7話(安定)
地図が広げられた。「大和、今津の陸自基地になんの兵器がある?」「16式機動戦闘車がある。石油がなくて使えなかった」「数、用意してやって」「わかった」学が声を張る。「こっちの死者は出さん。追い出せばいい。歩兵は使うなよ。14時に作戦開始や。始めるぞ」「オー!」
道路の小石が振動している。「ブーン」16式機動戦闘車が鈍い音を立てて町へと入っていく。山で花穗が双眼鏡を握った。トランシーバーが鳴る。「敵は道の駅に集まってる」学が信太の腕時計を確認する。「フーッ」息を吐いた。学は線路の土手に伏せてトランシーバーを握る。「作戦開始」学の左手はピクついていた。大地が叫ぶ。「ミサイル撃てー」自衛隊のトラックに積まれた筒が噴煙を立てる。「シューン」大きな音を立てて空に筋を描く。ミサイルは弾かれたように角度を変えて町に降り注いだ。「当たったか」「ずれてる」家々から黒煙が立ち込めた。「あかん、町が……」爆音がかき消した。スカーフを巻いた男たちは慌てて車に駆け込む。「なんだよこれ!」「全員、一旦、集まれ」「状況を!」大和が声を張り上げた。「戦闘車隊、前進!」機動戦闘車がぞろぞろと現れた。「バーーン」大筒が一瞬後ろに後退して、鉄の塊を打ち出した。町にごう音が響く。砲弾はそれて公園に着弾した。「撤退するぞ!」「早く車出せ!」「パーン」木がだるま落としのように折れて倒れる。スカーフの男たちが一目散に逃げていく。田んぼには所々、大きな黒い穴が空いている。学の耳に電子音が響いた。「高島市から出たぞ」大和の声だった。「高島市を出ても追え。堅田まで追い回してやれ。命中も構うな」「了解」町にはごうごうと黒い煙が立ち込めていた。そのなかで擦り傷をつけた子供がつっ立っていた。学は町を歩きながら指示を出す。「消火は後回しでいい。銃を離すな。掃討するぞ」中学生くらいの男の子も体格に見合わない小銃を握っている。町を南下して練り歩いた。大地の声が鳴る。「勝野町掃討完了」「全員聞け!高島市は掃討完了。消火、かかれ」学はバイクに乗って高島市の入り口に向かった。琵琶湖沿いのバイパスの白髭神社の前に戦闘車が並んでいる。大和が降りてきた。「学、ここで一旦、防衛線をはった」「わかった。夜も見張ってくれ」学がトランシーバーを握った。「全員注目。作戦終了。繰り返す。作戦終了」「大和、お疲れ様、飯の用意をさせてある」大和は何も言わず持ち場に戻った。鍋を積んだ軽トラが何台も神社に入ってきた。理奈と花穗が三角巾をかぶって、おにぎりを配っているところに長蛇の列ができた。「怪我がある人は私に言ってください」そう言いながら理奈が今津の人たちにみそ汁を手渡した。一段落して学も列に並んだ。学の番が近づいてきた。花穗の後ろに理奈が見えた。「花穗、大地はどうしてる?」「消火を手伝ってるよ」花穗がおにぎりを渡そうとした時、理奈が割って入って学に手渡した。「理奈、ありがとうな」「学こそ。お疲れ様」花穗は笑って学を呼び止めた。「みんな疲れてるやろうし、鶏肉準備してるけど?」学は一瞬考え込んだ。(俺がやらな、か…)「わかった」そう言ってメガホンを取った。「全員注目ー!」神社に大きい電子音が響く。「みんなお疲れ様!古賀も今津もよくやった。今日は鶏肉が出るから好きなだけ食べてください」「うぉー」今津の男たちが拳を握った。「鶏肉なんて1カ月ぶりやぞ!」彼らのリアクションを見るとホッとした。湖のほとりにある神社は夜中まで明かりが消えなかった。月が琵琶湖に浮かぶ鳥居を照らしていた。学は古賀に帰って数豊と大地と状況を整理した。三人は地図やら表やらを片手に机にかじりついた。数豊が伸びをした。「学、いい仲間ができたな」「そうやな」学は右手に着けた信太の腕時計を見つめていた。(日本に戻す……か)
何日か過ぎた。稲は大きな粒をつけて黄金色に輝いている。今津と古賀は合流した。高島市をまとめるため、学は自由信党を立ち上げた。職員室で会議が開かれている。大和の机が追加された。「定例会議を行います」秋がいつも座っていた席はすっからかんになっていた。誰も座ろうとはしなかった。花穗が立った。「稲刈りが始まっています。子どもたちにも手伝ってもらってますが、やっぱり人が足りません」数豊が紙に眉をひそめながら立った。「高島一万人計画を進めています」学は鉛筆を動かしながら口を開いた。「入れ過ぎはあかん。安全な人かを検問して少しずつ入れれるように」
