第128話:技術セクターの「強化学習(ディープ・ラーニング)」! 如月ミアのドーパミン・ハックと、天才ハッカーの脆弱性(バグ)!
1. 16:00:市場価値向上プログラム・第4陣の「電脳特区」
「いいか高坂、よく聞け! アリスの『ムチ(スパルタ数学)』、ひまりの『アメ(生活インフラ)』、そしてくるみの『息抜き(奇襲)』を経て、お前の学力と理性はかつてないほどの乱高下を見せている! だが、今日の木曜日は……情報戦のプロフェッショナルが、お前の脳味噌を直接『書き換え(アップデート)』に来るぞ!」
木曜日の放課後。
俺、高坂優人が、指定された「第三電脳室」の前に立つと、インカムから親友・佐藤の緊迫した解説が響いた。
「インキュベーション・プログラム第4陣、情報処理とデータ分析を司る技術セクター、如月ミアの登場だ! 彼女の担当は『過去問の徹底解析と弱点補強』! カレンの財力やアリスの権力のような物理的なアプローチではない。彼女は膨大なビッグデータを駆使し、お前の脳細胞に直接『T大合格のアルゴリズム』をインストールする気だ! ……気をつけろ高坂、彼女のやり方は、人間の尊厳を奪う悪魔のシステムかもしれないぞ!」
佐藤の不吉な予言が終わると同時。
俺がドアノブに触れる前に、重厚な電子ロックが「カチャッ」と自動で解錠された。
「……アクセス承認。いらっしゃい、優人。今日のあなたのコンディション(精神状態)、くるみのバニラの香りの残滓が少し混ざっているけれど……許容範囲内よ」
中に入ると、青と緑のLEDが明滅する薄暗いサーバー室の中央で、巨大な湾曲モニターの前に座る如月ミアが姿を現した。
今日の彼女は、ダボッとした白のハーフジップ・パーカーを着ており、袖から少しだけ覗く指先が、目にも留まらぬ速さでキーボードを叩いている。
「ミア……。昨日くるみとカラオケに行ったことまで、なんで知ってるんだ……?」
「当然よ。学園周辺の監視カメラの映像データと、あなたのスマホのGPS履歴を照合すれば、あなたの行動ログなんて一瞬で可視化できるわ。……さあ、無駄話は終了。すぐにこのゲーミングチェアに座りなさい。あなたの脳を、T大仕様に『最適化』するわ」
2. 16:30:T大過去問20年分の「完全解析」
ミアの隣に用意されたふかふかのチェアに座ると、目の前の巨大モニターに、無数のグラフや数式、そして英単語のリストが滝のように表示された。
「これは……T大の過去問か?」
「ええ。過去20年分のT大の全科目の入試問題を、私のディープ・ラーニング(深層学習)AIに読み込ませて、出題傾向を1%単位の確率で割り出したわ。例えば物理なら、今年は『力学と電磁気学の融合問題』が出題される確率が78.4%。……無駄な勉強(不良債権への投資)は一切させない。私が抽出した『超優良銘柄(絶対に出る問題)』だけを解きなさい」
ミアの徹底したデータ至上主義。
確かに、これほど効率的な勉強法はないだろう。俺はミアの用意した専用のタブレットを受け取り、表示された物理の問題に挑み始めた。
「……ここの摩擦係数は……こうして、エネルギー保存の法則を使って……」
俺がタブレットに計算式を書き込んでいると、ミアは俺の顔のすぐ横まで身を乗り出し、ジッと俺の目の動き(アイトラッキング)を観察してきた。
「ミア、ち、近いぞ。ミントの香りが気になって、計算式が頭に入ってこない……」
「これもデータ収集の一環よ。あなたがどの数式で躓き、どの英単語で視線が泳ぐか。それをリアルタイムで分析することで、あなたの弱点(脆弱性)を完璧に特定できるの」
ミアの吐息が俺の耳元をかすめる。
彼女の徹底した合理性の裏側にある、俺への「圧倒的な執着心」。それが物理的な距離の近さとなって表れており、俺の心拍数は早くもストップ高の警鐘を鳴らし始めていた。
3. 17:30:悪魔のインセンティブ「パブロフの投資家(強化学習)」
数十分後。
俺がひいひい言いながら、T大レベルの難解な物理の応用問題を解き終えた瞬間だった。
「……正解よ。アルゴリズムの処理速度、前回より12%向上しているわ」
ミアがそう言った直後。
彼女は突然、俺の首元に両腕を回し、俺の頬に『ちゅっ』と、柔らかく甘いキスを落とした。
