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3話(それぞれの道)

「カチャ」「カチャ」2人の動きが止まった。「包丁を置け」恐る恐る腰の包丁を外し、床に置いて、手を挙げた。「ひざまづけ。こっち向くな、他に仲間は」若い男の声だった。二人は膝を床につける。学が真っすぐに続く廊下を見つめて言う。「仲間はいない」誰かが階段から急いで降りてくる音が聞こえる。彼らが後退りする靴の音が聞こえる。どうやら、何かを話しているようだ。「本当に仲間はいないのか」「いない」「何しに来た」「食料をもらいに来ただけで危害は加えない」汗が額から垂れる。信太が学に視線を送る。学が小さく首を振る。「堤防の裏に隠れてるのは仲間じゃないのか」「知らない」学が信太に頷いた。「ゴクリ」学も信太もゆっくりと前傾姿勢になる。「そうか、手を下げていいよ」口調が変わった。「あの人たちをここに呼んでもいいよ」あっけにとられた。「どういうことだ?」「こっち向けよ」恐る恐る後ろを向くと、拳銃を下ろしていた。高校生くらいの青年の後ろで小学生くらいの女の子と男の子がいた。「最初からあんたらが堤防で歩いてたのを知ってた。堤防に隠してる人たちを守ろうとするから悪い奴らじゃないと思った」「ふー」信太がホッとした顔をした。学が青年に問いかける。「食料を分けてもらえないか」「別にいいけど」青年は無愛想に答えた。その夜は図書室を借りることになった。図書室の床はカーペットが敷かれていて冷たくなかった。調理室で秋と学と信太が米を炊いている。鍋の蓋が白い泡を出してカタカタと音を立てている。秋が提案した。「ねぇあの人たち、ご飯に呼ぼうよ」「いいなそれ」二人が学をみつめる。「その方が良さそうやな、信太、保健室にいるみたいやから行って」「俺かよー」「こういうのは信太のほうが得意やろ」「へいへい」調理室から学と秋が大きな鍋を図書室に持ち運ぶ。学はたまに秋を横目にうかがった。図書室のカーペットの上に、米を炊いた鍋を置いた。信太が帰ってきて、両手をスリスリして鍋の前に座ると、みんなで囲んだ。「飯!飯!」「あの人たち来るのかな」秋が廊下を気にする。「来るって。10人分炊いたってゆってるから」信太が笑って白米をかき込む。三月と遥は一緒に座って絵本を読んでる。みなとと数豊は互いを背もたれにして、熱心に漫画を読みながらご飯を食べている。数豊のほうが身体が大きいからみなとが猫背になっていた。しばらくして図書室の扉がきしみながら開いた。青年は古びた扇風機を担いでいた。「あの、これ……」「来てくださったんですね」信太がすかさず扇風機を受け取る。学が遅れて立って挨拶をする。「どうぞ」みんなで鍋を囲んだ。先に口を開いたのは学ではなかった。「僕はふみです。高2です」女の子と男の子が続いた「なな、小4です」「まさる、小6」秋が茶碗に米をよそって手渡した。少し沈黙が流れた。数豊とみなとがまさるを呼んで、図書室の奥に連れて行った。ななは三月たちを見て、もじもじしていた。ふみがななの背中を押した。「行ってきぃ」信太が下を向く学を見かねて口を開いた。「ふみさんは信頼されてるんですね」「いえいえ……」学はふみの顔色をうかがうように言う。「明日は出ようと思ってるんですが…食料の方を……」「僕らもついて行こうと思って」ふみはまるでささやくようだった。学は少しあっけない顔だった。「マジで?歓迎もんやん」信太が笑って、乾パンを貪る。ふみの視線がゆっくりと学に移る。「ええ、歓迎しますよ」学は苦笑した。初めてふみが微笑んだ。学たちは夜、準備をしつつ陣形を考えた。身体の小さい子は荷物を持ち、学や信太やふみはさすまたと拳銃を持って、比較的軽量の荷物を持つ。


