5話(始まり)
軽く息を吐いて理奈のもとに走った。数豊は理奈とチームを組んでビーチバレーをしていた。「数、見張り代わって」「うん」数豊が学を見つめた。「どうしたん?」「いや、学が遊ぶの珍しいなって」「数、秋にこの人らの分も飯用意するよう頼んで」「はーい」数豊は道路に走っていった。理奈がサーブを留めた。「私たちの分もいいんですか」「はい、あなたたち、争ったことないんでしょ?」「はい、そうですけど…」理奈はぽかんとしていた。信太と秋がビーチに腰掛けて見ていた。「ねぇ、信太、学って下手やなぁ。かわいい顔してるのに」「俺はやりやすいねんけどな」「信太と数豊としかろくに話せてないやん」「いいやつなんやけどな」信太は頭をボリボリとかいた。反対側のコートに三月とみなとがチームを組んでいた。三月がボールをレシーブしようとして転んだ。「なぁ、がくー、そっち大人二人でずるいやん。何でそっち入ったん?」理奈は学を横目に見た。「私ちょっと休みます」理奈は秋とホテルに入っていった。「じゃあ学1人チームな」「はぁ?」理奈の軍団の三人と交代でバレーをしたりかけっこをしたりした。「はぁ、もう無理」学が笑って倒れた。三月とみなとが海水をかけてきた。「学、休むの早い」「もうギブ、久しぶりに遊んだわ」秋と理奈が2人で歩いてきた。「みんなーご飯にしよー」学が振り向くと、理奈は水色の水着を着て上にシャツを羽織っていた。学はヒョイッと立ち上がって走っていった。「学まだ疲れてないやんかー」ホテルの食堂でみんなで昼飯にした。理奈は4人で食べていた。学が理奈の肩をトントンと叩いた。「年長はみんなで会議するから来てくれません?」「分かりました」すかさず三月たちが理奈の子どもたち三人と一緒に集まってご飯を食べ始めた。理奈、数豊、学、秋、信太が鍋を囲む。今日はそうめんだった。学がノートを取り出した。「明日はすぐそこの高島市に入って古賀っていう村に行こうと思ってます」「ズズッ」理奈だけがそうめんをすすった。みんなが真剣な顔で学を聞いていた。「え、ごめんなさい」学が真剣な表情になる。「僕らは大阪から来ました。何度か人と食料を争ったり、仲間をさらわれそうになったりしました」「そんな事があったんですね」理奈は考え込んだ。「旧世界のようにはいかない。それをしっかりと理解しておいてほしい。あなたたちはこれからどうするか考えてるんですか?」「いえ、ただ食料を求めて京都の南から滋賀に来ただけです」「これからどうしますか」理奈がみんなで食事しているちびっ子たちを振り向いた。「私たちもついていきます」食事を終えてからまた監視を置いて自由に過ごした。信太と学はホテルの部屋でノートを読んでしゃべっている。「高島市のここが古賀や。ノートに色々書いてるから読んどいて」「うん、わかった」一段落してから学と信太は近江舞子を歩き回って石油と食料を集めた。夕方になって夕焼けがビーチを照らした。さざ波が聞こえる。夜になっても蒸し暑いままなのを知っていた。みんなで琵琶湖とホテルを繋いでバケツリレーをした。12人もいれば大きな浴場もすぐに満タンになった。みんなで水着を着て入ったが、さすがに人が多かった。最後の一人になると水が半分もなかった。初めて男と女に部屋を分けて寝た。信太と数豊と学とみなとが同じ部屋で、みなとは寝ていた。みんなでベッドに寝転んだ。数豊が目を丸くして聞いた。「学、信太、やっと明日は高島市に着くな」信太がノートを片手にニヤニヤとしながら答えた。「高島市には安曇川が東西に流れてて、その少し上流に古賀がある。