「なっ……!? み、ミア!?」
「……ご褒美よ」
ミアは顔を少し赤らめながら、パーカーの袖で自分の口元を隠し、淡々と告げた。
「AIの機械学習において最も効率的な手法は『強化学習』よ。正しい行動(正解)をとった時に、システムから最大の報酬(快感)を与える。……これを繰り返すことで、あなたの脳は『難しい問題を解けば、ミアからご褒美がもらえる』と条件反射でドーパミンを分泌するようになるの」
「いや、それって完全に『パブロフの犬』状態じゃないか!? 俺の脳をハッキングして、お前なしじゃ勉強できない身体にしようとしてるだろ!」
「……システムとしては完璧な『ベンダーロックイン(顧客の囲い込み)』よ。さあ、次の英語の長文読解。制限時間は15分。……全問正解できたら、次はもっと……『深い報酬』を与えてあげるわ」
ミアの青い瞳が、妖しく、そして強烈な独占欲に燃え上がっている。
これは勉強会という名の、天才ハッカーによる「愛の洗脳プログラム」だった。俺は理性を必死に保ちながらも、彼女のミントの香りと、先ほどの頬へのキスの感触(報酬)に脳が完全に支配され、無我夢中で次の問題へと食らいついていった。
4. 18:30:天才ハッカーの「論理破綻」と本音
さらに1時間が経過。
俺はミアの用意した鬼畜レベルの難問を、驚異的な集中力(ドーパミン・ハックの成果)で次々とクリアしていた。
「……ここの和訳はこうで、文脈から推測する代名詞はこれだ。……どうだ、ミア! 全問正解だろ!」
俺が自信満々にタブレットを差し出すと、ミアは画面を確認し……ふと、その動きを止めた。
「……ええ。パーフェクトよ。あなたの学習曲線、私の予測を遥かに超える速度で上昇しているわ」
だが、ミアの声はどこか沈んでいた。
彼女はご褒美のキスをしてくる気配もなく、タブレットを机に置くと、両膝を抱え込むようにしてゲーミングチェアの上で小さく丸まってしまった。
「ミア……? どうしたんだ? どこか具合でも……」
「……バグよ」
ミアの震える声が、サーバー室に響いた。
「あなたが……私のサポート(データ)を吸収して、どんどん賢くなって、自立していく。……それは、私が組んだプログラムとしては『大成功』のはずなのに。……私の胸の奥のコア(心臓)が、警報を鳴らして止まらないの」
彼女はゆっくりと顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見つめた。
冷徹なハッカーの仮面の下にある、等身大の少女の圧倒的な「コンプレックス」。
「……あなたが自力でT大に受かるくらい成長してしまったら。……もう、私みたいな『情報とデータしか取り柄のないハッカー』のサポートなんて、必要なくなっちゃうじゃない……っ」
彼女の瞳から、大粒の涙がポロリとこぼれ落ちた。
「カレンみたいな財力もない。ひまりみたいな家庭力もない。くるみみたいな愛嬌もない。……私があなたを繋ぎ止めておくための唯一の武器が……あなた自身の成長によって、陳腐化してしまうのが……すごく、怖いの……っ!」
5. 19:00:電脳密室の「管理者権限上書き」
データ至上主義の彼女が、自らが導き出した「T大合格」という輝かしい未来(正解)に対して、感情という名のバグで泣き崩れている。
その不器用で、どうしようもなく純粋な矛盾に、俺の胸は強く締め付けられた。
「……バカだな、ミアは」
俺はゲーミングチェアから立ち上がり、丸まっているミアの小さな身体を、俺の腕の中にすっぽりと抱き寄せた。
「ひっ……!? ゆ、優人……?」
「俺がT大を目指すのは、お前らのサポートが不要になるためじゃない。……お前らが俺に投資してくれた莫大な愛情に、見合うだけの男になるためだ」
俺はミアの銀色の髪を、優しく撫でた。
「お前が俺のために徹夜で過去問を解析してくれたこと。俺が間違えないように、一番近くで見守ってくれたこと。……お前のその『不器用な優しさ(愛情)』は、データなんかじゃ計れない、俺にとっての最高の価値だ」
俺の言葉に、ミアは大きく目を見開き、そして……俺のパーカーの胸元を両手でギュッと握りしめ、声を上げて泣き始めた。
