと、気になることを、朝のうちにまとめて言う。
思いつきで動かないため。
突発的に喋らないため。
リシェルさんの仕事を少しでも減らすため。
俺は、昨日の夜から考えていたことを順番に言った。
「今日、アルバート子爵に聞かれたことには、できるだけ正直に答えます」
「はい」
「言い訳はしません」
「はい」
「でも、怖いです」
リシェルさんの筆が動く。
「王都報告、中間確認への不安あり」
「はい」
「他には」
「俺がここにいたい気持ちだけで、街に迷惑をかけてることも分かっています」
「はい」
「でも、森に戻りたいとは思っていません」
言ってから、少し喉が詰まった。
森。
一人。
風と木と獣の音しかない場所。
あそこに戻れば、街に迷惑はかからないかもしれない。
でも、俺は戻りたくない。
その本音は、かなりわがままだと思う。
リシェルさんは、すぐには書かなかった。
少しだけ俺を見て、それから筆を動かした。
「孤立状態への忌避感あり。街近郊への滞在希望は継続」
「はい」
「他には」
「リシェルさんが無理してないか気になります」
「その項目は昨日確認済みです」
「今日も気になります」
「記録します。ただし、本日の中間確認とは直接関係しません」
「関係します」
リシェルさんの筆が止まる。
「理由は」
「リシェルさんが倒れたら、俺はたぶん止まれなくなる場面が増えます。だから、俺の安全管理の一部です」
リシェルさんは、少しだけ黙った。
「……記録します」
「お願いします」
言えた。
ちゃんと。
圧にならないように。
心配ではなく、必要な管理の話として。
「最後に」
俺は息を整えた。
「今日、俺がここにいていいかどうかを厳しく言われても、翼と尻尾を動かさないようにします」
リシェルさんが、ゆっくり頷いた。
「重要です」
「はい」
「その申告を、本日の最重要注意事項とします」
最重要。
怖い。
でも、正しい。
俺は今日、たぶん厳しいことを言われる。
その時に、体が反応しないようにする。
それができなければ、俺はまだ街の近くにいられない。
午前の鐘が鳴った頃、アルバート子爵が西門へ来た。
城壁の上ではなく、今回は門の外側。
もちろん、赤い布からは十分離れている。
ラウル隊長がそばに立ち、兵士たちも配置されている。
グレタさんは少し離れた場所で荷車を押さえていた。
ゴルドさんも腕を組んでいる。
市場係の人間も数人。
トマたち子どもは、今日は近づけないことになっていた。
中間確認は遊びではない。
子どもが見物する場ではない。
リシェルさんの判断だ。
アルバート子爵は、俺を見上げた。
最初に会った時と同じように、目を逸らさない。
怖がっていないわけではないと思う。
でも、その怖さを判断の外へ出さない人だ。
若いのに、領主の顔をしている。
「ソラ殿」
「はい」
「今日は、あなたの仮滞在について中間確認を行います」
「はい」
「これは処罰の場ではありません」
少しだけ安心しかけた。
だが、アルバート子爵は続けた。
「同時に、慰めの場でもありません」
胸の奥が冷えた。
「あなたがここにいてよい理由と、ここにいてはならない理由。その両方を並べます」
「……はい」
声が少しだけ震えた。
でも、風は出ていない。
たぶん。
リシェルさんの筆が動く。
発声量、許容範囲。
そう書かれた気がした。
アルバート子爵は、リシェルさんに視線を向けた。
「報告を」
「はい」
リシェルさんは、書類を一枚めくった。
「仮滞在開始以降の主な危険事例。寝返り未遂による杭損傷未遂。起床時の地面損傷。発声および腹鳴による周辺振動。食事時の破片落下。鱗の自己抜去未遂。商人による竜素材接触。爪跡による地面損傷。爪跡内の銀色粒子確認。市場取引への間接影響。名称使用および連想商法の発生」
長い。
思ったより、ずっと長い。
俺は、一つ一つ思い出した。
寝返り。
パン。
鱗。
爪。
算術。
商品名。
その時は、一つずつ対応してきたつもりだった。
でも並べられると、重い。
俺は、たった九日でこれだけ問題を起こしている。
悪意はない。
でも、問題はある。
リシェルさんは続けた。
「主な利益事例。グレタさんの硬焼きパン試作への食味協力。西門硬焼きの商品化候補。子どもへの遠隔算術指導。市場価格表示の誤記発見。爪跡調査による足場補強および爪保護具の検討。ソラ殿自身による危険性理解と停止指示への反応確認。事前申告による突発行動低減の可能性」
今度は、少し息がしやすくなった。
良いこともある。
少しだけだけど。
俺は、ただ迷惑だけを増やしているわけではない。
パン。
算術。
市場。
手順。
記録。
それらもちゃんと並べられている。
