6話(信太)
何日か過ぎた。ある日、全員を体育館に集めた。体育館の扉に看板が立っている。
「多数決取ります。8月10日」
学が、ガヤガヤと座りながらしゃべるみんなの前に立った。「2つ、決めたいことがある。まず1つ目は北船木の人との合流と、彼らの上古賀への移住を認めるかどうか」信太と秋がノートを見ながらつけ足す。「電力は余裕があります」学が地図を指さす。「俺は高島市役所近くの町の石油や食料を古賀に集めようと思う」花穗が手を挙げる。「それじゃ北船木の人ともめるよ」「そう。だから合流したい」子どもたちは黙って真剣に学の話を聞いている。「分離したままだと、町の石油と食料で争うことになる。だから合流して均等に分け合えるようにする」信太がノートをめくりながら言う。「田んぼが多すぎて北船木の人と力を合わせても刈り切られへん。人がいる」学は水を飲む。「2つ目は、京阪神から高島市への入り口である線路とバイパスを防衛して封鎖すること」理奈が立った。「そんなことしたら、それこそ、京阪神から来る人たちと争いになる」子どもたちがガヤガヤと話し出す。少しうるさくなった中、学の声が聞こえる。「でも、何でもかんでも入れてたら略奪が起こる。一人も入れないとは言ってなくて……」理奈がかぶせる。「封鎖はやりすぎじゃない?」みんなが話し出してうるさくなる。小声が聞こえる。「僕もやりすぎな気がする」信太が周りを見渡してメガホンを使った。「静かに。北船木の人たちとの合流は賛成やろ?封鎖のことはまた話そう」解散して体育館からみんながぞろぞろと話しながら出ていく。理奈と花穗が並んで歩いている。「花穗ちゃん、学はこのために武器を持ってきたんじゃないの?」「さぁ、どうかなぁ」花穗は苦笑した。体育館の中で学が信太の肩に手を置いた。「ありがとうな信太」「賛成しない人が多めやな。俺らでなんとかせんとな」学はうつむいていた。
あくる日、学と北船木の大地は黒煙が立ち込める上古賀を背後に握手した。「電気がある生活は助かります」「会議に参加してくださいね」上古賀へと、パンパンの風呂敷を持った人たちが入っていく。続々と石油や食料、物資が古賀に集められた。役所近くの車は全部、給油口がこじ開けられている。町は空っぽの建物だけが残されて骨抜きになった。
琵琶湖のほとりにコテージや真新しい白いテントが立っている。グランピングリゾートと書かれた看板が傾いてたたずんでいる。ビーチでは秋と信太が並んで座って話していた。大地と花穗が軽トラの荷台に学を乗せて道路を走ってきた。ハンモックに腰掛けて分厚い本を読んでいた理奈が立って近づいた。「学、遅い」「ごめん、上古賀の柵立てるの手伝ってた。これ持ってきたで」学が荷台の段ボールを持ち上げた。花穗が車の窓を下げた。「上古賀の人たちがくれたよ」大地が花穗の後ろの運転席からいつもの優しい顔をだした。「うちで採れてな」理奈が段ボールを開けると。淡い色の桃と水滴を垂らしたトマトが入っていた。「えー!ありがとう。大地くん」学が荷台から降りた。「秋ー、信太ー!大地が桃くれたぞ」理奈が軽トラの窓に手を置いた。「花穗ちゃん、大地くんも遊ぼうや。今日は週一回の休みやで?」「どうする?大地」「花穗が行くなら行く」大地は優しく微笑んだ。女子三人が話しながら昼飯を作っている。ビーチで大地と信太と学が並んだ。学が口を開く。「大地、そっちは高島市の入り口の封鎖の件どうや?」「賛成が少ない。こっちは地元おって争いなかったからな。でもやらなあかんやろ?」信太が寝転んで空を見上げた。「そうやねん。考えな」学は琵琶湖の奥のうっすらと見える山々を見つめていた。(民主主義か)「ご飯できたよー」「今日はトマトパスタやで」