「……っ……ううぅ……優人の、ばか……っ。そんな非論理的な言葉で、私のファイアウォールをこんなに簡単に突破しないでよ……っ!」
どれくらい泣いていただろうか。
やがて顔を上げたミアは、涙で濡れた頬をほんのりと赤く染めながら、俺の首元にスッと両腕を回してきた。
その表情には、もう不安の影はなく、代わりに「絶対にあなたを逃がさない」という、天才ハッカーとしての強烈な執念が宿っていた。
「……言質、完全に保存したわ。……ねえ、優人。強化学習の総仕上げよ。……今の言葉に対する『最大級の報酬』、私から直接インストールさせて」
ミアの熱い吐息が、俺の唇をかすめる。
俺は彼女の細い腰を抱き寄せ、その誘いに応えるように、ゆっくりと唇を重ね合わせた。
青白いLEDだけが点滅するサーバー室。
無機質な電脳空間の密室で交わされる、ミントとオゾンの香りが混じった、情熱的で甘すぎる「管理者権限の上書き(キス)」。
ミアの小さく震える舌が俺の唇をこじ開け、俺の理性の最深部へとアクセスしてくる。それは防ぎようのないゼロデイ攻撃であり、同時に、彼女の孤独と不安をすべて溶かし尽くすための、絶対的な同期作業だった。
俺は彼女のすべてを受け止めるように、強く、強く抱きしめ返した。
唇が離れた後、ミアは俺の胸元で、とろけるような至福の笑みを浮かべた。
「……インストール、完了。……優人、もう逃げられないわよ。あなたの心(OS)は、私が一生かけて『独占運用』し続けるんだから」
6. エピローグ:大資本の足音と、週末の決戦
「――おい高坂! 生きているか!!」
ミアのハッキング(甘すぎるキス)の余韻で脳味噌がフリーズしたまま帰路につく俺のインカムに、佐藤の絶叫が響き渡った。
「第三電脳室のネットワーク・トラフィックが、先ほどから異常な急増を見せていたぞ! まさかあの冷徹なハッカー……『ドーパミン報酬による愛の洗脳』を仕掛けてきた挙句、自らの『サポート不要になる恐怖』を涙で訴え、完全密室でディープな同期作業を完了させたのか!?」
「……ああ。佐藤、データって怖いな。俺、T大に受かった後も、一生ミアのサーバー内で飼われるパブロフの犬になっちまったかもしれない……」
俺が疲労と究極の幸福感に浸りながら呟くと、佐藤はさらに声を張り上げた。
「骨抜きになっている場合か高坂! アリス、ひまり、くるみ、ミアを乗り越えたお前を明日待ち受けているのは、インキュベーション・プログラム第5陣……いよいよ登場、学園最大の巨大資本、神宮寺カレンだ!」
佐藤の声が、極限の緊張を帯びる。
「金曜日の放課後……一週間の疲れがピークに達したお前に対し、あの女王が『お金で買える最高の学習環境』という名の、想像を絶するVIP待遇(資本の暴力)を仕掛けてくるぞ! 圧倒的な財力の前で、お前のハングリー精神が持つかどうか……明日は真の正念場だ!」
卒業(第150話)に向けた、六大資本による「インキュベーション(受験勉強)プログラム」。
自立を誓った俺の戦いは、理性の限界を毎秒更新しながら、ついに絶対女王の支配する「資本の領域」へと突入していくのだった。
(第128話・完)
本日の市場ニュース(個別ピックアップ:如月ミア編)
如月ミアの時価総額: インキュベーション・プログラムの第4陣として「過去問のデータ解析と弱点補強」を担当。正解するたびにキスをするという「強化学習」を実行。しかし、高坂の成長により「自分が不要になる恐怖」に直面して涙を流すという究極の脆弱性を見せつけ、高坂の理性を完全掌握。特大のストップ高を記録した。
佐藤のアナリスト・レポート: 「すべてを計算で支配する者が、たった一つの『感情』というエラーで泣き崩れる時、その破壊力はいかなるマルウェアよりも凶悪である。アナログな抱擁と『完全同期』によって確定した『一生の独占運用契約』は、高坂の逃げ道を完全に塞ぐ完璧な一撃であった」
高坂優人の現在の状況: 電脳空間での甘すぎる密着と、涙の同期作業により、脳内CPUが完全にメルトダウン。「……俺、T大に受かったらミアの専用デバイスとして一生を捧げるわ」と目的が完全に書き換わる重度の『電脳囲い込み(ロックイン)依存型デレ障害』を絶賛発症中。明日のカレンの「資本の暴力」に向けて、システム(体力)の再起動が急がれる。




