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城壁横の古龍さんは住民票がありません  作者: 乾燥しいたけ
第一章 赤い布の内側で

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第13話 ドラゴン、街区評議会の議題になる



ドラゴン生活十日目・朝。


俺、竜咲空。


巨大ドラゴンとして、城壁都市レグナの西門外に仮滞在している。


昨日、アルバート子爵から中間確認を受けた。


俺は、迷惑だけど、迷惑だけじゃない。


かなり正確で、かなり刺さる評価だった。


パンの味見は役に立った。


算術教室も、市場の計算違いを見つけることにつながった。


ゴルドさんは足場補強を考えてくれている。


ラウル隊長は監視体制を組み直してくれている。


グレタさんは西門硬焼きを作り始めている。


リシェルさんは、相変わらず俺に関する書類を増やしている。


いや、昨日から少しだけ分担は始まった。


それでも、俺の存在は相変わらず重い。


文字通りにも。


比喩としても。


そして今日は。


「ソラ殿」


赤い布の外側で、リシェルさんが書類板を抱えて言った。


「はい」


「本日は街区評議会で、あなたの仮滞在について協議が行われます」


「……街区評議会」


ついに来た。


俺がこの街にどう扱われるか。


それを街の人たちが話し合う。


領主だけではない。


行政だけではない。


守備隊だけでもない。


パン屋、鍛冶屋、市場、住民代表。


そういう人たちが意見を出す場らしい。


「俺は、聞いていていいんですか」


「本日の協議は、二部に分かれます」


「二部」


「第一部は、西門外で行います。ソラ殿本人に関わる確認事項、および本人の発言が必要な内容です」


「はい」


「第二部は、街内の会議室で行います。住民側の不安、経済的影響、王都報告への文言など、あなたに直接聞かせる必要のない内容も含みます」


胸が少し沈んだ。


聞かせる必要のない内容。


つまり、俺の知らないところで俺の話をされる。


少し怖い。


でも、全部を聞かせろと言える立場でもない。


街の人たちには、俺の前では言いづらい不安もあるだろう。


巨大ドラゴン本人を前にして「怖いです」と言うのは、たぶんかなり難しい。


「分かりました」


俺は言った。


「第一部で聞かれたことには答えます。第二部で話すことは、街の人たちに任せます」


リシェルさんの筆が止まった。


「不安はありますか」


「あります」


「内容は」


「俺のいないところで、出ていけって決まるのは怖いです」


「はい」


「でも、俺がいるせいで言えないことがあるなら、それも良くないと思います」


リシェルさんは、少しだけ俺を見た。


それから筆を動かした。


「本人不在協議への不安あり。ただし、住民側の自由な発言の必要性を理解」


「はい」


「本日の最重要注意事項です」


「はい」


「住民から厳しい意見が出ても、発声量、翼、尻尾を制御してください」


「分かっています」


「分かっていても確認します」


「はい」


「あなたに対する不満は、あなたへの攻撃とは限りません」


その言葉に、俺は少し黙った。


不満は攻撃とは限らない。


たぶん、今日いちばん大事な言葉になる。


「はい」


俺はゆっくり答えた。


「ちゃんと聞きます」


午前の鐘が鳴る頃、西門外に仮の会議場が作られた。


会議場と言っても、大きな机があるわけではない。


赤い布から十分離れた場所に、木の椅子が並べられただけだ。


アルバート子爵。


リシェルさん。


ラウル隊長。


グレタさん。


ゴルドさん。


市場係。


それから、住民代表らしき年配の女性と、荷運び組合の男性。


少し離れて、マーロもいた。


昨日の黒銀焼き菓子の件があるため、リシェルさんから「発言は許可を得てから」と釘を刺されている。


城壁の上には兵士。


今日は子どもたちはいない。


トマくんたちには見学禁止が出たらしい。


たぶん、正しい判断だ。


俺も今日は、ソラ先生ではなく、議題だ。


「始めます」


アルバート子爵が言った。


その声はよく通った。


「本日の第一部は、ソラ殿本人の前で行います。目的は、本人確認、仮滞在の影響整理、本人の意思確認です」


俺は、赤い布の内側で伏せている。


首は低く。


鼻息は上。


尻尾は赤布内。


翼は畳む。


姿勢はいつも通り。


でも、心臓はいつもより少し速い。


「リシェル」


「はい」


リシェルさんが書類を開く。


「ソラ殿の仮滞在による住民側の主な影響を整理します。第一に、恐怖および心理的負担。第二に、西門周辺の通行制限。第三に、守備隊および行政負担の増加。第四に、市場価格表示、名称使用、竜素材などの商業的混乱。第五に、地面損傷および補強費用。第六に、子どもたちへの教育的影響」