学と信太と理奈が空っぽの町を歩いている。理奈が地図を広げた。「あっちの家、雑貨が残ってるって言ってたで」「行こう」集めた雑貨をリュックに詰めた。小高い人工の丘に線路が走っている。上へ登って町を見渡した。「学、あれ」信太が指さした。公園の木々の間から白い煙が立っている。三人は伏せた。「今日は俺等以外来てないよな」「うん」数豊が屈んで走ってきた。「学、あれ、上古賀でも下古賀でもないで」信太がトランシーバーを取り出した。「学、あいつらと話すか?」「うん。稲刈りに人がいる。できるだけ合流したい。線路を琵琶湖沿いに北上する近江今津の町は、まだ食料取ってない。そこに行ってもらおう」数豊がさすまたを握る。「学、争いにならんよな?」「兵器はこっちが持ってるからないと思うけど……」理奈が学の声を遮った。「そういうやり方気に入らない。戦争はだめだよ」学は眉をひそめた。「するわけないやろ。理奈、下古賀に帰れ」「何で?」「数、連れて行って」学は信太とゆっくりと歩いて公園に近づいた。公園の前にはバスや車が何台か停まっていた。20人程度の集団が鍋を煮立てている。見張りをしている人に挨拶をすると、誰かを呼ばれた。信太と同い年ぐらいの若い男が鉄の棒を持って歩いてくる。後ろで女の子たちが近くの男の服を握って学と信太を睨む。学が手を差し出す。「こんにちは。学です」男は少し離れて手を出して握手をした。「大和です」「ここらへんは食料ないです。線路を北上して近江今津駅に行けば残ってると思います」男の視線が少しだけ緩んだ。「ありがとうございます」「古賀にいるのでまた話しましょう」「……」男は何も言わず帰っていった。武装した何人かと話しているようだ。刺激しないように、これ以上関わらずに下古賀への帰路についた。「学、一件落着とはいかんな」「うん。悪いやつらではなさそうやな」夜、年長を職員室に集めた。学が椅子に座ってノートに鉛筆を動かしながら口を開いた。「都市の食料がいつなくなるかわからん。これからはどんどん人が来る。高島市の入り口の警備はするべきや。安全な人だけ入れる」理奈が立った。「30万人の食料を作れる高島市で、そんなことしたら、それこそ外の飢えた人と争いになる」信太が学につけ足した。「学はその先のことを心配してる。日本は石油を全て外国に依存してる。国の潜在してる石油が少なくなれば、他国や他の市から買わないといけない。余分に米を残して代金にしないと石油は買えない」学が頭を抱え込んで言う。「人が増えすぎてもそれをコントロールするなんて……。食料もエネルギーも水も必ずしも保証しきれるわけじゃない。旧世界だって」大地が苦笑した。「学が言うことも、理奈が言ってることも正しい。市の境で争いが起こるのはちょっと…」花穗は黙って聞いていた。数豊が校庭に停めてあるミサイル車を見る。「稲刈りにも警備のためにも人員が足りない」学がノートをめくる。「計算したけど最大でも1万人。それ以上はまだ無理や」沈黙が流れた。理奈は自分の腕を握って外を見つめている。信太が場をなごめた。「まぁまぁ、近江今津の新しい集団とは合流に向けて仲良くやるのは決まりやな。人手がたりんから何人かは入れよ。な?」「異議なし」「みんなお疲れ様!解散!」学はスマホでグラフを写しながら、右手に鉛筆を動かして下を向いている。「いつも助かる、信太」「このままの政治体制じゃな……」「100人超えたあたりでやと考えてる。どうせ他の人たちと合流するにも民主主義じゃないと信用されへんし」
何度か近江今津に行った新しい集団と話すようにした。ずっと大和が代表だった。「何か困ったことがあればおっしゃってください」「ありがとうございます。ではまた……」大和たちは目を合わせず、にいつもどこかよそよそしかった。そのくせ見送りだけは丁寧だった。学は信太に「早く合流したいのにな」と言われた。
8月下旬になった。稲の実が大きさを増している。マツムシの鳴き声が聞こえるようになった。古賀の古い寺で夏祭りをすることにした。信太が大和たちを誘った。夜、下古賀のメインストリートにちょうちんの光が淡く照っている。赤と白の簡易テントの露店が立ち並ぶ。桃ジュースやら冷凍スイカやらの出店ではにぎやかな声が聞こえる。「へい!らっしゃい!」上古賀の人たちが服や雑貨を売っている。信太は下古賀の外で近江今津の方を見て立っている。理奈と学は並んで月に照らされたメインストリートを歩いた。理奈は朝顔があしらわれた紫の着物を着て、学は浴衣を着ていた。「なぁ、学、まだ近江今津の人たちと合流でけへんの?