7.あずきのマネシュトラ
RRRRRRRRR……RRRRRRRRR……RRRRRRRRR……RRRRRRRRR……
「はい。」
「マスター、私です、ダンタリオン。」
「ラドミラちゃんね。」
「う……そうよラドミラよ。遅い時間にごめんなさい。」
「アンテと話したいんでしょ、代わるわ姫様。」
……………………
「………ラドミラ?」
「ラドミラです。アンテね?」
「そうだよ。」
「遅い時間にごめん。どうしても話したいことがあるの。………貴方、もう一度悪魔討伐前のクロアチアに戻るつもりでしょ?」
「………その通りだよ。マスターといい君といい、人の心が読めるみたいだ。」
「貴方の場合、全部顔に書いてあるのよ。」
「それマスターにも言われたな。」
ダンタリオン、本題に入る。
「一度戻るのは良いの。迷子になった男の子を助けるためでしょ?」
「そうだ。」
「でも峠までは行かないで。峠の手前に、谷に降りる細い道が分かれる所があるわ。」
「知ってるよ。」
「貴方は男の子を連れてそっちへ行って。峠には槍を持った兵士が待ち構えていて、貴方を殺そうとするわ。言ったでしょ?」
「覚えてるよ。」
「900年前の私は『峠まで見送る』って言って貴方に従いてくるけど、どのみち峠を越えて里へはいけない。里の人にとっては悪魔だからね。だったら、峠の手前の谷へ降りる道で私と別れて。貴方は里の手前まで男の子を送って、そのあと井戸まで引き返して、そこから900年後のシンジュクに戻ってくればいい。900年前の私は、村へ引き返して、皆と一緒に逃げるわ。」
「……………………。」
電話の向こうで、アンテが沈黙している。どうするか考えているんじゃなくて、私に言う言葉を選んでるみたいな、そんな気配がする。
「ラドミラ。」
「はい。」
「君は、あの井戸小屋からの転移の仕方を、まだ村長から教わっていなかったよね。」
「そうよ。」
「実は、井戸からの転移は、ひとり2度までしか使えないんだよ。」
え?
「井戸小屋からの転移という、便利な手段がありながら、村長がそれを今まで皆に教えなかったのは、そのせいなんだ。」
「…………。」
「僕が井戸小屋から転移したのは、村からの脱出の下見をするためだ。」
「井戸小屋から転移できる先はひとつしかない。その転移先が安全だったら、村長に話して皆を井戸小屋から転移させて逃がす。僕はもう一度クロアチアへ帰って、転移先は安全だと村長に報告する。そしてあの男の子を里へ帰す。僕の転移はそれで終わりだ。」
「なんてこと……。」
「僕はクロアチア軍人だから、そのまま里に下りても大丈夫のはずだった。だが、君の話では、僕が君たちの村と通じているのがばれていて、槍を持った兵が待ち伏せしているんだろう?」
「……そうよ。」
「たとえ峠を抜けられたとしても、クロアチア軍は僕を探して殺そうとするだろう。ましてや戦うはずだった君の村はもぬけの殻になっているから、彼らは面子にかけて僕を探し出して殺す。僕は多分、逃げ切れない。」
「…………。」
「でも、男の子の方は、里まで戻れば大丈夫だ。峠で殺せば悪魔のせいにして口封じできるが、さすがに里の中で男の子を殺すことはできないだろう。そんなことをすれば、里の民は鍬や鋤を持って軍に抵抗する。騒ぎが大きくなれば王もただでは済まない。」
…………
「泣いているのかい?」
「……ううん、大丈夫。」
「でも、君は希望のありかも教えてくれた。君は神の導きで、僕の魂を連れて行ってくれる。それが、今の僕に残された唯一の希望だ。これで僕は、君と共に旅が出来る。」
…………
「だから、心配しないで。」
…………
「じゃあ、明日、僕は帰るよ。」
……………………
翌日、アンテは900年前のクロアチアへと帰っていった。
私はその日、会社を休んだ。
その日の夕食に、カイラはゆであずき入りの甘いマネシュトラを作ってくれた。
◇
「姫様。」
カイラが、甘いマネシュトラを食べながら、突然思い出したように私に話しかける。
「どうしたの?」
「あのね……嫌だったらやらなくていいんだけど。」
「何?」
「あの日のこと………アンテが殺された日のこと、思い出せる?」
「……思い出せるわ。アンテは甲冑を着た騎兵に槍で刺されて殺されたの。」
「そして、その後私は、馬で逃げる騎兵を空から襲って、馬から引きずり落として、槍で刺して殺したの。」
「ごめんね思い出させて……それでね、次は迷子になった男の子のことを思い出してみて欲しいの。」
「男の子?」
「そう、どうなった?」
私はしばらく思い出そうとしていた。
そして、気づいたの。
「思い出せない。男の子が槍で刺されるところだけ、思い出せない。そうだ。峠の手前で……峠の手前で、アンテが谷へ降りる細い道へ行かせたの。そうよ!」
カイラは、静かに微笑んで、私にこう言ったの。
「運命が、変わったのよ。」
運命が変わったせいかどうかは分からない。
私が自分で記憶を作り替えただけかも知れない。
でも、この日、たった今、私は救われたんだ。
私は、カイラの作った、ゆであずきの入った甘いマネシュトラを、ゆっくりと一口食べた。
涙があふれた。