 翌朝、学を先頭に学校をたつ。ふみが麦わら帽子をかぶって最後尾についた。淀川の堤防沿いを10人で歩く。木造りの古い家も現れるようになってきた。少しだけだがゾンビと遭遇することも減っていた。右手の街も背が低くなる。「ここらで昼飯にしよう」「秋、頼む」秋は橋の下にみんなを集めて支度を始める。「信太、数、監視頼む」数豊は、食事の用意をするみなとたちを見つめてから、学の方に走った。ふみが学の肩を軽くつかんだ。「学、監視手伝いますよ」「いや、戦えるやつは交互に休ませる。次は頼む」「わかりました」麦わら帽子を学に手渡した。信太は橋を監視し、学は前を、数豊は後ろを見張る。橋の影から出るとチクチクとするような鬱陶しい暑さだった。ふみが土手でまきを集めて秋に渡す。三月が遥の靴擦れに絆創膏を貼るのを見かけた。ふみが声をかける「大丈夫か?」遥が補聴器のボタンをつける。淡い緑色の光が点滅した。「歩けるのか?」「うん。みんなに遅れられへんもん」遥は足をさすって笑って答えた。「そうか」ふみは堤防の上の麦わらをかぶった学に目をすぼめた。いつものように秋が握り飯を渡しに行く。土手は公園になっていて、給水蛇口で水を飲んだり浴びたりした。「しゅっぱーつ、陣形」何分か歩くと堤防の道路の右に線路が走るところになった。ふみが信太の横に来た。「いっつもこんな歩いてるんですか?」「今日はちょっと長いかな」信太が苦笑した。しばらく線路と並走していると駅が現れた。駅の右奥にはモールがあった。秋がそれを見ながら歩いていた。信太が学の横に来た。「まえに街を抜けたと思ったらまま街やな」「うん。もうすぐ京都に入るからな」みんながモールやマンションを見て黙った。信太が叫ぶ。「みんなもうすぐ京都につくでー。このペースや」「いつもありがとう信太」信太は眉を上げてみせた。その日は淀川沿いの水道局に泊まった。「信太、食料はあと何日?」「4日やな。切り詰めれば8かな。食料より水がなぁ。水道局やのになぁ」「明日はちょっとだけ街に入って公民館に泊まるわ。そこで自販機壊そう」水道局の建物の中、冷たいコンクリートの床で寝たが真夏の夜には悪くはなかった。


 次の日は昼まで歩いてから堤防を離れた。緑の丘がどんどんと遠ざかる。家々が木となってそびえ立つ住宅街に入った。ふみが最後尾で、離れていく堤防を振り返る。やがて団地の群れのなかに入っていく。前で学が声を上げる。「警戒態勢」ふみが信太に近づく「信太さん、10人もいるのに町中は危なくないですか?」「水がな」信太が肩をすくめる。「そうですか。てゆうか、いっつも移動してますけど、どこに向かってるんですか」「滋賀だよ」「どうして」「食料作れるようにせんとあかんやろ?」「そうですけど…」ふみは立ち止まって最後尾に戻った。堤防にいたときとは違う。大きな団地の群れの中で真っ昼間なのに薄暗い道だった。駐車場では、ゾンビが車の中で干からびて下を向いていた。街の中では移動が遅くなって何日か歩いた。何度かゾンビと出くわしたが成人に近い男が3人もいれば、もはや戦うというより処理だった。「ふみ、来てくれてありがとうな、信太も」「いえ」ふみが信太の肩を軽くたたいた。「このゾンビもやせてますね。ほっといても勝手に死ぬんでしょうね」信太が汗を拭う。「ゆっくりとこういうのが増えてる」学が包丁を拭きながら声を張る。「全員陣形取り直して」ふみが最後尾から学へとたまに目をやった。堤防から離れてから学の顔はずっと、何かを睨むようだった。一度だけ目が合ったが、ふみは目をそらした。小さな寺に泊まった。境内の中で信太が学を呼んだ。深刻な顔で蛇口をひねる。「ここ水道が止まってる」「そろそろやと思ってた。電気も怖いな」「マップは移してんやろ」学が蛇口を見ながらうなずいた。廊下の後ろから足音が聞こえる。「田舎に行けばのこってるよ」秋が苦笑してお盆を持って歩いてきて、おにぎりを渡した。信太が秋について行って笑って何かを話しているのをちらっと見て外に出た。赤く染まった庭でヒグラシが鳴いていた。木の上のふみに話しかけた。「おつかれ、どう?」「門に1体だけいます」「手伝うわ」さすまたで押さえつけ、首に一筋だけ刺してほっといた。「人数が増えて街は歩きたくないけど……助けてな」学がふみに視線を送る。「……うん」ふみはそっぽを向いて答えた。考え事でもしてるようだった。