政党政治するってゆったんやろ?」「うん。それでこんな祭り開いたんやけどな。何かあるんかな」「それを調べなきゃやん?」「調べてるよ。理奈、せっかくの祭りや。こんな話やめよ。ほらかき氷ある」理奈に笑ってみせた。「新札しか使えへんよ」秋が鉢巻きを巻いていた。「秋ちゃん!1個ください」「1個でいいん?」「2人で食べるから」理奈は笑って答えた。「桃のフレーバーで」「あいよ!」「こんばんは」後ろから声が聞こえた。振り返ると大和たち近江今津の人たちだった。女性は誰も来ておらず、若い男だけが4人ほど群れて来た。「お招きありがとうございます」学は握手した。「楽しめていただけていますか?」「もちろんです。我々もこういうものをゆくゆくは……」「兄弟として頼もしいです」「ありがとうございます」まだ握手は終わっていなかった。寺の広い庭に集まって盆踊りをした。その後は信太が出てきて一発芸をした。大和たちもみんなも笑っていた。学と理奈は並べられた椅子に座って見ていた。「理奈、信太ってみんなに好かれてるよな」「人懐っこいもん」「ずっと支えられてる、俺は」(俺に足りんものを持ってる)秋は大和たち近江今津の人が集まって、何か話しているのを聞いていた。古賀で集まって線香花火をした。時間も過ぎてお開きになると下古賀の入り口で大和たちが待っていた。学は見送りに行った。大和が学の目を見た。「今週、外の人が10人入っています」「ええ、その件は私たち古賀が引き受けます」「これからも増えます。考えることは考えないと」「同感です」大和は少し不思議そうに学を見た。また大和が学の目を見る。「大衆が正しいとは限りません」「分かっています。ですから手を合わせたいと」大和はニヤッと笑った。「同志がいてくれるのは心強いです」「お気をつけて」下古賀の入り口からは校庭に停めたミサイル車が見えた。
学校の前の学の家の玄関に芽を出した植木鉢が日を浴びている。「バタン」玄関がいきなり開いた。学がトランシーバーを片手に走って出てきた。庭にあるバイクのエンジンをかける。トランシーバーが鈍い音を出す。「学!聞こえてるな。早く来い」田んぼの中をバイクが走る。線路の上に信太が伏せている。「信太、状況は?」信太が双眼鏡を手渡した。「2時の方向」スカーフを巻いた男たちが映った。「右のやつ!」「え?」そいつらは銃を携えていた。「何丁あるんや」「学、話しかけるか?」「いや……スカーフを巻いてるのは怪しい。自分たちの群れかを判断するためにつけてるのかも?」「仲間かどうか判断する理由があるってことか」「危ない奴らかも知らん。近江今津に連絡。古賀に警戒態勢をとらせよ」「分かった」学は信太にバイクを渡して近江今津に連絡に行かせた。古賀に戻って下古賀も上古賀の人も全員集めた。「今日からは警戒態勢をとる。夜も交代で見張りをする。明日俺が話に行く。銃はいつでも使えるようにしといて」「そんなに危ないの?」「一応やから」子どもたちが学を見つめている。「ゴクリ」つばをのみ込んだ。「役所近くの食料も石油も取ってるから明日は近江今津かここに来るかもしらん」夜はカーテンを締め切って、明かりをつけさせなかった。
あくる日の早朝、信太と学は水路に沿って町へと歩いた。信太は大きな白旗を肩に担いでいた。「学、理奈とはどうなん?」「意見が合わんこともあるけどボチボチやな」「確かに意見が違うことあるもんな」「まぁでも、理奈はみんなのこと考えてやから」「分かりあってんや」「どうなんやろな。わからん」黒いスカーフをつけた2人が遠くの茂みから学たちを見つけていた。そのうちの1人が口を開く。「おい、あいつら昨夜のやつやろ」ゆっくりと銃の撃鉄を後ろに引いた。「お前やめろ!白旗掲げてるんやぞ。俺らは食料見つけるのが任務なんやぞ?」「知るかよ。3人やられてんやぞ。そのもっと前は2人やられてる」銃口をゆっくりと向ける。学と信太に照準があった。「おい、やめろ。ボスに報告するぞ」男の目がキラリと光った。「秋の良いところは……」「パーン」