古賀は山と川に囲まれてゾンビの心配は少ない」学が笑ってかぶせた。「しかもや!古賀には水力発電施設と牧場もある」「航空自衛隊の基地もあるぞ」「山奥やのに飛行機飛べるん?」信太が指を振る「ミサイル基地やから飛行機はない」学がノートをめくった。「去年の高島市の米の生産量は1万4500トンや。1人当たりの1年の消費量が50キロとすれば…」数豊が一瞬で答えた。「1年で30万人の食料を作れる」信太が驚いた。「数、計算はや!これなら十分現地の人にも食料分けてもらえるな」学が拳を握った。「やっとや、やっとここまで来た」信太が手を出した。「こういうときはこう!」「これからも生き残るぞー」「おー!」
第2章
早朝、支度をして車に乗る。琵琶湖沿いの道を三台の車が列をなした。運転する信太の横で学がノートを開く。高島市へは琵琶湖沿いの一般道路と湖西線の線路だけが唯一の入り口だ。「あの山を越えたら高島市や。琵琶湖沿いを走れば越えられる」山の奥に積乱雲が見えた。少し走ると神社が見えてきてみんなで参拝した。琵琶湖に鳥居が立っていた。
町が見えてきた。「あれが近江高島の駅か」山のすぐ近くの駅だった。どんどん進むと土地が開けてきた。だだっ広い辺り一面の田んぼに稲が緑々としている。みんなが窓から田んぼを眺めた。安曇川駅が現れる。駅の近くにはある程度の町があった。安曇川を超える橋を渡り、左折して川を登る。何度かこじんまりとした町を抜けた。だんだん山に近づいてきた。道路が赤く錆びたようだった。雪を溶かすためのパイプの鉄分の色らしい。右手に田んぼと山で、左手には安曇川が流れる。何分か田んぼを走ると、昭和っぽい古びた町についた。町というよりは村に近い規模だ。「信太まっすぐ行くと学校がある」白い小さな学校に車を止めた。「みんな、車のなかにおれよ」信太と学が中に入っていく。「学、少し前に学校じゃなくなったんだって」「田舎はそうなるよな」地域の行事で定期的に使っていたらしく、校舎は案外きれいだった。「理奈、学校から出ないようにな、こんなにゾンビが減っても油断したらあかん」「うん、ありがとう」「学!」信太の声だった。「ここ下古賀やって」「うん、まずは会議やな」子どもたちは体育館に行かせた。バレーやらバスケやらをやっている。「みなと!パス!」三月の声が聞こえる。「年長集まってー」体育館の隅っこで学が話を始めた。「まずはこの村の安全を守りたいから、家焼きをする」理奈が聞いた。「何なんそれ」「パンデミックの後、家の中でゾンビ化して死んだ人がいっぱいおるから、死体がある家は徹底的に燃やす。信太に任せる」「わかった。学はどうする?」「俺は牧場が川を越えたとこにあるから数と見に行く」信太が立ち上がった。「よし、やるか」信太の家焼きに学も立ち寄った。「全員黙とう」信太は子どもたちを体育館に入れておいた。村に黒煙が立ちこめる。信太が叫ぶ「水用意できてるなー、そこ近づくな」子どもたちは体育館のガラスから黒煙を見ていた。木の焼けた匂いが風に漂う。匂いのなかに何か不快なものが混じっている。数と学が軽トラを走らせた。「学、ここ広い土地やな。見渡す限り山と田んぼや」「ずっと地図から見てたから歩きで何とかなると思ってたけど、だいぶ広いな」錆かけた小さな橋を超えると、田んぼの端に大きな牧場が見えた。「学、あれから3週間はたってるし、家畜は生き残ってないんちゃん」「そうやと思うけどな」牧場の建物の近くに軽トラを停め、近づいた。驚いた。牛たちがしっぽをゆらゆらと振りながら草を食べていた。突っ立って口を開くしかなかった。「え?」数豊が笑って牧場を駆け抜ける。