 翌朝、曇っていて街は薄暗かった。学の足は速かった。隊列が若干、縦に伸びた。昼は公園でご飯を食べた。公園では草が我先にと背を伸ばし、外から見えにくかった。みなとや数豊やまさるが遊具で遊んでいた。三月たち、女の子は三人であやとりをしていた。学は数豊を眺めた。ふみが学の前を横切って信太に声をかける。「今のうちに少しでも周りの情報を集めましょう」信太がさすまたを持ってきて、公園の入り口で学を待っている。秋に見張りをつけるよう言って信太からさすまたを受け取った。公園を出た時だった。遠くの家で影が動いた。三人は気付かなかった。薄暗い街へ入っていく。倒れたごみ箱に烏が群がっている。街角にある自販機の鍵がぐにゃっと曲げられて大きく開いていた。信太が近づいた「学これ」「警戒しよう」しばらく歩くとポツポツと雨が降ってきた。「戻ろう」歩き始めた時だった。ふみが立ち止まった。「どうしたん?」信太が聞く。ふみは手を広げて止まる。「何か聞こえた」かすかな足音が奥の道から聞こえた。三人は顔を見合わせると一目散に走った。公園が見えてきた。公園の塀に背を低くして小走りで近づくやつらがいた。「秋ー」信太が叫んだ。学が大声を張る、「警戒態勢」公園に入ると、みんなが公園の端っこにある木でできた屋根の下で身支度をしていた。一目散に走って学が秋を見つける。「秋、全員居るか?」「ななちゃんがトイレに…みんなカッパ着て」「隊列組め。ふみ、トイレに行って」ふみが包丁を握って反対側のトイレに走る。「パシャパシャ」水たまりを踏んで向かっている。学がさすまたを数豊に渡す。「数、頼むぞ、全員ついてこい」数豊は黙ってさすまたを握った。全員でトイレに向かう。ふみの後ろ姿が雨に揺れた。その時だった。ゆっくりと若い男がななをつかんで出てきた。手にはナイフを握ってふみを威嚇している。「近づくな」学がふみに近づいて男を睨む。「お前人数見ろ、その子を返せ」男は自慢げに口を開く。「人数?周り見ろよ」公園の隅のあちこちから、若い男たちが6人ほどズラズラ歩いてくる。「お前ら動くな」学が包丁を取り出した。その男たちの中で、一人、産毛のひげを生やしたヤツが一歩また一歩と近づく。「その女を渡せば命は取らん」そいつは秋を指さした。秋は震えて学を見返す。学は静かに息を吐いた。「……わかった」信太が息を呑む。ふみは横目に学を睨む。学が声を張り上げた。「信太、ふみ、いけるな?」学は包丁をみなとに手渡した。男が笑う。「わかればいいねん」信太がゆっくりと腰に手を回す。ふみは視線が定まらない。……「信太、ふみ、今や」学は腰に手を回し、拳銃の引き金を引いた。「パーン」学の拳銃が火を吹いた。一瞬遅れて信太も続いた。「パン」二発の銃声がなった。ひげの男は頭から血が吹き出した。「ガッ」ひげの男が倒れ込む。男たちはおどけながら互いに顔をうかがい合う。ふみは横目に学を見た。学はやつらに首を少し傾けて睨みつける。「次は………殺す……いけよ」撃鉄を引いた。男たちは去っていく。ななをつかんでいた男は腰を抜かして、ななと一緒に倒れこんだ。そいつが弱々しい声で手を握る「……頼む」学がみなとから包丁を取る。「信太、警戒態勢」包丁を左手にゆっくりと男に近づく。「その子離せ」秋からは学の目は見えなかった。「…………はよいけ」男は少しはいつくばってから一目散に逃げていった。学は一人、雨にビショ濡れて、前髪が目を隠した。下を見て立っていた。信太がすかさず肩をたたく。「終わったで」「まだや」そう言ってななに自分のカッパを手渡した。何も言わず方位磁針を手に公園を離れた。公園には男の遺体が寝ころんで、雨に打たれていた。