第43話 口下手な旦那様に代わって
「大奥様、お話のところすみません」
執事が会話に割って入り、義母へと耳打ちをする。フルールはスコーンを手にとって割り、添えてあるジャムを乗せて食べた。
――早摘みのマーマレードね!
口の中でホロホロと崩れるスコーンとジャムの酸味を楽しみながら、執事と義母のやり取りをフルールは静かに見ていた。
「お通しして頂戴。……貴女に、急ぎのお客様ですって」
「それはそれは、どちら様でしょう?」
白々しく頬に手を当ててとぼけて見せる。隣のルゼルヴェが数度、瞬きをしていた。
――言ってませんもの。知らなくて当然ですわよ、旦那様。
ただ、フルールも意外には思っていた。願い出てみたものの、その通りに動いてくれるとは限らなかったからだ。
「ご歓談の最中、失礼いたす。フルール・サントュール侯爵夫人へ、王家より書状を持参した次第、内容確認の後、返答を願う」
「私が、フルールですわ。ここで拝聴しても?」
ほどなくして現れたのは、立派な騎士服に身を包んだ男だ。文官や特使などではないことに、フルールは内心少しだけ驚いた。
「まず一つ目は、王太子が妃、スルス・エグジュベラン様より茶会の招待状だ。期日は追って相談したいとの旨」
「参加しますとお伝えくださいませ」
王太子妃との仲を義母の前で、口先だけではなく、まざまざと見せつけられないかと考えた。
そこでフルールはドレスを仕立てる数日の猶予の中で、スルスへ手紙をしたためた。
――法螺吹きと笑われるより、百聞は一見に如かずと言いますから。
メイドに扮して来訪し、忠告をし、商品を気に入った彼女ならば、話に乗ってくれそうだと思ったのだ。
――馬車に積んだお礼を、騎士様に持ち帰ってもらわないとね。
王太子妃を顎で遣い、手ぶらで返すつもりはフルールには端からない。馬車には彼女が気に入った品々を持ってきていた。
フィアビリテに王家から来客があった場合にと頼んでいるが、渡し忘れられた日には茶会より先に献上しに行かなくてはいけないだろう。
「次に、王家より召喚状である。ルゼルヴェ・サントュール侯爵が妻フルール・サントュール侯爵夫人は、来る新年の宴に併せ化粧品事業の貢献により褒賞を行うとの由。その際は、夫婦揃っての参列を求む」
「……しかと、承ってございます」
「心得た」
騎士が広げた書状を読み上げ、執事へと下げ渡す。フルールはそれを見つめ、内情激しく混乱していた。
――それ、聞いてませんけど!?
平然と了承したルゼルヴェの方を見れば、驚く素振りも見受けられず、フルールは呆れると共に察してしまった。
――旦那様、どこで説明を省いたのかしら?
新年の宴に一緒に出たいとはルゼルヴェから聞いていた。王太子が会いたがっているとも話の中で聞きだした。
その後、王太子妃から新年の宴の招待状もフルールは直接貰っていた。
――でも、褒賞は誰からも聞いてないわよ!?
ルゼルヴェはどのタイミングかは分からないが、様子からして知っていた可能性が濃厚だった。
宴に出席するのならば城に赴くことは変わらず、わざわざ言うことでもないと片付けていそうなところが、本当に怖い。なぜならそこに悪意がないのだ。
「見送りをしてくる」
用件は済んだと退席をする騎士へ、ルゼルヴェが静かに席を立ち後に続いた。
サロンに残るのは、義母とフルール、二人である。
「貴女、すごいのねぇ」
「そんなご謙遜ですわ。慎ましやかに過ごしているだけですもの。醜くはなりたくありませんから、私」
ルゼルヴェがいなくなった分、フルールは口が軽くなる。そこに宿る感情はおおよそ、褒められたものではないだろう。
「……何が、言いたいのかしら?」
「いえ? あまりにも醜いものですから、こうはなりたくないなと思っただけですわよ? ですから、私から貴女へ美容の品々を贈ることは有り得ませんの。だって、ねぇ?」
フルールが煽るように笑えば、義母はカッとなって睨み付けてくる。粉の吹いたその顔は、皺を逆に引き立たせていた。
年齢よりもさらに老けて見えているのに、彼女は気づいているのだろうか。
「同じ女として残念ですもの。夫に見向きもされなかったからと、子に当たり、邸に籠ったそうではないですか。それで、美しくなれまして?」
「生意気ね! ルゼルヴェが居なくなった途端に化けの皮が剥がれてるわよ? 貴女は、侯爵夫人としての役割すら出来ていないじゃないの!」
「貴女の方こそ塗りたくって面の皮を厚くしても隠しきれてませんわよ」
フルールに子どもがいないとマウントを取ろうとする義母に、心底呆れた。
真面目に夫婦生活をしていても、一年と経っていなければ子が出来ている方が、圧倒的に少ないだろう。
「先ほどのやり取りを見てませんでしたの? 侯爵家には、私なりにキチンと貢献していますわ」
ピシャッと言い放つとフルールはさらに、義母をキッと見つめた。やることなすこと、どう見ても小悪党で、子どもじみた人だった。
「だって貴女の方が泥を塗ってますもの。まさに今この時も、王家と侯爵家に益を与えるどころか、不利益を与えようとしているのですから」
「な、何のことだか……」
「証拠がなければ言い逃れ出来るとお思いでしたら、おめでたいですわ。お義父様が立派に築いた平和の礎にすらなれない、憐れな方ね」
ふうとこれ見よがしに息を吐いて、フルールは扇を口許に当てると、憐れむように微笑を浮かべて義母を見た。
「あの人を立派だとか言わないで頂戴! 家族を捨てたのよ!」
「何を今更、それが貴族と言うものでしょう? 侯爵夫人としての地位を与えられたのに、なぜ今もそのような選択を重ねるのか分かりかねますわ。
夢心地な少女で居られるのは、真に子どもの間だけでしてよ?」
カッとなって立ち上がった義母に、フルールはしれっと返す。
まさに初夜でフルール自身も、ルゼルヴェとの夫婦関係を切ったのだ。片方が報われない思いを抱えたまま、上手くいく方が稀だろう。
「ルゼルヴェをご覧なさいな。父として慕わずとも、前侯爵としては尊敬していますわ。貴女よりもよほど子どもの、彼の方が中身はとても立派で気品がありますわねぇ?」
「この――っ!」
ブチッと怒り心頭の義母に、フルールは変わらず一番映えるように微笑を浮かべる。
無力な子どもをいたぶった過去も、今現在利己的な理由で周りを振り回すことへも、フルールはずっと義母に怒っていたのだ。
「本当に醜い人ね。私が作る美容の品々は、心の清い方を後押しするためのものよ。すぐに癇癪を起こす方になど、屈することは有り得ませんわ」