「グハッ」信太が突然倒れ込んだ。「何や?銃声か」学が後退りする。2人の男が見える。おどけて一瞬立ち尽くした。「が…く……」肺を抜けるような音が聞こえた。「信太、お前」倒れた信太の服を引っ張って水路に引きずった。「お前何してんねん」もう一人の男が銃を奪ってぶん殴った。「つらかるぞ」
「信太、おい」「いったいわ」信太の身体から血が滝のように出てくる。学は必死に抑えて叫ぶ。「信太」ひや汗が止まらない。服を破いて傷に巻き付けた。「学」「信太帰るぞ……一緒に」「秋の結婚式は着物が良いわ」「喋るな、信太」額から汗が垂れる。信太を背負って水路を歩きだした。(帰ろう)「学、お前一人でもできるよな」一歩一歩が重くなっていく。「日本をまた戻すんや」「……一緒に」学の腰を伝って血が水路に落ちていく。「一人でもできるよな。みんな支えろよ」「帰るんやろ。秋のとこに」学の目が震える。「俺のこと忘れてってゆえよ」「……」「秋は一途やから」信太は微笑んだ。「帰るぞ」「一人でもできるよな」声がかすかになっていく。一歩一歩踏みしめた。体中が汗で濡れている。「信太もうすぐや……信」水路の草が生えた斜面に信太を下ろした。
「信太……お前」信太は眠ったように目を閉じていた。学の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。「しんたー」涙がずっと止まらなかった。空は無頓着にも、雲一つない快晴だった。「お前なしじゃみんな分かってくれへん……おってくれ……信太」水路は赤い血で染まっていた。
古賀の入り口から理奈が学を見つけた。学はゆっくりと村に入って道路に倒れた。涙は出ていない。ずっと瞳孔を開いて信太を見ている。理奈が信太の首を触る。「学……どうしたん。何があったん」「……」秋が走ってきた。「秋ちゃん来たらあかん」泣きながら信太を抱きしめた。「しんた…しんた」みんなが近づいてきた。学の目は赤く腫れている。秋の横で学が座り込んでいた。大和が古賀に走ってきた。荒れた息の中ゆっくりと学の横で話した。「あいつらが夜、襲ってきて1人負傷したけど3人やって……」数豊が目を拭いながら口を開く。「3人やったって、ピストルしか持ってないんじゃ?」「今津には陸自の駐屯基地があるけど……知らんかったん?」三月がスマホを取り出して震える声で地図を開いた。「ある。饗庭野基地と近いから重なって、見えんかった……ごめん…私……」学が三月に基地を調べさせた時のことを思い出した。「三月のせいじゃない」学が頭を抱え込む。大和が続けた。「こっちは電力復旧できてないからスマホが使えんくて、俺が朝早く出て伝達にきた。あのスカーフの奴らは都会にいたときから争ってて、俺たちと分かって撃ってきた」学の目はほんの少し振動して見開いている。振り返って顔を上げた。「どうして言わなかった?あいつらのこと」「京都で争ってた時あいつらは大阪の方に逃げたから来ないと思って」理奈が学を睨んだ。「そんなこと今津の人に聞いてる場合じゃないやろ」学も睨み返す。「はめられたんだよ。医学部のくせにわからないのか?」「どういうこと?」「俺らは高島市の入り口の封鎖の件を民主主義で決めた。今津の奴らは俺たちと合流したら封鎖できなくなる。だから合流しなかった。古賀は今津よりも町に近いから先に襲われる可能性が高い。俺らが襲われれば封鎖の案が通る。それを待ってたけど、因縁がある相手だったことをバレて襲われた。そうだよな大和」学の鋭い目が大和を睨む。「前、争った奴だなんて奇襲されてから知ったんだよ」
「バチッ」秋が泣きながら学をひっぱたいた。「信太の分。あなたが引っ張るんでしょ?大和さんは祭りの時、合流するように仲間と話してたよ」信太の手の腕時計が見えた。信太との思い出がよみがえる。学の目に息が吹き返った。涙がぼろぼろと流れてくる。「信太が結婚式は着物がいいって……秋は一途やから……自分のことは忘れろって、でもそんなこと言っていいのか分からんくて……ずっと分からんくて……」涙が止まらない。「ごめん、みんな」涙を拭った。「あいつらを追い出そう。どんな手を使っても」学の右手には信太の腕時計が光っていた。