アルバート子爵は、静かに聞いていた。
途中で頷くこともなく、遮ることもない。
全部を聞いたうえで、俺へ視線を戻した。
「ソラ殿」
「はい」
「ここまでを聞いて、どう思いますか」
どう思う。
答えにくい質問だった。
言い訳をしようと思えばできる。
わざとではありません。
悪気はありません。
俺も困っています。
でも、それはたぶん足りない。
「思っていたより、問題が多いです」
俺は言った。
「自分では一個ずつ気をつけてるつもりでした。でも、並べられると、俺がここにいるだけで街の仕事が増えてるのが分かります」
アルバート子爵は、表情を変えない。
「他には」
「でも、少しだけ役に立てたこともあると思います」
「はい」
「それは嬉しいです。でも、その嬉しさで調子に乗ったら危ないとも思います」
リシェルさんの筆が動く。
「続けてください」
アルバート子爵が言った。
「俺は、この街の近くにいたいです」
はっきり言った。
言ってしまった。
「森に一人で戻るのは嫌です。でも、街の人を危険にしたいわけじゃない。だから、俺がここにいるせいで街の人が危ないなら、俺が嫌だとか寂しいとかだけで居座るのは違うと思います」
言葉にすると、胸が痛かった。
でも、ここを誤魔化したら駄目だ。
「ただ」
俺は、赤い布の内側で爪を動かさないように意識した。
「もし、手順や距離や記録で危険を減らせるなら、ここにいられるように努力したいです。自分を削るんじゃなくて、ちゃんと止まる努力をしたいです」
風が少しだけ吹いた。
俺の鼻息ではない。
ただの朝風だった。
アルバート子爵は、しばらく黙っていた。
そして、リシェルさんへ聞いた。
「今の発言について、記録上の評価は」
リシェルさんは即答しなかった。
一呼吸置いてから答える。
「自己危険性の理解は進んでいます。滞在希望も継続。ただし、役に立とうとする焦りは残っています。事前申告により一部軽減の可能性あり」
「停止指示への反応は」
「良好です。ただし、感情反応は依然として危険因子です」
「管理可能性は」
「現時点では、限定条件下で可能。ただし、リシェル個人への判断集中は危険です。昨日より、一次対応の分担を開始しています」
アルバート子爵の視線がわずかに鋭くなった。
「判断集中」
「はい。私一人での継続管理は、長期的に不適切です」
リシェルさんが、自分でそう言った。
俺は少し驚いた。
昨日までなら「問題ありません」と言っていた気がする。
でも今日は違う。
ちゃんと認めた。
自分一人では不適切だと。
アルバート子爵は、短く頷いた。
「ようやく言いましたね」
「申し訳ありません」
「責めてはいません。ですが、遅い」
容赦がない。
リシェルさんは頭を下げた。
「はい」
アルバート子爵は、俺を見る。
「ソラ殿。あなたの存在は、リシェル一人の努力で支えられるものではありません」
「はい」
「あなたが善良であるかどうかとは別に、この街の仕組みで支えられなければなりません」
「はい」
「仕組みが作れないなら、あなたをここに置くことはできません」
その言葉は、重かった。
でも、分かる。
俺の隣に一人だけ頑張る人がいて、その人が倒れたら終わり。
そんな状態では、街は俺を受け入れられない。
アルバート子爵は、書類を一枚取り出した。
「本日より、ソラ殿に関する管理体制を暫定的に変更します」
リシェルさんが姿勢を正す。
ラウル隊長も一歩前に出る。
「第一。リシェル補佐官は総合記録と判断整理を担当。ただし、一次対応は分担する」
「はい」
「第二。守備隊は接近制限、夜間監視、突発時の退避誘導を担当」
ラウル隊長が答える。
「承知しました」
「第三。食事および食味協力に関する窓口はグレタさん。ただし、安全手順はリシェル確認後」
グレタさんが腕を組む。
「分かったよ」
「第四。足場、爪跡、補強、道具案はゴルドさんが一次確認」
ゴルドさんが頷く。
「ああ」
「第五。市場における名称使用、竜関連表記、計算指導の影響は市場係が一次記録し、必要に応じてリシェルへ送る」
市場係の人が慌てて頷く。
「承知しました」
「第六。ソラ殿は毎朝、行動予定、不安、希望を短く申告する。ただし、申告内容をそのまま許可とは扱わない」
「はい」
「第七。ソラ殿は、街への貢献を理由に、身体由来物の提供、無許可行動、過剰な自己抑制を行ってはならない」
「はい」
過剰な自己抑制。
昨日の「何もしません」まで含まれている。
俺は少しだけ恥ずかしくなった。
アルバート子爵は続ける。
「そして最後に」
声の温度が、少し下がった。
「これらの体制を整えてもなお、あなたが街に対して重大な危険を生むと判断した場合、私はあなたに退去を命じます」
