第42話 旦那様、合図が分かりにくいです
義母が手をつけたのを確認して、フルールは紅茶のティーカップを摘まむように持つ。
一口飲みながら、視線はテーブルをくまなく観察した。違和感は、やはりと確信に変わる。
――狡いと言うか、陰湿と言うか、やることが子どもじみてない?
三段式のティースタンドには、下段にサンドイッチ、中段にスコーン、上段にケーキだ。
それだけならば、よくある流行りに則ったスタイルで済む話だが――。
「あら、ミルクをお忘れではなくて? 私に気を遣わなくて良いのよ?」
「ふふ。気にかけていただき、ありがとうございます。香りを楽しみたく、ストレートでいただきますわ。とても良いフレーバーティーですもの」
義母に声をかけられ、フルールは笑顔で返す。ミルクを先に入れるのは、この国の上級貴族ならしない行為だ。義母は入れていないし、ルゼルヴェも入れていない。
――社交もしていないなら、紅茶の良さも分からない、とか思われてる?
この国の貴族ならば、ストレートで飲むことが好ましいとされるフレーバーティー。
それを平気でフルールにだけ勧めてくるとは、立派な嫌味である。
「お先にいただくわね……。ほら、次は貴方もどうぞ?」
「ありがとうございます。では、旦那様、お先に失礼致しますわ」
「ああ、好きなのを選ぶと良い」
ティースタンドから、サンドイッチを取った義母は、流れるようにカトラリーで切り分ける。
勧められたので、ルゼルヴェに先に断りを入れてフルールもサンドイッチを皿に取るが、肝心のカトラリーは探すまでもなくやはり無い。
――かぶりつくのもマナー違反になるサイズを提供して、カトラリーも出さないって……。
言いたいことは山ほどあるが、普通に乗りきっては面白くもないし、負けを認めるようでどうしたものかと思案する。
すると、隣のルゼルヴェが無言で、フルールの手元のサンドイッチを軽く見つめてきた。
「旦那様もどうぞ?」
「ああ」
その意図が分からずフルールが声をかければ、ルゼルヴェはティースタンドへ手を伸ばしながら、僅かに指をくいっと不自然に動かした。
その動きに合わせたようにフルールの持つサンドイッチが音もなく一口サイズに切れる。
「まぁ。食べやすくしていただき、ありがとうございます。旦那様」
「これくらい、なんの苦でもない」
見せつけるように、フルールが花が綻ぶように笑えば、ルゼルヴェは視線を外し自身のサンドイッチも魔法で切り分けている。
チラリとフルールが一瞥すれば、義母の口角がピクリとひきつったのが見えた。
――やめれば良いのに。
追い出されたはずの嫁が、息子と仲睦まじくしているとあっては面白くないだろう。
実際のところどうかは、この際問題ではない。この茶会で仲がよく見えれば十分だった。
――エスコートしてもらって正解ね。
かなり昔、夫に距離を取られ、ルゼルヴェで憂さ晴らしをしていただろう義母。
その距離が出来た理由さえ分かろうとしなかっただろうから、フルールが遠慮する必要は無いと思っていた。
「この邸の使用人は、とても管理が行き届いてますのね。女主人として私も見習わなければ」
紅茶も料理も美味しい。そこに細工が無いことは、本当に感謝していた。小さな嫌がらせはあるが、フルールにとって可愛いものでもある。
――別邸でしかもルゼルヴェがいれば、そりゃ下手なことは出来ないわよね。
噂、フルールの誘拐、店舗の妨害行為、どれも外だから出来たことなのだろう。
だからこそ、あえて義母を持ち上げて出方を探る。
「あら、女主人としての手解きが必要なら、しばらくここで学んでいかれても良いのよ?」
「お心遣いありがとうございます。ですがなにぶん忙しい身でして、予定が詰まっておりますの。心苦しいですが、通うのも難しく……お気持ちだけ、いただきますわ」
フルールを住まわせて何を取り込むつもりなのだか、そう吐き捨てたいのを胸の内で思い留めた。
店舗が荒らされようと、あそこはほぼ空き家だ。物事が滞るほどの支障が出たとは、正直言いがたい。方便である。
――適当なごろつきなんて雇って何を考えてるのか。いや、何も考えていないのか。
フルールが唯一憤ったのは、店舗に置いてきた本たちが無惨に破かれたことだった。
ルゼルヴェが、魔力の痕跡があれば犯人を容易に調べられると言ったので、この件は任せているところでもある。
「あらぁ、そうなの? 男性の仕事、その真似事なんて慣れないことをするからではなくて? 女はやはり淑女らしく、慎ましやかに過ごすのが良くってよ?」
「おっしゃる通りですわ。最初は自分用に、こじんまりとしていたのですけれど。王太子妃様からも、この身なりをお目に留めていただけたんですのよ」
天使の輪が出来るほど、艶と潤いのある栗色の髪を、わざと居ずまいを少し正し、さらりと溢す。
カームがより髪が映えるようにと、ハーフアップで流してくれているのだから、使わない手はないだろう。
「周りからのお声掛けもあって、高貴なる方向けの商品へも注力しているところですわ。忙しいことは良きことだとも思っております。新しいことは生活のメリハリとなり、活力にもなるのだと実感いたしましたから」
フルールは小首を傾げて笑みを浮かべると、頬の瑞々しさと張りを強調する。
「ああそれと、実は先日、物盗りによって店舗が壊されることが起きましたの。あそこには植物に関する、貴重な本を置いてましたから、価値の分からない者とは相容れませんねぇ。そこだけが非常に残念でしたわ」
「……物盗りなんて、物騒ねぇ。貴女に怪我がなくて良かったわ」
心からの気遣いではなく、含んだ笑みで返してきた義母に、フルールは愛想笑いで冷え冷えと答えた。
「ええ、本当に。治安に関しては前侯爵様にもご相談してまして。店舗の方は本以外には、物も人を置いていなかったので、大事とならなかったのが、せめてもの幸いでしたわぁ」
「まぁ……、それは、良かったではないの」
抑揚を欠いた声で、義母はなんとかそれだけを返す。口数はどんどんと減っていって、フルールが一方的に話すばかりだ。
――任せてもらってるのだから、キチンとやりとげなくてはね。
隣のルゼルヴェは道中で垣間見えた動揺をひた隠し、会話に参加することなくポーカーフェイスを貫いていた。
一口サイズのサンドイッチを口に入れ、二人のその挙動をフルールは観察していた。