「すみませーん」「誰かいますかー?」事務所らしき建物が見えて、中からバケツを持った女性が歩いてきた。女性は作業服を着ていた。「あなたたち誰?」「今日、下古賀に来たんですけど」女性はそっけなく水いっぱいのバケツを運んで横切った。「そろそろ誰かしら来ると思ってたよ」「関西の人じゃないんですか?」「おじいちゃんの実家に帰省してたら、ね?」「牧畜とかできるんですか」「農業高校だからね」女性はバシャーンとバケツの水を流した。「他に生存者は?」「私の他に2人で上古賀に暮らしてるよ。安曇川を下ればほかにも、地元の子たちがいるみたいだね」「そうですか。よかった。今日の夜、ご飯でもどうです?仲間たちが喜びます」女性は足を止めてこっちを見た。「考えとく」優しい顔立ちだった。軽トラに乗ってある程度探索した。「学、良かったな」「他に2人いるって言っとったな。多分地元の人やろうから、農業できる人ならいいな」少しして下古賀に帰った。村が何軒か燃えている。「どうやった?」「信太!収穫があった。牧畜できる人がおった」「まじで?よっしゃ!」「今日の夜飯に三人誘った。あきー!」遠くから秋が手を振る。「どうしたーん」「夜飯15人分」秋が笑って手を振った「はーい。よかったなー」「信太、家焼きは?」「明日には終わるかな」「死体がある家は息すんなよ」「わかってるって」学校の職員室で理奈が座って本を読んでいた。学が声をかけて近づいた。「何してるん。理奈」理奈が振り向いてほほ笑んだ。「ん?私も手伝えることないかなと思って」見ると、保険の本だった。「これわかるん?」「医学部の1年生だったから」「そう……」学はうつむいた。「どうしたん」「いや、良かった」学は苦笑した。
夕方になった。古く錆びれた軽トラが学校に走ってきた。信太が手を振る。学校の前に着いた。女性が運転席にいて後ろで男の子が卵を持っている。「卵持ってきたよ」「ありがとうございます。あっちに停めてください」三人を体育館に誘導してみんなを集めた。体育館に鍋が運ばれた。あとから、これまで使ったことのない大鍋を理奈と秋が運んできた。学が指をさした。「秋、何なんこれ」「開けてからのお楽しみ」みんなで円になってから、理奈が大鍋のふたを開ける。一気に湯気が出たかと思うと、卵とじスープが入っていた。秋がみんなに言った。「これはこの人たちが持ってきてくれた卵やから。食べるときはなんていうの?」「ありがとうー」女性は子どもたちを見てホッとしたようだった。年長の円に女性も呼んだ。秋の横で信太が白米に卵とじスープをかけてカッカッと、のどに流し込んでいる。「花穗です。高校3年です」学が皿を置いた。「花穗さんは農業もできるんですか?」「一応学んではいるよ」みんながホッとした。理奈が目を丸くして聞いた。「上古賀ではどうしてるの」「死体がない家に三人で住んでる。たまに町に行って食料を集めてるよ」「ふーん」「こっちでは家を焼いてるんだね」信太がノートを広げた。「家が22軒あって6軒は焼く。村に柵立てて、そしたらこの村は安全やな」花穗がみんなの顔をうかがう。「こっちに住んだほうがいいかなと思ってて」学が笑って答えた。「歓迎します」食事を終えて歓迎会をやった。信太が体育館の台に立った。「今から一発芸しまーす」一段落して、職員室でまた年長で話し合った。学がチョークを持って黒板に向かい合う。「やるべきことを箇条書きで書いていくわ。一番最初は水力発電所の復旧。手伝えるなら、手伝ってな…」(できるんかな)学の声のトーンが下がった。信太が学を見て口を開いた。「俺はこの横にある山に登って…」「山登ってどうするん?」「この山の上に航空自衛隊の饗庭野分屯基地があるから兵器を運動場に集める。ほかにするべきことは?」「ハイハイ」みんなが一斉に手を挙げる。「じゃあ……理奈!」「この村を柵で囲う」「ハイハイ」花穗は横目に笑っていた。その日は体育館で川の字になって寝た。窓の近くにいると、夏虫のにぎやかに鳴く音が聞こえた。