空気が止まった。
退去。
その言葉は、まっすぐ俺に刺さった。
「場合によっては、王都や神殿、軍への対応要請も行います」
「……はい」
声が、少し低くなった。
城壁の上の旗がわずかに揺れる。
「ソラ殿」
リシェルさんの声。
「翼」
俺は止めた。
気づかないうちに、翼の根元が動きかけていた。
「止めました」
「確認しました」
呼吸。
上へ。
細く。
退去。
討伐ではない。
でも、俺にとってはかなり怖い言葉だった。
森に戻される。
一人に戻る。
街の声から遠ざかる。
でも。
アルバート子爵は、今それを言わなければならない人だ。
領主だから。
民を守る人だから。
俺を慰めるためにここへ来たわけではない。
「分かります」
俺は言った。
「俺が危なくなったら、追い出される。それは、分かります」
「理解しているだけでは足りません」
アルバート子爵は言った。
「理解したうえで、止まれることが必要です」
「はい」
「今日、翼を止めたことは記録します。ですが、翼が動きかけたことも記録します」
「はい」
両方。
良いことだけではない。
悪いことだけでもない。
俺はいつも、その両方で見られている。
「ソラ殿」
アルバート子爵の声が、少しだけ柔らかくなった。
「あなたがこの街にいてよい理由は、少しずつ増えています」
胸が少し温かくなる。
「ですが、いてはならない理由も、同じように増えています」
すぐに冷える。
「パン、算術、救助の可能性、住民との対話。それらは利益です」
「はい」
「しかし、竜素材、名称利用、市場影響、地面損傷、周辺魔力らしき痕跡、管理負担。それらは危険です」
「はい」
「あなたは、その両方を持っています」
俺は、ゆっくり頷きそうになって、止めた。
代わりに、瞬きを一回した。
「肯定反応として扱います」
リシェルさんが言う。
少しだけ、場の空気が緩んだ。
アルバート子爵も、ほんのわずかに目元を緩めた。
「よろしい」
でも、その声はすぐに領主のものへ戻った。
「十日目の報告では、あなたを即時討伐対象とは記載しません」
俺は息を止めかけた。
「呼吸」
リシェルさん。
「はい」
俺は息を吐く。
上へ。
「ただし、安全確認済みの存在とも記載しません」
アルバート子爵は続けた。
「現地管理下での継続観察。限定条件下での仮滞在継続。危険性高。利益事例あり。王都判断を要する可能性あり」
一つ一つが、書類の言葉だった。
でも、その中に俺の未来が入っている。
即時討伐ではない。
安全でもない。
仮滞在継続。
王都判断。
「それが、現時点で私が出せる最も正確な判断です」
アルバート子爵は言った。
「受け入れますか」
俺は、しばらく黙った。
嬉しいと言うには怖い。
怖いと言うには、少し救われている。
受け入れたら、この曖昧な立場が続く。
受け入れなければ、どこへ行くのか。
答えは決まっていた。
「受け入れます」
俺は言った。
「まだ住民じゃなくても、まだ危険でも、ここにいられる可能性が残るなら」
アルバート子爵は頷いた。
「では、その前提で進めます」
リシェルさんの筆が、静かに走った。
中間確認が終わった後、グレタさんが小さく息を吐いた。
「子爵様は相変わらず容赦ないねえ」
アルバート子爵は穏やかに言った。
「容赦で竜は管理できません」
「まあ、そうだけどさ」
グレタさんは俺を見上げた。
「竜さん。落ち込むなよ」
「落ち込んではいます」
「正直だねえ」
「でも、納得もしてます」
「ならいい」
ゴルドさんが腕を組んで言う。
「足場の補強案は今日中に出す。今のままじゃ、長くは保たねえ」
ラウル隊長も続けた。
「夜間監視は交代制にする。リシェル補佐官に報告が集中しないよう、こちらで整理する」
市場係の人が少し緊張しながら言う。
「名称使用と価格表示は、こちらで一次確認します」
俺は、その人たちを見た。
グレタさん。
ゴルドさん。
ラウル隊長。
市場係。
リシェルさん。
アルバート子爵。
俺を受け入れる、と言っているわけではない。
でも、俺を扱う仕組みに関わり始めている。
怖がりながら。
面倒だと思いながら。
それでも。
俺の周りに、少しずつ役割が生まれている。
「ありがとうございます」
俺は言った。
声は、できるだけ小さく。
「俺、まだ迷惑ばかりですけど」
リシェルさんがすぐに言う。
「迷惑だけではありません」
その言葉に、胸が詰まった。
アルバート子爵も言った。
「迷惑ではあります」
「子爵様!」
俺は思わず声を出した。
旗が少し揺れる。
「発声量」
リシェルさん。
「はい」
アルバート子爵は、少しだけ笑った。
「ですが、迷惑だけではありません。それが現時点の評価です」
迷惑。
