第3話:仁義なき自社株買い(ラブ・コール)と、ファミレスのデッドオアアライブ
「……信じられないわ。たった一人の女子生徒の個人的な感情が、生徒会の金融政策を力技でねじ伏せるなんて」
放課後。学園近くのファミリーレストラン『デニーズ八重洲店』のボックス席で、生徒会会計の四宮アリスは、メロンソーダの氷をストローでつつきながら深くため息をついた。
彼女の向かいに座っているのは、俺(高坂優人)と、俺の幼馴染である橘ひまりだ。
「えへへー、でもわたしの株も大人気だよ! 優人くん、見た? わたし、今『優待利回りランキング(一緒に帰れる権)』で学園1位なんだから!」
ひまりは呑気にチョコレートパフェを頬張りながら、スマホの画面を見せびらかしてくる。
【橘ひまり株:現在値 22,000円(ストップ高張り付き)】
「笑い事じゃないわよ、橘さん」
四宮が机をドンと叩く。
「私たちが意図した『市場の分散』は、結果として最悪のバブルを引き起こしたわ。あの氷の令嬢・神宮寺カレンが、まさか『ひまり株』への対抗心だけで、あそこまでエグい市場介入をしてくるなんて……」
昼休みに勃発した「カレン株vsひまり株」のマネーゲームは、凄惨な結果を招いていた。
「新興の妹系銘柄」として人気を集めたひまり株に対し、カレンは圧倒的な資本力(実家の財力)と、俺への執着心に物を言わせて『自社株買い(圧倒的な自己アピール)』を決行したのだ。
結果として、学園の経済は二つの巨大銘柄に資金が集中しすぎる『異常な二極化』が発生してしまった。
「おかげで今日の午後の授業、カレン株のホルダーは『純金箔入りの高級茶』を優雅に啜り、ひまり株のホルダーは『大盛りポテトフライ』を回し食いするカオスな空間になったわ。これ以上システムに負荷がかかれば、学園のサーバーはダウンし、全生徒の電子マネーが完全に凍結するわよ」
「デフォルト……って、つまり?」
「明日の昼から、私たちは校庭の雑草を茹でて食べるしかなくなるってこと」
「サバイバルすぎるだろ」
「だから、高坂くん」
四宮は身を乗り出し、眼鏡の奥の鋭い瞳で俺を見つめた。
「あなたが市場を冷やしなさい(クールダウン)」
「俺が?」
「ええ。神宮寺さんの過熱した『あなたへの独占欲(買い圧)』を、一時的に下げるのよ。つまり……彼女の前で、橘さんとすごく親しげにして、彼女に『自分だけを見てくれているわけじゃない』と実感させるの。緩やかに株価を下落させる『ソフトランディング作戦』よ」
「えっ!? わたしが優人くんとイチャイチャすればいいの!? やるやるー! 全然やるー!!」
ひまりが満面の笑みでバンザイする。
「待て待て! そんなことしたら、またカレンがブチギレて大暴落するだけじゃないか!」
俺が抗議した、まさにその時だった。
「……こんな騒がしい庶民の店で、密談かしら?」
ファミレスの空気が、一瞬にしてシベリアのように凍りついた。
振り返ると、そこには私服姿――清楚なお嬢様風の白のワンピースに身を包んだ、神宮寺カレンが立っていた。
「か、神宮寺! なんでここに!」
「優人くんのスマホのGPS電波を、財閥の衛星で追跡したの。……何か問題ある?」
「スケールがでかすぎるストーカーだよ!」
カレンは四宮とひまりを一瞥し、フンと鼻を鳴らした。
「生徒会のお遊戯(新規上場)の首謀者と、新興のボロ株が揃っているわね。優人くんに近寄るなんて、何の真似?」
「ボ、ボロ株って言った!? わたし、今ストップ高なんだからね!」
ひまりが頬を膨らませるが、カレンは完全に無視し、俺の隣の席へスッと腰を下ろした。
「優人くん。私、喉が渇いたわ。そこの『ドリンクバー』というシステム、私に教えてくださらない?」
カレンが上目遣いで俺を見てくる。
「……教えるのはいいけど、お前、こういう店に来たことないだろ」
「ええ。でも、優人くんがよく来るお店なら、私も知っておきたいから……っ」
『ピコンッ』
俺のスマホが鳴る。
【カレン株:現在値 185,000円(微増)】
【理由:初めてのファミレスデート(仮)による高揚感】
「ほら見なさい、高坂くん! また上がったわよ! 今すぐ作戦を実行しなさい!」
四宮が小声で急かしてくる。
「っ……わかったよ」
俺は覚悟を決め、わざとらしく大きな声を出した。
「あー、喉渇いたな! おい、ひまり! 俺の分もジュース取ってきてくれよ!」