翌朝、学がリュックをいじくって準備をしていた。肩をつつかれた。振り返ると理奈がさすまたを持っていた。「どうしたん理奈?」「私も理系やし行こうかなって」「村から出るんやけど…」「守ってくれるやろ?」「食料の集計の仕事は?」「終わった」「いいけど…」学は頭をかいた。門の前で信太が人を集めている。学と理奈が軽トラに近づいた。「がくー、赤いワゴン使ってー」「信太ー、軽トラ使うんか?」「基地行ってくるから」「もう行くんか。気をつけろよー」「理奈、運転頼む」赤いワゴンで安曇川を登る。途中、ビニールハウスや民家が過ぎていく。川のほとりにキャンプ場がたたずんでいた。「ねぇ学、みんなで来ようよ」「落ち着いたら、来たいな」ものの数分で辺りは森になった。「バタン」車の扉を閉めた音に驚いて鳥が羽ばたいた。「ここ?」「うん。1年もしたら道が木々で埋もれそうやな。車で待っといて」少し歩くと門が閉まった発電所がたたずんでいた。「荒川発電所、か」見回りをしてから理奈を呼ぶ。指令室に入った。ボタンが並んでいるが専門用語がびっしりと連なっている。何が何だかわからない。(理奈が来て正解やったかな)「理奈、わかる?」「一つ一つボタンの意味を調べていこう。こういうときは地道にやで」2人で地ベタに座ってノートにメモをしていく。「ノートもっともってこればよかったな」一つのノートにどんどんと文字が埋まっていった。書くスペースがぎりぎりになって鉛筆がぶつかった。何時間か書いて、2人で分かったことを話し合った。「このボタンは出力の……」理奈が配線図を持ってくる。学がじーっと見つめる。「これがプラグで……そうか!タービンが回ってない」「水門を開けるスイッチはさっき押したで」「見に行こう」水門を見に行くと開いていなかった。「なんでやろ」学が立ち止まって観察した。「理奈、分かった。非常電源がここには回ってないんだ」「じゃーもしかして」「手動で開けるか」水門の錆びついた丸いペダルを回してもピクリとも動かない。「学、手伝う」2人で力いっぱい回した。「おらー」「もう1回」「おりゃー」「キー」鈍い音がして水門が開いた。「よし」水が勢いよく流れていく。「フーッ」学が汗を拭う。2人で指令室に走る。指令室では出力量を示すパネルがどんどんと増えていた。顔を見合わせて笑った。「やったぞ」「やったね」「学はこうやってみんなを引っ張ってきたんだね」半日かかってようやく復旧できた。学と理奈の手は錆びて赤茶色になっていた。車で帰った。理奈がキャンプ場を窓から眺めていた。学校につくと運動場に、濃い緑のミサイル車が1台だけ入ってきた。信太が軽トラに小銃を乗せていた。理奈が学の横で尋ねた。「こんなのどうするの?」「自衛用に持っとく。俺らはひどい人たちをみてきた」理奈は黙って見ていた。
夜、みんなで集まって飯にした。「3」「2」「1」ピカッ。真っ暗な体育館に明かりが照った。「やったー」「学、やったな」「あぁ信太、基地の件ありがとな」秋が笑って理奈と話している。「これでお風呂にはいれるなぁ」「ほんまやね」みんなの顔に笑顔が咲いた。みなとたちが釣ってきた鮎が食卓に並んだ。「学、米の収穫までちょうど1カ月だよ。明日からは子どもたちにも田んぼの手入れ手伝わせるね」「花穗に任せる。古賀の田んぼは全部俺らのものにしよう。信太、数、明日は駅周辺の町に行こう」「石油と食料か」この夜、民家で風呂を沸かして順番に入った。