でも、迷惑だけではない。
たぶん今の俺には、それが一番正しい。
一番きつくて、一番ありがたい評価だった。
夕方。
アルバート子爵は領主館へ戻っていった。
中間確認の結果は、正式な書面にまとめられるらしい。
十日目の王都報告に向けて、最後の整理が始まる。
俺は赤い布の内側で、静かに伏せていた。
今日は疲れた。
動いていない。
戦ってもいない。
でも、かなり疲れた。
自分がここにいていい理由と、いてはいけない理由を並べられるのは、爪で地面を削るよりずっと痛い。
でも、必要だった。
必要。
この街に来てから何度も聞いた言葉。
今日は、その意味が少し深く分かった気がする。
「ソラ殿」
リシェルさんが近くに来た。
「はい」
「体調変化は」
「疲れました」
「魔力反応、翼、尻尾は」
「今は大丈夫です」
「精神状態は」
「怖いです。でも、少し安心もしています」
「理由は」
「即時討伐じゃないって言われたから。あと、迷惑だけじゃないって言ってもらえたから」
リシェルさんは記録する。
「恐怖と安堵が混在。ただし外部反応は安定」
「はい」
「本日の中間確認を受けて、何か希望はありますか」
俺は少し考えた。
「希望」
「はい」
「ここにいたいです」
「記録済みです」
「それでも、もう一回」
リシェルさんの筆が止まる。
「ここにいたいです。でも、街の人を傷つけてまで居たいわけじゃない。だから、止まれるようになります。手順も守ります。事前申告もします」
「はい」
「あと、リシェルさん一人に頼りすぎないようにします」
リシェルさんは、ほんの少しだけ目を伏せた。
「その項目は、私側の課題でもあります」
「じゃあ、お互いの課題ですね」
「そうなります」
お互い。
その言葉が、少しだけ嬉しかった。
俺だけの問題でもない。
リシェルさんだけの問題でもない。
街全体の問題。
だから、街全体で仕組みを作る。
それは、少しだけ居場所に近い気がした。
夜。
俺は赤い布の内側で丸まっていた。
今日も、何も壊していない。
いや、心は少し削れた。
でも、それは必要な削れ方だった。
自分の甘さが少し削れた。
ここにいたいだけでは足りない。
善意だけでも足りない。
役に立った実績だけでも足りない。
危険を理解し続けること。
止まること。
一人の誰かに支えを押しつけないこと。
その全部が必要だ。
「ソラ殿」
城壁の上から、リシェルさんの声がした。
「はい」
「就寝前確認です。姿勢は」
「伏せでお願いします」
「尻尾」
「赤布内です」
「翼」
「畳みます」
「火炎」
「吐きません」
「鱗」
「抜きません。渡しません」
「爪」
「指定位置を守ります」
「算術」
「基本計算のみ。市場の意図判断はしません」
「名称使用」
「俺の名前や竜っぽい宣伝を見つけたら報告します」
「事前申告」
「明日の朝も、不安と希望を短く申告します」
「中間確認」
「俺は、迷惑だけど、迷惑だけじゃない存在として仮滞在を続けます」
リシェルさんは、少しだけ黙った。
「……よろしい」
その声は、少しだけ柔らかかった。
「リシェルさん」
「はい」
「今日の記録、お願いします」
「すでに行っています」
「ですよね」
「ですが、改めて記録します」
リシェルさんは城壁の上で、静かに言った。
「ソラ殿、現時点での危険性と利益を理解。仮滞在継続のため、管理体制への協力意思あり」
「はい」
「また、退去可能性を告げられた際、翼反応未遂あり。ただし停止指示により制御」
「はい」
「恐怖あり。安堵あり。滞在希望あり」
「はい」
「以上です」
俺は目を閉じた。
怖いままだ。
でも、怖いまま眠れそうだった。
森で一人だった夜とは違う。
城壁の上には灯りがある。
記録してくれる人がいる。
厳しく判断する領主がいる。
パンを焼く人がいる。
足場を考える人がいる。
見張ってくれる人がいる。
俺はまだ住民ではない。
でも、ただの討伐対象だけでもない。
その間の細い場所で、今日もなんとか夜を迎えた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
今回は、アルバート子爵による中間確認の回でした。
ソラは少しずつ街に役立っていますが、それと同じくらい危険や負担も増えています。
「迷惑だけど、迷惑だけじゃない」
今のソラの立場は、まさにそのあたりです。
次回は、街区評議会の議題としてソラが扱われます。
住民たちの意見が出てくるので、街がソラをどう見ているのかがさらに見えてくる回になります。
面白そうと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。