全部、正しい。


並べられると重い。


俺は少しだけ前脚に力が入りかけた。


気づいて、抜く。


爪を地面に立てない。


「同時に、主な利益も整理します。第一に、西門硬焼きの商品開発への協力。第二に、遠隔算術指導による市場誤記発見。第三に、本人による危険性理解と停止指示への反応。第四に、足場補強や爪保護具など、新規技術検討の契機。第五に、竜素材および名称使用に関する規則整備の契機」


最後は利益なのか分からない。


でも、街としては規則整備も利益なのかもしれない。


俺が来なければ必要なかった規則でもあるけど。


アルバート子爵が俺を見た。


「ソラ殿。今の整理に、異議はありますか」


「ありません」


俺は答えた。


声は少し硬かった。


「全部、俺が来たことで起きたことです」


「すべてをあなた一人の責任とするわけではありません」


アルバート子爵が言う。


「ですが、あなたが来たことで表面化したのは事実です」


「はい」


マーロが小さく鼻を鳴らした。


リシェルさんの視線が即座に向かう。


「マーロさん。発言希望ですか」


「……許可をいただけるなら」


「短く」


アルバート子爵が言った。


マーロは立ち上がった。


「私は商人です。竜殿を追い出せと言いたいわけではありません。ただ、竜が街の外にいるだけで、人が集まり、噂が立ち、商品名一つにも制限が入る。これでは商売がやりにくい」


来た。


俺は黙る。


不満は攻撃とは限らない。


そう言い聞かせる。


「計算違いの件もそうです。値札の誤記を正されたこと自体は受け入れます。しかし、子どもが竜の名を出して商人に口を挟むようになれば、市場の秩序が乱れる」


トマくんの顔が頭に浮かんだ。


勝ち誇りかけた顔。


でも、あれは確かに危うかった。


「名称使用も同じです。竜と書いていないものまで止められる。黒銀という色まで制限されるなら、今後どこまでが許されるのか不明です」


マーロの言い分には、腹が立つ部分もある。


でも、全部が間違っているわけではない。


商人からすれば、急にルールが増えた。


俺の存在が商売に影響している。


それは事実だ。


「ソラ殿」


アルバート子爵が言った。


「今の意見を聞いて、どう思いますか」


俺は、少し考えた。


すぐ謝りたくなる。


でも、謝るだけだとたぶん違う。


「商売がやりにくくなっているのは、分かります」


俺は言った。


「俺の名前や見た目を勝手に使われるのは怖いです。でも、どこまで駄目なのか分からないと、商人さんたちが困るのも分かります」


リシェルさんの筆が動く。


「あと、子どもたちが俺の名前を出して、誰かを責めるようになるのは嫌です。俺は、計算は教えたいです。でも、俺の名前を武器みたいに使ってほしくないです」


マーロが少しだけ俺を見る。


今の言葉が届いたのかは分からない。


アルバート子爵が頷いた。


「では、市場係とリシェルで、竜関連表記の基準を明確化してください」


「承知しました」


リシェルさんが答える。


「また、算術指導では、計算結果を示すことと、相手を責めることは別だと教える必要があります」


「はい」


俺は小さく答えた。


「次に教える時は、それも言います」


「よろしい」


マーロは座った。


納得した顔ではない。


でも、少なくとも俺が完全に敵として返したわけではないと伝わった気がする。


たぶん。


次に発言したのは、住民代表の年配女性だった。


名前はダリアさん。


西門近くに長く住んでいる人らしい。


彼女は俺を見上げた。


怖がっている。


それは分かった。


でも、目を逸らさなかった。


「ソラさん」


「はい」


さん付けだった。


少し驚く。


「私は、正直に言うと、まだ怖いです」


胸がきゅっとした。


「朝、窓を開けると、城壁の向こうにあなたの翼が見える。夜、低い音がすると、あなたが動いたのかと思う。子どもたちは面白がっていますけど、大人は、もし何かあったらと考えます」