大和が野太い声を響かせた。「入ってくる人が増えています。防衛ラインでは検問に長蛇の列ができて……」定例会議が終わると花穗が作業服と長ぐつを履いて小走りをして学校から出ていった。学はノートを持って保健室に寄った。保健室では理奈がまた分厚い本を読んでいた。学は一瞬、理奈の横顔を見た。理奈が気づいた。「学、昼ご飯?」「うん。勉強どう?」「昼からは稲刈り手伝ってるから、時間が足らん」「ちょっとは休みや」「あっ!」理奈が思いついたように振り向いた。「今度の休みにビーチ行こうよ」「稲刈りが終わってからやな。花穗たちも誘はなな。花穗は働かせすぎてる……」理奈は一瞬眉をひそめて苦笑した。「薄いクマができてるよ。どうせこの後、稲刈り行くんやろ?」
田んぼのあちこちでトラクターが動いている。町行く人はさすまたや包丁を持たなくなっていた。人がいなくなったはずの北船木には新しく移住した人たちで賑わっている。「ハァ」学が汗をぬぐった。(もう一息)肌を突き刺すような暑さの中、屈んで稲刈りをしていた。日が経つにつれて田んぼがはげていった。
「定例会議を始めます」職員室のカーテンがゆらゆらと揺れている。数豊が紙を握って立った。「現時点で人口は2500人になりました」花穗が目を擦る。「高島市の田んぼはほぼ全て刈りました」沈黙が過ぎ去る。大地が花穗の肩に手を当てて立った。「家焼きが始まっています」学が頭をかきながら言った。「大地、石油は使わんといてな。大和、高島市を北上して、港がある福井県の敦賀市と合流するように手を付けて。話し合いでな―」数豊がそろばんをはじくのを止めた。「銀行の新札を使ってますから貨幣制度はなんとか……」誰も見上げず、机にかぶりついている。花穗は泥のついた作業服に身を包んで、信太の机を横目に見つめている。
ビーチに理奈と学が並んで歩いている。顔を見たことがない人が何人か、泳いだりバレーをしたりして遊んでいた。反対側から大地と花穗が来た。「そろそろお昼にしたいよ」「学ともそう話しててん」「バーベキューだよね?」大地と理奈が用意している横で花穗は鼻の付け根をつかんで押さえていた。花穗の指は泥が入ったままだった。学が横でボーッと琵琶湖の奥の山々を眺めている。「花穗、ごめんな。農業のことも牧畜も全部任せてたよな」「他にできる人少ないから、仕方ないよ……。冬に学校再開して農業教えるね」「秋の間は休んでな」「秋?……あぁ秋ね」花穗は腕をつかんでうつむいた。背後の町では時々、家が焼かれていた。
町にはポツポツと店が並ぶようになってきた。役所では米が配給され、列ができている。職員室で古びた扇風機が首を回す。大和の席には防衛省の文字が書かれている。「防衛についてです」野太い声だ。「琵琶湖の北東である長浜市、米原市とは交流を始めています。しかし、南東部は不安です。個々の集落の独立性が強く……」学は目を半開きにして聞いている。花穗は目をそらした。職員室の扉がゆっくりと開いた。花穗しか気付かなかった。女性がそっと学の横にお茶を置いて立ち止まった。「会議は一旦、中止です。夜から始めます。皆さん一旦休んでください」半開きの目の視線を女性の顔が横から遮った。学が瞬きをした。「あぁ。秋か。どうしたん」「学もみんなも休みを取らずに働きすぎやで」みんながぞろぞろと出ていく。「私もみんなのためにできることないかと思ってこうやって動いてんの」花穗が扉の前で秋を待った。「私は元々歯科医の1年生やから歯医者になる。足りんねやろ?」「そうやな」「花穗ちゃん行こ」秋と花穗が退室した。「フーッ」息を吐いて少しの間、椅子で寝た。
私立のキレイな学校にいる。周りでは、小学生の子どもたちが親と一緒に手を握って掲示板を見つめている。掲示板が公開された。数字が並んでいる。幼い学は掲示板の前で涙を流して立ち尽くしていた。病院の前で女性が医者とキスをしている。
学は父親に抱きしめられている。父親は何かを言っている。「学は悪くないよ。悪くない。悪くない」
幼い学は立ち尽くしていた。三浦歯科と書かれた家が見える。
起きると涙がたれていた。鼻の付け根を握った。手は濡れていた。ため息をついて時計を見た。
夜は保健室にいる理奈と帰り道を歩いた。
町のメインストリートに提灯がかけられている。白と赤の横断幕が掲げられた。学ははっぴを着て台の上に登った。「この度は豊作を祝い、だんじり祭りを開けたことを皆様に深く感謝したいと思います」秋だけは、学にははっぴが似合っていないと思っていた。メインストリートの側面に人々が大勢群がった。
「ピピー」笛の音がなったかと思うと、みこしが流れていく。太鼓の音と人の声が入り混じり騒がしくなった。看板が立っている。「祝 高島一万人計画達成」出店では栗や柿が売られている。たくさんの人が行列をつくった。私服の人や寝間着の人、浴衣を着た人が混在してカオスな風景だった。
