第39話 感情のジェットコースター
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「はぁぁぁぁあ」
一人きりになった室内で、フルールは布団に潜り身悶える。
静まり返ったそこに、鳥の鳴く声が耳に優しく聞こえた。
――寝てても良いって、それじゃあ、いつまで……。
籠っていたところで、気まずさが緩和されることはない。それに、人の家だ。いつまでも居座るわけにもいかないだろう。
「……温かかったのが、悪いのよ」
二度寝をしようとしたのは温かくて、心地よかったからだ。嗅ぎ慣れない香りは、決して嫌ではなくて。
規則正しい鼓動のリズムは、かつてのコチコチという目覚まし時計の音を彷彿とさせた。
「懐かしくなって、しまうじゃない……」
階下からだろう、鳥の声に混ざって物音もしてくる。バタバタと騒がしいそれは、今世ではなく、前世の両親を思い出させた。
――全部、夢を見たせいだ。
思い出すことなんてなかったのに、一度開いた記憶の蓋は、なかなか閉まってくれない。
「ダメね。起きないと」
袋小路な思考を中断して、勢いをつけてベッドから起き上がる。
砂埃でパサつき汚れた栗色の髪に気づき、服装にも目がいく。ルゼルヴェから借りたシャツに上着、ワンピースのままだった。
――それもそうか。
女将の話では、夜中にここに着いたのだ。ルゼルヴェは言葉通り、何もしなかったのだろう。
フルールは上着を脱いで、近くの背もたれつき椅子に掛けた。シャツ、ワンピースと脱ぐと、イメージ通りに魔法を発動する。
――むしろ、見ていたらうるさいかも。
頭のてっぺんから手の先、足の先まで順番に手を当てて滑らせ、水蒸気でざっと汚れを取り除いていく。
その途中、赤黒くなった皮膚がいくつも目についた。霜焼けというか、氷結魔法での自業自得だろう。
「服は……」
空中に水球を作り、シャツとワンピースを放り込むと洗濯機の要領でザブザブ洗う。
最後は、衣類に残った水分を汚れと一緒に蒸発させれば完成だ。
「……上着は、さすがに」
切られたままのワンピースを着た後、シャツのボタンを上までかっちりと留める。
背もたれに掛けた上着を見つめて、フルールは悩む。貴族の服は、ややこしいものが多い。借りた上着にも、刺繍が施されていた。
「せめて皺だけでも、取りましょう」
スチームアイロンを思い浮かべて、蒸気を魔法で作り出す。襟、袖、裾と手を取って一つ一つ処理していく。
最後は汚れた水を、フルールは窓を開けて外へと向けた。
「原子分解……」
極端なイメージだ。そこまでとは行かずとも、細かく、細かく、分解して風に溶けていった。
コン、コン、コン。
「……はい?」
ノックが三回響き、フルールは扉を開けた。フルールの身なりに意外そうな顔で、軽く目を見張ったルゼルヴェがそこにいた。
「仕方ないではないですか。身支度は一応整えたのですけど、服が他にありませんの。そんな不躾な目を向けないで貰えません?」
「ああ、いや……。そうではなくて、だな」
ルゼルヴェは着替えたのだろう。髪も整えられ、真新しいシャツにズボンのラフな出で立ちだ。対するフルールは、と卑屈になってしまう。
――って、これじゃまるで、服をねだってるみたいじゃない!
しどろもどろなルゼルヴェに、フルールもそうじゃないと、はたと気づいて決まりが悪くなる。
「……服、服か。置いている私の予備でよければ持ってくるが。女物を、すぐはさすがに……」
「大丈夫です。私はこのままでも構いませんから、ご用件を! 朝食ですか!?」
律儀に思案して返してくるルゼルヴェに、フルールは噛みつくように返事をした。
どうにも調子が戻らない。頭の中は絶賛、台風でも到来したかのように騒がしい。
「朝食……それも、そうだが。女将は起きた時で良いと言ったが……、その、君のことだ。すぐに知りたいだろうと思ってな」
「……なんですの?」
ルゼルヴェの真面目な雰囲気を察知して、フルールも意識を無理矢理に切り替える。
――何か、問題があったのね。
じっと見返した彼の瞳からは、何の感情も読めない。昨日の件ではないと気づくと同時に、スッと胸の内が冷えた。
「……領都にある君の店舗、何者かに荒らされたとのことだ」
「――見に行きますわ」
冷えるどころか、昨日に続いての出来事に、フルールの気持ちは恐ろしいほどに凪いだ。先ず必要なのは、正確な状況確認だ。
「はい、はい、はい。先ずは、朝飯を食べてから行きな! あとお嬢ちゃん。そんな男物のシャツにワンピースなんて、事後に見えかねない服で出てくもんじゃないよ」
「じっ――!?」
声が裏返ったフルールの絶句する挙動に、階段を上ってきてた女将はなんでもないように、その横のルゼルヴェに視線を向ける。
「この食堂にある服で一番近いサイズは、ルヴェ、アンタのだよ。さっさと貸してやんな。その後、ちゃんと店で見繕ってから、店舗に行けば、誤解も何も生まれやしないさね」
「誤解って、女将さん!」
「グチグチ言うんじゃないよ。噂なんて、背びれに尾ひれに、あることないことつくもんだ。今でさえ、外から良からぬ噂が出回っとるんだからね」
「領都にも回っていたか」
今日これからの行動が、女将によって段取りを組まれていく。何もないことなど女将も知るところなのにと、フルールが抗議する横で、ルゼルヴェが冷静に話を聞いていた。
「意図的に流されてるんだ。私に聞こえないはずがないよ。まぁ、ここでまともに話を聞く連中は少ないさ。向こうからすれば、面白くないだろうねぇ」
「あの! 何の話ですか!!」
「サントュール侯爵家と王家が、悪政を始めたというものだ」
「領都で独占販売を始めるとも言ってるね。下らない話が好きな連中だよ、全く」
「はぁ!?」
話が見えず置いていかれたことに、フルールが憤慨すれば、返ってきたのは涼しい顔をして噂の内容を口にする二人だ。
事の重大さが分かっていないはずがないのに、えらく落ち着いたものだった。
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ドタバタしていますフルールをこれからも見守っていただければ!(*^^*)