「はい」


「あなたが悪い竜ではないらしいことは、少し分かってきました。でも、悪くないことと、怖くないことは違います」


俺は、何も言えなかった。


その通りだった。


俺は悪くない。


少なくとも、悪くないつもりだ。


でも、怖い。


それは、俺の性格ではなく大きさの問題だ。


彼女は続けた。


「ただ、パン屋のグレタさんは、あなたの味見が役に立ったと言っています。うちの孫も、ソラ先生が数を教えてくれたと喜んでいました」


トマくんではない別の子だろうか。


俺は、少しだけ目を開いた。


「だから、すぐ出て行ってほしい、とまでは言いません」


ダリアさんは、ゆっくり言った。


「でも、怖がっている住民がいることは、覚えていてください」


言葉が深く刺さった。


怖がっている住民がいる。


俺は、パンを持ってきてくれたグレタさんや、話してくれる子どもたちを見て、少しずつ受け入れられている気になっていた。


でも、話しかけてこない人たちもいる。


窓の内側で、俺の翼を見て怖がっている人たちがいる。


「覚えておきます」


俺は言った。


「忘れません。俺がここにいたいからって、怖い人がいることをなかったことにはしません」


ダリアさんは、小さく頷いた。


リシェルさんの筆が止まらない。


俺は、今の言葉が王都報告に載るのかもしれないと思った。


恥ずかしい。


でも、載せてほしいとも思った。


グレタさんは、腕を組んで発言した。


「私は、竜さんがいて助かったこともあるよ」


マーロが小さく動いたが、何も言わない。


「西門硬焼きは、竜さんの感想がなきゃ思いつかなかった。守備隊にも使えるかもしれない。うちの商売にもなる。だから利益はある」


グレタさんはそこで俺を見た。


「でも、名前を使えばもっと売れるって思ったのも事実だよ」


正直だった。


「補佐官さんに止められて、竜さん本人にも怖いって言われて、ああ、私は少し危ない橋を渡りかけてたんだなって思った」


グレタさんは、自分の手を見た。


小麦粉のついた手。


パンを作る手。


「悪気がなくても、人を使うことはある。竜さん相手でも、それは同じだ」


俺は黙って聞いた。


「だから、私は竜さんの名前は使わない。だけど、味見役としては頼りにしたい」


「はい」


「ちゃんと手順を守って、ちゃんと感想をもらう。それなら私は賛成だ」


その賛成は、全面的な受け入れではない。


でも、十分すぎるほど嬉しかった。


次にゴルドさんが発言した。


「俺は、竜さんを街に入れるのは反対だ」


いきなりだった。


俺の胸が冷える。


でも、ゴルドさんは続けた。


「今はな」


今は。


「地面が保たん。道も保たん。門も保たん。竜さん本人も、自分の足元を完全には扱えてねえ」


正しい。


「だが、西門外に置くなら、足場を作れる可能性はある。全部じゃねえ。よく使う場所だけだ。前脚、後脚、尻尾、食事の位置。そこを固めれば、損傷は減らせる」


ゴルドさんは、リシェルさんへ視線を向けた。


「ただし、金がかかる。人手もいる。材もいる。街がそれを払う価値があるかは、評議会で決めることだ」


金。


人手。


材。


俺がここにいるには、感情だけではなく費用がかかる。


これもまた、現実だった。


アルバート子爵が市場係へ視線を向ける。


市場係は、少し緊張しながら言った。


「市場としては、混乱はあります。ただ、竜を見に来る人が増えれば、西門側の客足が増える可能性もあります」


マーロが小さく頷いた。


この点では同意らしい。


「ただし、勝手な竜便乗商品が増えると、問題になります。基準は必要です」


リシェルさんが記録する。


「名称基準、必要」


ラウル隊長は短く言った。


「守備隊としては、危険性は高い。だが、停止指示に従う点は大きい」


俺は、少し背筋を伸ばしそうになって、やめた。


「ただし、森の異変が増えている。西門外に竜がいることが、魔物にどう影響するかは不明だ」


森の異変。


その言葉で、場の空気が少し変わった。


まだ詳しく語られていないが、ラウル隊長の声には重さがあった。


俺も気になった。


爪跡の銀色粒子。


森の方角。


まだつながっているかは分からない。


でも、不安が一つ増える。


アルバート子爵は、そこで第一部を締めた。


「ソラ殿」


「はい」


「ここまでの意見を聞いて、最後に言いたいことはありますか」


俺は、少し考えた。


言いたいことはたくさんある。


怖い。


ここにいたい。


出て行きたくない。


役に立ちたい。


でも、全部言えばいいわけではない。


長くなれば、リシェルさんの仕事も増える。


俺は、短くする。


事前申告で決めたように。


「怖がっている人がいることを忘れません」


俺は言った。