高島市の入り口から少し離れたところにある、大津市の近江舞子町まで防衛ラインを広げた。近江舞子の学校の運動場には機動戦闘車が並び、高島市を封鎖した。バリケードが立てられ、小銃を下げた男が目を光らせた。何人も近江舞子町に訪れたが堅田まで引き返させた。戦闘車の大砲に赤とんぼが止まるようになった。町の並木は色を変えて葉が落ちた。
雪が降るようになると学のクマもだいぶ薄くなった。学校では子どもたちが集まり、花穗が教壇に立つことがあった。山々は白い毛布を覆った。学の家の居間では電気機械が横たわっていた。長ぐつをはいて雪を踏みしめて家を出た。田んぼが真っ白に輝いている。古賀を少し歩くと理奈の家が見えてきた。庭には雪かきスコップが刺さっている。「ピーンポン」「あいてるよ」なかに入っていく。理奈は分厚い本を片手に一生懸命に鉛筆を動かしていた。「ハァー」手に息を吹きかけている。理奈が振り返った。「どうしたん?学」「暇あるなら、スキー場行かん?」理奈の顔が温かくなった。「行く!スキーできたんや」「俺はスノーボードのほうが得意やねんけどな。理奈は?」「スキーのほうが得意やで」用意をしてバス停で待った。雪が積もる前も車はバスしか走っていなかった。バス停の時刻表には朝と夜の2回しか時刻がなかった。チェーンをつけたバスがジャリジャリと音を立てて走ってきた。中型バスだった。雪景色が過ぎていく。「学が誘ってくれたの初めてな気がする」「そんなことないよ」ロープウェイを登ってスキー場についた。ロープウェイにはたくさんの子供たちも乗っていた。立っている看板の上部分が雪に隠されている。「ようこそ、びわ湖バレイへ!」
ロープウェイから降りて振り返った。琵琶湖と白く染められた近江今津の街が見えた。2人がスキーのレンタルハウスに行くと秋が店員をしていた。「秋ちゃん!」「学!理奈ちゃん!この前図書館で会った以来やな。」「秋、スキーとスノーボード頼むわ」「はーい、そういえばさっき花穗ちゃんと大地も来てたわ」「そうか、秋も仕事終わったらみんなで滑れたらいいな」秋は理奈の顔をうかがった。理奈は笑ってウインクした。「昼から仕事終わるからみんなで写真取ろう」「秋ちゃんも滑ろうや!」「花穗ちゃんたちも一緒なら…」秋は文字の書かれた派手な服を着ていた。「祝、スキー場再開!」
他の店員も着ている中、秋だけは浮いているように感じた。
板を借りてリフトに乗った。「スキーなんて久しぶりやわぁ。こういう事ができるのも学のおかげやな」学は一瞬うつむいたが笑ってみせた。下からリフトに座る2人を見るとスキー板とスノーボードの板がぶつかっていた。木の細い枝にも雪が積もっている。新雪のフカフカとした雪だった。何回か滑って昼になった。スキー場のテラスのあるレストランに行った。「理奈ちゃん、学、こっち」花穗が手を振った。5人で琵琶湖が見える席に座った。学がメニューを手に取る。大地が学のメニューを閉じた。「大地、どうしたん」「まぁ任せろって」大地はいつもの優しい笑顔の中に自慢げな顔が混じっていた。店員がカセットコンロと鍋を持ってきた。(鍋なんか)その時だった。「お待たせしました」店員が大きな赤いカニを持ってきた。大地が自信げに学を見た。「福井県敦賀市で取れた越前ガニです」「大地、敦賀市とこんな仲良くなってたんや」「大和の仕事やったけどな、大和も仕事多くて、僕が引き継いでん」「やるなぁ、大地」「さぁみんな食べてください」「いただきまーす」思い出や最近のことを話した。「学校の先生も大変でね……」「今は歯医者の勉強してて…」「そうそう、こないださぁ…」秋の笑った顔を久しぶりに見れた気がした。
飯を食べてからはみんなで滑った。花穗はスノーボードをしていて自分の身長よりも高いジャンプ台を跳んでみんなを驚かせた。関東地方だと京阪神のみんなより雪に身近らしい。
雪がもっと積もるようになった。琵琶湖では棒が立てられていて氷魚のエリ漁をしているらしい。
学は家の居間で電動自動車をつくっていた。たまに理奈と町に出てショッピングや食事をした。理奈はちょくちょく簡単な診療をしているらしく、真冬でもおしゃれでキレイな服を着ていた。役所の近くを2人で歩いている。「学、あれ見て、ラーメン屋さんある」「ラーメン屋、万楽か。行ってみよ」店に入ると、カウンター席の端に数豊が座ってチャーハンをつついていた。「数」軽く肩を叩いた。「学、久しぶり」「数は最近どうしてるん?」「経済学をやってる」「計算得意やもんな」ラーメンは高かったが、チャーハンはリーズナブルだった。このラーメン屋には理奈と2人で何回か行った。会議室を職員室から市役所に移した。高島市からゾンビが廃絶したことをテレビで宣言した。秋から冬にかけて大勢の人が琵琶湖大橋を渡った。