何日か過ぎた。田んぼの稲はまだ青い実がなって風に揺られている。学校の校庭では子どもたちが遊んでいる。数豊はぼんやりと見ながら赤いジュースを飲んでいる。いつも校庭に停めてある赤いワゴン車がない。キャンプ場の川のほとりで信太と学が釣りをしている。「学、釣れたか?」「全然」キャンプ場のコテージの横で秋と理奈は木陰に椅子を置いて読書をしている。時々、かわせみのさえずりが聞こえる。「ブーン」赤いワゴン車が鈍いエンジンを鳴らして入ってきた。秋が立って近づいていく。「花穗ちゃん。ありがとう」ワゴンの窓が下がった。「見てよこれ!おっきいスイカ」理奈が学と信太を呼ぶ。「学ー、信太ー、スイカ持ってきてくれたよー」「今いくー」学が釣りざおを放り投げて走ってきた。「花穗ありがとうな子どもたちは?」「みんな食べたよ。数がジュースにしてたよ」信太がバケツに浸ったスイカを持ち上げた。「スイカと言えばスイカ割りやろ」「棒探そ、棒!」その辺に落ちていた棒にタオルを巻いて信太が回る。「右!右!行き過ぎ」「そこ!ストップ」5人で真っ二つに割れたスイカを食べた。「花穗ちゃん、スイカに塩かけはるんやね」「関東の一部ではこうするよ」「へー」木の陰から時々日が差し込んだ。辺りではヒグラシが鳴いている。「学、懐かしいなー。京都でもこうやってたまに休んだやん」秋の声だった。「そうやなー、やっと落ち着いたなー」学はスイカを片手に上を見上げた。「学たちのグループはみんな仲いいやんな」「え?理奈ちゃんは学たちと別だったの?」「そうやよ。途中の合流やねん」その日はゆっくりと時間が流れた。
学校の職員室を学たちの会議室に決めた。学が黒板の前に立った。「北船木の地元の人たちといい関係を築きつつ、いずれは合流したいと考えてる」数豊が理奈に小声でささやいた「北船木ってどこです?」「安曇川をくだるとデルタになっていて…」「デルタって何ですか?」花穗が地図を指さして教えてやった。「デルタは三角州のこと。安曇川が琵琶湖に注ぐところが三角州になってて川に囲まれた土地だから地元の生存者が集まったんだよ。それが北船木」信太が手を挙げる。「合流って具体的には?」「民主主義政治をやろうと思ってる。集団を大きくするにはそれが一番やろ?」信太が腕を組んで手を挙げる「何でそんな合流したいん?」学が黒板を指さす。「稲刈りに石油がいるやろ?いつかは町の石油がなくなる。そしたら争いになる」「お互いが均等に分け合えるように統合するってことか」「まぁ、基地は取ったから……とりあえず仲良くやろ」理奈がノートを読んでいたのをやめて学を見上げた。
学たちが住む下古賀は家焼きをしてから16軒だけ家が残った。全員で15人だから均等に分け合えた。学は学校の前の古い家を貰った。玄関には植木鉢を置いてキュウリとトマトを植えた。元の居住者の名札を取って三浦という木札をつけた。庭には、取ってきた大きなソーラーパネルが無造作に置かれている。家の中で学がそろばんをはじいている。左手にはスマホを持っていてグラフがびっしりと表示されている。「がくー」家の外から声が聞こえた。二階の、机の前にある窓を空けた。「理奈か。どうしたん?」玄関の前で理奈が手さげかばんを持っている。「花穗ちゃんが北船木の人たちと話しつけてくれて。役所近くの店の衣服は、私たちが来る前に北船木の人が集めてたんやって」「分けてもらえるん?」理奈が上目遣いでうなずく。「こんな服もう嫌や。かわいい服あるかもやん?」学はノートをちらっと見てから1階に降りた。「行こう」「秋ちゃんと信太も来るんやって」