「商売や足場や守備隊に負担があることも、忘れません」


一呼吸。


鼻息は上。


「それでも、ここにいたいです。だから、俺が勝手に何かするんじゃなくて、街の決めた手順で、できることを増やしたいです」


アルバート子爵が頷いた。


「分かりました」


リシェルさんが記録する。


俺は、赤い布の内側で静かに伏せたまま、評議会の人たちを見た。


誰も、俺を完全に受け入れてはいない。


誰も、俺を完全に拒んでもいない。


それが今の現実だった。


第一部が終わり、評議会の人たちは街内へ戻っていった。


第二部は、俺がいないところで行われる。


俺は赤い布の内側で待つしかない。


待つ。


それが最近、本当に難しい。


森にいた頃は、何もしない時間がただの孤独だった。


今は違う。


城壁の向こうで、自分のことが話し合われている。


でも、聞こえない。


いや、耳を澄ませば少しは聞こえるかもしれない。


でも、聞いてはいけない気がした。


俺のいないところで話す意味がなくなる。


俺は、鼻息を上へ逃がした。


「ラウル隊長」


俺は近くにいる隊長へ声をかけた。


「はい」


「俺、聞こうとしない方がいいですよね」


ラウル隊長は少しだけ目を細めた。


「そうしてもらえると助かる」


「分かりました」


「不安か」


「めちゃくちゃ不安です」


「正直でよろしい」


「リシェルさんの教育です」


ラウル隊長は少し笑った。


「では、不安な時の手順通りだ。申告し、呼吸を整え、動かない」


「はい」


俺は目を閉じた。


耳に入る市場の音を、できるだけ追わない。


人の声を拾わない。


風の音だけ聞く。


城壁の上の旗が揺れる音。


自分の呼吸。


赤い布がかすかに動く音。


待つ。


ただ待つ。


俺が今ここでそわそわ動けば、それだけで「やはり危険だ」となるかもしれない。


だから待つ。


待つことも、たぶん訓練だ。


第二部が終わったのは、夕方前だった。


リシェルさんが戻ってきた。


顔は疲れている。


でも、朝より少しだけ表情がはっきりしている。


アルバート子爵も一緒だった。


俺は体を起こしたくなったが、止めた。


伏せたまま待つ。


「ソラ殿」


アルバート子爵が言った。


「街区評議会の第二部が終了しました」


「はい」


「結論を伝えます」


喉が渇いた。


でも、水を飲む手順は今ここにはない。


俺は黙って待つ。


「評議会として、あなたの即時退去を求める決議は行いません」


体から力が抜けそうになった。


駄目だ。


抜くな。


地面が沈む。


「呼吸」


リシェルさんの声。


「はい」


俺は息を吐く。


上へ。


「ただし」


アルバート子爵は続ける。


「正式な住民として認める意見もありません」


「はい」


それは分かっていた。


でも、少しだけ胸が痛い。


「現時点では、西門外の仮滞在を継続。ただし、管理体制を街区評議会の定例議題とします」


「定例議題」


「はい」


リシェルさんが説明する。


「あなたに関する問題を、リシェル個人や守備隊だけで抱えず、街区評議会で継続的に扱うという意味です」


俺は、少し考えた。


つまり、俺は街の住民ではない。


でも、街の会議で定期的に話される存在になる。


それは、良いのか悪いのか。


たぶん、両方だ。


「それは、迷惑が増えるってことですか」


俺が聞くと、アルバート子爵は答えた。


「迷惑を可視化するということです」


「可視化」


「見えない負担は、誰か一人に集中します。見える負担は、分けることができます」


昨日のリシェルさんの話とつながった。


一人で支えない。


街の仕組みにする。


俺は、街区評議会の議題になった。


それは少し情けない。


でも、誰か一人の胃と睡眠を削り続けるより、ずっといい。


「受け入れます」


俺は言った。


「よろしい」


アルバート子爵が頷いた。


「また、評議会より要望が三つあります」


「はい」


「第一。住民への恐怖軽減のため、夜間の大きな発声を避けること」


「はい」


「第二。子どもへの算術指導では、市場での伝え方も教えること」


「はい」


「第三。商業利用に関する名称、色彩、表現について、本人の意見も必要に応じて確認すること」


「俺の意見も?」


「はい。あなたを連想させる表現であれば、あなたの不安や拒否感も考慮します」


俺は少しだけ驚いた。


俺の意見が入る。


正式住民ではないのに。


いや、正式住民ではないからこそ、意見を確認する必要があるのかもしれない。


勝手に使われないために。


「ありがとうございます」


「礼を言う段階ではありません」


アルバート子爵は淡々と言った。