土砂降りの中、先頭で一人だけずぶぬれてマップを見ていた。雨は夕方になってもやまない。日が沈んでも歩いた。学は右手に、拳銃をぶら下げるように持っていた。みんな誰もしゃべらずについて行った。「バシャバシャ」信太が学の方に走ってきた。「学、どこまで行く」「……街から離れる」学はボリボリと頭をかいて歩いた。しばらく歩き続けた。学が立ち止まる。林に囲まれた鳥居の前だった。石畳の道へ入っていく。懐中電灯で外を照らしても草木が邪魔して外には届かなかった。「ガタガタ」社の古びた木の扉を開けて中に入った。秋が子どもたちの頭を拭いた。乾パンを開けてみんなで食べた。学は社の端で座って床を見つめていた。秋が学の頭にタオルをかけて、隣に乾パンの残りを置いた。しばらくしてみんなが食事を終えたところで、学が何も言わずに立って、扉を開けて外へ出た。信太がいつもつけていた自分のデジタル時計を秋に渡して、かっぱを持って追いかけた。子どもたちがやっと話し始めた。秋は壁にもたれて、学の横においた、倒れた空っぽの乾パンの容器を見ながら腕時計のタイマーをセットした。


「ピピピッ」社のなかでタイマーが鳴った。秋が目をこすって社を出た。ふみがそれを横目に見ていた。秋が林に囲まれた石畳を歩く。竹の葉からポタンと秋の頭に水滴が落ちた。鳥居にもたれる学と信太がいた。「お疲れ様。交代しよ」「信太いけよ」「学がいけ」夏の大三角が光る下で沈黙が過ぎ去った。「ザッザッ」ふみがさすまたを片手に歩いてきた。ようやく信太と学は社に帰って寝た。


 翌朝、雨は止んで林に囲まれた社から空を見上げると雲一つない大空だった。学が鳥居に来た。「秋みんなに準備させて」秋は社の階段に乾かしてあった靴を触ってからみんなを起こした。「はい、おきてー。出発だよ」目をこすりながらぞろぞろと鳥居へ歩いてきた。昨夜は見えなかったが、鳥居を抜けてすぐ前に、道路を挟んで中くらいの川が流れていた。ものの数秒歩くと堤防になっていて橋があった。堤防を登って振り返ると林に囲まれた鳥居が立っていて、神社の後ろには昨日までの街が見えていた。道には所々水たまりができていて道端の草には水滴がのこっている。橋を渡りながら信太が学と話す。「この川ってもしかして」「淀川ではないけどな、もとになってる宇治川と木津川や」「宇治って京都に入ったん?」「うん」学は相変わらず地図を見ていた。信太が振り返ってみんなに言う。「みんなー京都に入ったぞー」木津川と宇治川が合流して淀川になる所だ。「このまま宇治川を登って山科っていうところに行く。ここまでくれば川をたどればいい」学が橋を渡った。「フーッ」かすかな息を吐いた。橋をわたってすぐに5階建てぐらいの小ぶりなタワーと、1階建ての観光施設のような古風でありながらも新しい建物があった。信太が笑う。「これ桜みらい館展望台やって」学の目にみんなの眠そうな顔が映った。「ここで一旦休憩しようか」ふみが手つきよく自販機を壊して水を分け合った。鍵をとってきてタワーに登った。案外眺めは良かった。北には京都の灰色の建物たちがそびえ、西には淀川が流れて大阪へと続く。南側にはさっきまでいた街が見える。「北東に進めば滋賀や」学が北東を指さす。小規模だが田んぼが広がっていて、そこには高速道路が足を生やしていた。信太が伸びをした。「やっとやな」「うん…」ふみとまさるが登ってきて2人に水を手渡した。ふみは反対側の、通ってきた枚方市の方を向いていた。タワーの窓を開けると涼しい風が吹いてきた。ゆっくりと時間が流れた。「おい、あれ」ふみが立ち上がって双眼鏡を持った。学がふみに近づく「どうした」「昨日の神社の方、バイクに乗ったやつらが…」学も双眼鏡を構えるとバイクに乗った若い男たちが昨日の神社のあたりで周りをみながら走っている。ふみが真剣に双眼鏡の倍率を合わせる。「昨日の奴ですよ。あれ」「ほんまや…」学は一目散に駆け下りて橋に走った。倒れた車に登って、左手で口をハンカチで押さえながら拳銃を構える。「パーン」空中をめがけて撃った。車の中では死体が枯れていた。橋の向こうにいるやつらは驚いて、バイクを枚方市に向けて逃げていく。