「プップー」信太が軽トラで走ってきた。「信太、乗せて」「助手席は埋まってるから荷台で勘弁な」学と理奈が荷台に座った。「軽トラってことは子どもたちの服も貰えるんやろ?信太」「うん。花穗が北船木で待ってるわ」快晴の下で田んぼ道を走る。水路にはこれでもかと大量の水が流れている。「理奈ちゃんかわいい服あったらいいな」「ほんまやね。下古賀の家のタンス漁ったんやけどな、おばあちゃんの服しか無いんよ」「そうやねん。この前さ、うちのタンス開けたんやけど……」女子2人は助手席と荷台に座って隔てられているのにペチャクチャと喋っていた。コンクリートの足がついた線路と、街が見えてきた。歩道の街路樹から草がモワッと生えている。駅の近くには銀行やらスーパーやら服屋やらが静かに立っている。また辺り一面田んぼになった。安曇川の堤防を登って橋をわたる。橋の向こうで花穗と男が手を振る。「花穗その方は?」「僕は高校3年です。山田大地といいます」「よろしくお願いします」握手をした。大地が指を指す。「あそこに車を止めてください」優しい顔立ちの穏やかな青年だった。北船木の唯一のメインストリートを歩いて倉庫に案内された。「ここにあるものはどれでも持っていってくださっていいですよ」倉庫の中に大量の服が積まれていた。「うわーすごーい」理奈と秋と花穗が三人で品定めを始めた。信太もついて行って話している。学は大地と町を歩いた。「北船木にはどれぐらい人がいるんですか」「ざっと20人ですね」「20人なら発電所の電気も分けられますよ」「本当ですか。こっちは電気がなくて困ってたんですよ」堤防を2人で上がると川に竹でできた半円の仕掛けがあった。「あれ何なんですか?」「やな漁です。鮎が取れるんですよ」「へぇー」軽く世間話をして倉庫に戻った。理奈がコーディネートを組んでいた。フレアパンツにシャツをタックインしたスタイルのいい理奈にはうってつけのコーデだった。服をつまんで身体に合わせて学に見せた。「これ、どう?悪くないんじゃない?」「色使いが上手いな」理奈は自慢げに倉庫の、ガラスに反射させて見ていた。学も倉庫の服をあさってみた。「理奈、これおばあさんの服が多いな」「うん。良いのはここの女の子たちがとっくにもらっちゃってるから」(この中でさっきのコーデ作ったのか。すごいな)後ろから大地がやってきて苦笑した。「すみません。本当に。田舎にこんなに早く人が来るなんて思ってなくて。あ、でもみんなが服を売るって言ってましたよ」「ホントですか?」理奈と秋が詰め寄る。倉庫の外では女の子たちが恐る恐るこっちを見ていた。学は普段着とスーツを手に取った。
理奈と倉庫を出ると女の子たちが服を売り始めた。「これ安くしとくよー」理奈が学に服を渡した。「ちょっとこれ持ってて」気づくと学は、じっくりと洋服を観察している理奈の顔を見ていた。理奈が立ち止まった。「あ、これ」アジサイがあしらわれた紫色の着物だった。理奈が女の子に言った。「これください」「物々交換ですけど……」「え……」理奈がうつむいた。横で秋が信太に洋服をねだっている。理奈が何も言わずに学の目を見つめる。「分かったよ」学が笑ってポケットを探った。「これでいいですか?」青くきらめくルビーの首飾りを差し出した。女の子の目に青い光がきらめいた。「……きれい…………まいどあり…」理奈が笑って着物を受け取った。「ありがと、学」理奈が笑うと何故か安心した。