俺はひまりにウインクして見せた。『俺とお前は阿吽の呼吸の幼馴染だ』というアピールだ。
ひまりも意図を察し、ニヤリと笑う。
「もー、優人くんは甘えん坊なんだからー! 仕方ないなー、はい、あーんして!」
ひまりは自分が飲んでいたメロンソーダのストローを、俺の口元に突き出してきた。
「なっ……!?」
俺は硬直した。(おい! さすがにやりすぎだろ!)と目で訴えるが、ひまりは「これが一番効くでしょ?」とウインクを返してくる。
恐る恐る、隣のカレンを盗み見る。
カレンは、無表情だった。
ただ、その瞳孔はガンギマリに開き、手に持っていた紙ナプキンが、ギリギリと音を立てて粉微塵に引き裂かれている。
『ピピピピピピピピッ!!』
【カレン株:警告! 急激な売り圧力(殺意)を検知! チャートが垂直落下中!!】
「し、しまった! 効きすぎた! ハードランディングだ!」
四宮が悲鳴を上げる。
「うわああああっ! カレン、違うんだ! これは不可抗力で……!」
俺が言い訳しようとした瞬間。
「……ふふっ」
カレンが、突然不敵に笑った。
「なるほど。幼馴染の『アドバンテージ』を見せつけようというわけね。いいわ、受けて立ってあげる」
カレンは立ち上がり、スタスタとドリンクバーのコーナーへ向かった。
そして数分後、彼女が両手に持って戻ってきたのは――
「はい、優人くん。私の特製『カレン・スペシャル』よ」
それは、コーラとメロンソーダとカルピスとエスプレッソコーヒーを適当に混ぜ合わせ、上にソフトクリームを限界まで山盛りにした、この世の終わりみたいな色をした液体だった。
「……なんだこれ。泥水か?」
「ドリンクバーの『全ての味』をミックスすれば、最も価値の高い飲み物になるはずよ。さあ、私と橘さん、どちらのドリンクを選ぶの?」
カレンの目が「飲まないと分かっているわね?」と圧をかけてくる。
対するひまりも「わたしの間接キス入りソーダのほうがいいよね?」と迫ってくる。
【市場速報:カレン株とひまり株、高坂優人の選択により『どちらかがストップ高、どちらかがストップ安』となる究極の二者択一相場に突入!】
「ひいぃぃっ! やめなさい高坂くん! どちらかを選べば、選ばれなかった方の株主たちが暴動を起こすわ!」
四宮が頭を抱えて机に突っ伏した。
左右から迫る、二人の美少女の圧。
逃げ場はない。俺は覚悟を決め、震える手で二つのグラスを見つめた。
「……だったら、こうするしかねえ!」
俺は両手で二つのグラスを掴むと。
「ブレンド・オブ・ダブルだぁぁぁっ!!」
カレンの謎の液体と、ひまりのメロンソーダを、自分の口の中で強引に混ぜ合わせて一気飲みした。
「ぐふっ……!!(まずい! 死ぬほどまずい!)」
胃の中で炭酸と乳製品とコーヒーが地獄のヘビーメタルを奏でている。俺は白目を剥いて、机の上に突っ伏した。
「「優人くん!?」」
「ば、バカな……! 両方の株の顔を立てるための『両建て(ヘッジ取引)』だと……!?」
四宮が驚愕の声を上げる。
『ピロリロリンッ!』
【カレン株&ひまり株:両銘柄とも『優人が無理をして自分のドリンクを飲んでくれた』という謎の感動により、揃ってストップ高維持!】
【相場状況:バブル継続。学園サーバー、熱暴走の危険性アリ】
「げふっ……。カレン、ひまり、もう争うな……」
俺は口から細い魂を吐き出しながら呟いた。
「もうっ! 優人くんのバカ! 無理しちゃダメでしょ!」
ひまりが慌てて俺の背中をさすってくれる。
「……優人くん。ごめんなさい、私、また意地を張って……」
カレンも申し訳なさそうに、俺の額の汗をハンカチで拭ってくれた。
「ふふ……ふふふふっ」
その光景を見て、向かいの席の四宮アリスが不気味に笑い始めた。
「甘いわ。あなたたち、本当に甘いわ。この程度の茶番で、市場が安定すると思っているの?」
四宮は眼鏡を鋭く光らせ、静かに立ち上がった。
「高坂優人が『誰にでも優しい』というボラティリティ(変動性)を抱えている以上、既存の銘柄だけで資金を回すのは限界よ。……明日、生徒会の全権力をもって『第三の矢』を放たせてもらうわ」
それは、翌日に控える「四宮アリス自身の上場」と「生徒会による強制介入」への、冷酷なる宣戦布告だった。
こうしてファミレスでの密会は、俺の胃袋に深刻なダメージを残したまま、さらなるマネーゲームの泥沼へと続いていくのだった。