「全員陣形取り直せ。出発や」左手の宇治川に沿って歩く。高速道路の下をくぐって小さな町を抜けると辺り一面田んぼが広がっていた。稲はまだ実をつけていないものの膝ぐらいの高さはあって青々としている。たまに稲が風に揺られたかと思うとスズメが飛んで行った。ふみが後ろから学を見ると相変わらず何かを睨むような顔をしていた。広々と広がる田んぼのなかでポツポツと町があった。宇治川沿にポツンと取り残された、さびれた駐車場で昼飯にした。中くらいの鍋にこれでもかとパスタと水を突っ込んで茹でた。数豊だけ見張りをすれば十分だった。案の定、パスタは束になって固まってしまった。フォークでもちみたいにぶっ刺して、塩をかけて食った。いつものように年長が固まってしゃべっている。学がマップを指さす。「北上して京都の付け根の山科についたら車を見つけて山を越える。そしたら滋賀や」「よしわかった、秋、塩とって」信太は固まったパスタを一本一本割いて食べていた。ふみが下を向いて口を開いた。「俺とまさるはこのグループ抜けようと思ってます」秋は困惑した顔だったが、信太は何食わぬ顔だったし、学は鍋を睨んでいた。秋が目を丸くする。「何で?」ふみは学を向いて話した。「滋賀に行くってゆっても山科と大津市を抜けなきゃいけない。大阪ほどじゃないけど、ある程度の都市になってる。そんなことしなくたってここにはこんなに田んぼがありますよ」信太が学の顔を横目に言う。「山科も大津も比較的田舎だから道路は使えるって……きっと…車に乗ればゾンビには襲われへん」学は猫背になって遠くを見ながら言った。「重要なのはこの先のことや。いつかは都市部の食料がなくなる。こんな京都の南のちょっと稲があるところは真っ先に狙われる。滋賀の高島市に行こうと思ってる」ふみが箸を学に向ける。「そんな先のこと言うのは現実離れに感じるんだよ。だいたい京阪神ににどれぐらいの人がいるかも分かってない」「分からないから対策してる」ふみがマップで高島市を指さす。「滋賀にだって人がいるはずです。食料を分けてくれると思いますか?」学は頭をかく「ふみが言ってることは正しい。ただ俺がゆってることも正しい。だから田舎の食料が余ってることを願って田舎に行く」信太が続けた「米の収穫まであと1カ月ちょっとある。今がベストタイミングやねん」「それはそうですけど……」学の目が緩んだ「抜けるなら拒まへんよ。拳銃も元々ふみが持ってた1丁は返す。そこが怖かったから、ずっと、俺の顔色を伺ってたんやろ?」「……」ふみは離れたまさるを見ていた。秋は黙って片付けを始めた。昼飯を終えてみんなで陣形を立て直した。日が照る宇治川の堤防をみんなで歩いた。宇治川は淀川と比べればずっと小さかった。宇治川を渡る京都への橋で、まさるとふみが立ち止まった。学も足を止めた。ふみがみんなを止めた。「僕とまさるはここで別れます。みんなありがとう御座いました」深くお辞儀した。学と信太が近づいてくる。学がペットボトルを渡した「道は違うけど…これからもしっかり生きてな。高島市に来るときは俺らを頼れよ」「あぁ。ありがとう」ふみは笑っていたが目を一瞬うるっとさせていた。信太がまさるに拳銃を渡した。「使うときは考えるんやで。もしまた会っても俺のことは打つなよ」数豊とみなとがおもちゃを渡した。まさるは笑っていた。2人が橋をわたり終えるまでみんなで手を振った。ななは秋の手を握っていた。秋は花の頭をなでていた。みんなで2人が見えなくなるまでは立っていた。信太が指をさす「あの山を越えれば滋賀や、みんな行くぞー」堤防の道はゆっくりゆっくりと小さくなっていった。たまに木が生えていて屋根になっていた。堤防から街並みを見下ろしたら、少しばかり古さを感じる家々だった。