「これは、あなたを守るだけでなく、街を混乱から守るための措置です」


「はい」


でも、それでもありがたかった。


「そして最後に」


アルバート子爵の声が少し低くなる。


「森の異変については、明日以降、冒険者ギルドとも情報共有します」


冒険者ギルド。


その言葉が、初めてはっきり出た。


「ソラ殿の存在が森の魔物に影響しているかは不明です。ただし、西門外に大型竜種がいる以上、無関係とも断定できません」


また、不明。


また、俺に関わるかもしれない問題。


「冒険者たちは、俺をどう見ますか」


アルバート子爵は少し考えた。


「人によります」


正直だった。


「脅威と見る者もいるでしょう。戦力と見る者もいる。素材と見る者もいる。好奇心で見る者もいる」


「はい」


「明日、冒険者ギルドの代表をこちらへ呼びます」


リシェルさんが続けた。


「不用意な接触を避けるため、事前に手順を作成します」


俺は、赤い布の内側で静かに息を吐いた。


上へ。


街区評議会の次は、冒険者ギルド。


街に近づくほど、俺を見る目が増えていく。


パン屋の目。


商人の目。


住民の目。


領主の目。


そして今度は、冒険者の目。


怖い。


でも、逃げない。


「分かりました」


俺は言った。


「明日も、ちゃんと聞きます」


リシェルさんの筆が動く。


「ソラ殿、冒険者ギルドとの接触に不安あり。ただし、対応意思あり」


「はい」


その記録が、夕方の空気に静かに刻まれた。


夜。


俺は赤い布の内側で丸まっていた。


今日も、何も壊していない。


でも、また少し現実を知った。


俺は怖がられている。


俺は商売を乱している。


俺は足場に金をかけさせる。


俺は守備隊と行政の仕事を増やす。


同時に、俺はパンの味を見られる。


子どもに数を教えられる。


市場の誤記を直すきっかけになれる。


街の技術や規則を進めるきっかけにもなれる。


両方。


いつも両方だ。


「ソラ殿」


城壁の上から、リシェルさんの声がした。


「はい」


「就寝前確認です。姿勢は」


「伏せでお願いします」


「尻尾」


「赤布内です」


「翼」


「畳みます」


「火炎」


「吐きません」


「鱗」


「抜きません。渡しません」


「爪」


「指定位置を守ります」


「算術」


「基本計算だけじゃなくて、伝え方も教えます」


「名称使用」


「俺を連想させる名前や色の使い方で不安があれば、ちゃんと言います」


「街区評議会」


「俺に関することは、定例議題として扱われます」


「冒険者ギルド」


「明日、不安だけどちゃんと話を聞きます」


「よろしい」


項目が、さらに増えた。


俺の生活は、本当に規則でできてきた。


でも今日、少しだけ分かったことがある。


規則は、俺を遠ざけるためだけのものではない。


俺を街の中に入れるためでもない。


その手前。


俺と街が、互いに壊れない距離を探すための杭みたいなものだ。


赤い布と同じ。


ここから先は危ない。


でも、ここまでは考えられる。


「リシェルさん」


「はい」


「俺、今日、街区評議会の議題になりました」


「はい」


「それって、少し情けないです」


「そうですね」


正直。


「でも、少し安心もしました」


「理由は」


「俺のことを、誰か一人で抱えないってことだから」


リシェルさんは、しばらく黙った。


「その理解でよいと思います」


「はい」


「ただし、議題になることと、受け入れられることは同じではありません」


「分かっています」


「なら、よろしいです」


俺は目を閉じた。


明日は冒険者ギルド。


たぶん、また厳しい目で見られる。


ソラ先生でも、味見役でも、議題でもない。


脅威。


戦力。


素材。


そういう目で見られるかもしれない。


怖い。


でも、今日の評議会を越えた。


明日も、まず聞く。


動かない。


怒らない。


止まる。


そう決めて、俺は夜の中で静かに息を吐いた。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


今回は、ソラが街区評議会の議題になる回でした。


誰かに受け入れられるというのは、優しくされることだけではなく、不満や恐怖もきちんと表に出されることだと思います。


ソラはまだ住民ではありません。


でも、街の仕組みの中で継続的に扱われる存在にはなりました。


次回は、冒険者ギルドが関わってきます。


ソラを脅威と見るのか、戦力と見るのか、それとも別のものとして見るのか。ここから森の異変にもつながっていきます。


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