続編4「飴玉ひとつ」
「坊や、ひとりかい?」
声をかけられて顔を上げると、知らないおばあさんが立っていた。
夕方の公園。
ブランコに座っていた僕の前に、おばあさんはゆっくりしゃがみこむ。
しわだらけの目が、やさしく細まった。
「寂しそうじゃのぉ」
僕は首を横に振った。
寂しくなんかない。
僕は待ってるだけ。
友達を。
僕だけの、はじめてのお友達を。
おばあさんは少しだけ困った顔をして、それから鞄をごそごそ探った。
ころん。
赤い飴玉がひとつ、掌に転がる。
つやつやしていて、夕日にきらきら光っていた。
「ほれ」
差し出されたそれを、僕はじっと見つめる。
「どうして?」
「昔の人はのぉ、いい子に飴をやるもんじゃ」
おばあさんはそう言って笑った。
やわらかくて、あったかい顔だった。
「お前さん、いい子みたいじゃから」
僕は飴玉を受け取った。
ひんやりしていた。
「……僕、いい子?」
「そうじゃとも」
おばあさんはすぐに頷いた。
その答えが嬉しくて、僕は少しだけ笑った。
おばあさんは空を見上げるみたいにして言う。
「知っとるかい。神様は、いい子の願いを叶えてくれるんじゃよ」
「神様?」
「そうじゃ」
ゆっくりと頷く。
「悪い子の願いは叶えん。でも、いい子ならちゃんと見とる」
僕は黙って聞いていた。
おばあさんの声は、不思議と安心する。
「昔から言うじゃろう。いい子にしてないと神様に見放されるって」
「……僕は?」
おばあさんは少しも迷わず言った。
「お前さんは大丈夫じゃ」
そして、にっこり笑う。
「だって、いい子じゃもの」
胸の奥がぽかぽかした。
「お願いしたら、叶う?」
「叶うとも」
「なんでも?」
「なんでもとは言えんけどの」
おばあさんはくすっと笑った。
「でも、本当に欲しいものなら届くかもしれん」
僕は飴玉を強く握りしめた。
「どうやってお願いするの?」
「手紙を書くんじゃ」
おばあさんは人差し指を立てる。
「神様へって書いて、枕の下に入れて眠る。そうしたら神様が読んでくれる」
「ほんと?」
「ほんとじゃよ」
その目は、嘘をついているようには見えなかった。
「ワシも昔、叶えてもろうたことがある」
「なにを?」
少しだけ照れたように、おばあさんは笑う。
「家族じゃよ」
しわだらけの指が、そっと膝を撫でる。
「ワシは子供を産めん体での。でも神様が、じぃさんと会わせてくれた」
その声は、とても優しかった。
「だから今でも感謝しとる」
しばらくして、おばあさんは立ち上がった。
「そろそろ帰らんとの」
そして僕の頭を、そっと撫でる。
あたたかかった。
「飴玉ひとつに、感謝をひとつ。忘れんようにな」
おばあさんはゆっくり歩き出した。
何度か振り返って、手を振って。
やがて夕焼けの向こうに消えていった。
僕は手のひらを開く。
赤い飴玉がひとつ。
きらきら光っていた。
いい子なら、願いは叶う。
神様はちゃんと見ている。
おばあさんは、そう言った。
僕はずっといい子だった。
ちゃんと静かにしていたし。
ちゃんと言うことを聞いた。
悪いことなんて、ひとつもしていない。
だからきっと。
叶う。
その夜。
僕は生まれて初めて、手紙を書いた。