橋をわたってしばらく、反対側の堤防を歩くと、こじんまりとした旅館が見えてきた。紅葉の赤色をした古風な趣の建物で屋根は瓦だった。旅館は左手が線路で囲まれ、右手には川があって町から取り外されていた。学が秋に近づいた。「今日はここに泊まるで」その時の学は、いつも信太とつまらん話をする時の顔だった。秋にとって学は、ずっと何かを睨むような顔をしていて、極稀に信太と笑うことがあるやつだった。なんだかギャップがあって一人で面白がった。信太が歩いてきた。「ここ人おらんの?」「ホームページ確認したけど緊急事態宣言で閉鎖してる」夕日がガラスを紅色に染めている。裏のドアを割って入って椅子や机で完全に閉じた。信太が廊下を走ってきた「学!ここ水も電気もあるぞ」学はホッと軽く息を吐いた。「ここ、田舎に近いからな。スマホの充電ヤバかったわ」学が思いついたように上を見た。「そうや、信太、ここ天然温泉らしいねん」2人で浴槽に走る。湯垢のついた栓を開いた。「ブファー」モクモクと湯気を出して、お湯が出てきた。浴場は建物の中庭にあった。見上げると夕焼けに染まった雲がゆっくりと風に流れている。「一番風呂もらおうぜ」学が信太に言ったが信太が指を振った。「女の子に一番風呂あげな。俺らは汚れてるやろ?」(汚れてる…俺ら…汚れてる)学は一瞬嫌な顔をしてみんなを集めに戻った。一番大きな部屋にみんなを集めた。窓がずっと奥まで続いて宇治川が見えた。8人全員が川の字になって寝ても余裕のある広さだった。机の上には茶のパックがあって久しぶりに温かい茶が飲めた。「先に女子たちは風呂に入って。上がったら飯の用意頼む。光はなるべく出さへんようにカーテン閉めて、廊下の光だけ使って」信太がすかさず出てくる。「今日は濡れたタオルで体拭くだけじゃありません。温泉やで。今日はゆっくり休むんやで」みんなの表情が温かくなった。女子が温泉につかっている間、学はガムテープで窓のカーテンを押さえていた。信太は武器の手入れをしていた。「おい、学、リボルバーの玉5発あるんやけど」「信太のとすり替えた」「まさるに渡したやつは4発しか入ってないん?」「こっちは8人もおるし、玉の一発もちょろまかさな」学は笑って答えた。「学、お前が笑ってよかったわ」「何やねん急に」「人数増えてから目つき怖かったぞ」学がうつむいた。「10人も見切れん。8人も……ところでさぁ、前から思ってたんやけど、20歳以上の生存者、会ったことないやん?」学は苦笑した。「そう思ってた」「そういうウイルスなんかな」「そうなんやろな、知らんけど」信太はエクボをつけていた。


「上がったよ、お二人さん」秋の声だった。信太と学が振り向くと、秋が浴衣を着ていた。髪はほのかに濡れて光沢があって、タオルで拭いていた。2人はちらっと見ながら着替えを持って廊下へ出た。うなじが見えた。階段を下りる時、信太が学に目を合わせてウヒウヒと笑っていた。学は口角を上げた。男たち4人で温泉につかった。学が頭にタオルを丸めて口を開いた。「明日は山科に入って中くらいのバスを見つけよう。みなとにもいろいろと手伝ってもらうな」「うん」見上げると星空が輝いていた。信太が頭を温泉の岩にもたれさせた。「都会の近くやのにこんな見えるんやな」食後は年長で集まった。女の子たち3人は本を読んだりあやとりをしている。今日からは会議に数豊も参加した。秋が学の顔をうかがいながら口を開く。「明日もここに泊まらん?服洗濯したい」学は軽く答えた。「いいよ。車探さんとあかんから。俺らの服も頼む」「了解」数豊が聞いた。「明日は誰が行くん?」「信太と俺で探しに行くわ。誰も外に出すなよ。任せるな」「わかった」


 夜、月が川を照らしていた。みんなが寝静まった。学は端で目を大きく開いていた。

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