第38話 どちらがやらかしたのでしょう、旦那様
「やっと出てきやがった。おせぇぞ」
「待たれる謂れもないが」
ルゼルヴェが外へ出ると、不機嫌なアルディが出迎えた。
フルールの魔法で冷やされ、枯れかけていたはずの草花が、生き生きと空に向かって伸びている。月夜に照らされた緑は、瑞々しく風に揺れていた。アルディの仕業だろう。
「んで、呼びつけたのは、また嬢ちゃんの介抱か?」
「要らん。ここからなら領都が近い。任せたいのは、中の男どもの方だ。虫の息だが、貴方なら情報を吐かすくらいわけないだろう」
アルディが、ルゼルヴェの腕の中にいるフルールについて言及する。
眠る彼女を起こさないよう、ルゼルヴェは静かに言い放つ。魔力枯渇を起こしたわけではない、疲れて寝ているだけだった。
「ちっ、野郎の世話かよ。何か、最後は詰所にぶちこめばいいのかぁ?」
「必要ない。証拠の一つに添えるだけだ。無くても問題ない。最後は生き餌にでもすればいい」
「ハッ、サントュール式で良いわけだ。そりゃ可哀想な最期だな」
ボリボリと首の後ろを掻きながら、アルディはルゼルヴェの横を通りすぎる。なんだかんだと、引き受けるらしい。
「それから、首謀者に関してだが――、っ」
ルゼルヴェが、アルディの背に言葉を投げる。それに顔を向けること無く、ヒラリと手を振って彼は応えた。
ついでとばかりに、ルゼルヴェの後頭部と背中へ、雑に服が投げつけられる。いつの間に脱いだのか、アルディの上着だった。
「誰だろうと、お前の流儀でやりゃあいい。どいつもこいつもガキじゃねぇんだ。相応の対価は払わせろ。それが責任ってやつだ」
ルゼルヴェがさらに何かを言う前に、足を止めたアルディが、彼を一瞥して言葉を付け加えた。
「手に余るなら、俺に振れ。ガキのケツくらいは、俺にだって拭ける」
◇◆◇◆◇◆◇
もぞもぞと身じろぎをして、衣擦れの音がする。季節が秋に移り変わり、朝は少し肌寒さが出てきた。フルールは温もりを求めるように、背を丸くする。
「――んぅ」
朝日の眩しさに、フルールの目蓋が震えてパチリと開くと、日に焼けていない白い肌が見えた。
そろりと見上げれば、至近距離でルゼルヴェが眉間に皺を寄せて目を閉じいた。辺りは静かで、寝息が聞こえた。
「ひっ……、ぃ」
乾いた喉から、ひきつれた音が漏れる。ピクリと、ルゼルヴェの眉が動いた。
彼が目を開けるのと、わなわなと震えたフルールが顔を真っ赤に大声を上げるのは、ほぼ同時――。
「ぃぎゃぁぁぁぁあ!!」
貴族としてはアウトだろう奇声が、宿屋の建物内に響き渡る。
ダダダダダッと、勢いよく階段を駆け上がる音がし、部屋の扉が弾けとぶかの如く、バァンッと乱暴に開け放たれた。
「ル、ヴェ坊ぉぉお!!」
「……るさい」
ズカズカと遠慮無く部屋へと入った女将の怒号に、ルゼルヴェがむくりと起き上がる。そのまま不機嫌を隠さず、じろりと睨んだ。
――なんで、なんで、なんで、一緒に寝てるのぉぉお!?
フルールはと言えば、バクバクと心臓の鼓動をうるさく感じながら、あまりのことに固まったままである。
「アンタ。夜中に来たと思ったら、なにやってんだい!」
「よく――見ろ! 私のせいじゃない、不可抗力だ」
ルゼルヴェが欠伸を噛み殺しながら、シャツを指差す。そこにはフルールの手が皺になるほどしっかりと、ルゼルヴェの服を握りこんでいた。
「っ!」
――なんで、私ぃぃ!?
バッと手を離したフルールは、両手を擦り合わせるように胸元へ持っていく。
真っ赤に染まった顔からは、火が出そうなほどの熱を感じていた。
「……それから、彼女は布団を被っているが、私は被ってないだろ。何もしていない」
ルゼルヴェはチラリとフルールを見た後、毅然とした態度で女将へそう弁明をする。
二人の間、掛け布団がしっかりと壁の役割を果たしていた。
女将はと言えばそれをジト目で確認しながらも、手に持ったフライパンをしっかりと力強く握ってる。
「なら、椅子にでも座っときゃ良いんだ。紛らわしいことをするんじゃないよ」
「握られたままじゃ、互いにバランスが悪い。私だって、歩き通しだったんだ。少しくらい横で寝ても、問題ないだろう。夫婦なんだから」
ベッドから降りると、ルゼルヴェは首筋と肩を揉んでいる。フルールの方を見ず、ばつが悪そうに窓の外を眺めていた。
「同意も得てない。求愛の癖に、何言ってんだい。現に叫ばれてるじゃないか、情けないねぇ、全く」
「――なっ!」
女将がため息をついて、振り返って目を剥いたルゼルヴェの背中を、フライパンで容赦なく思いっきり叩く。
「……ぐぅ」
金属の鈍い音が室内に反響し、まともに打撃を受けたルゼルヴェは苦悶に顔をしかめて、歯を食い縛って呻き声を上げた。
「アホなことやってないで、降りて手伝いな。日中に来るならまだしも、急に来るから、まだ何も用意しちゃいないんだ」
女将は有無を言わさず、ぐいぐいとルゼルヴェを部屋から追い出すと、布団に顔を埋めるように羞恥に耐えているフルールへ声をかけた。
「まだ寝てても良いし、起きるならゆっくりと降りといで。その時には朝食も出来てるだろうからね」
「……すみません。ご厄介になり、ありがとうございます」
布団からひょこりと顔を半分覗かせて、フルールは謝罪と感謝の意を伝える。
それに女将は快活に笑いながら、フライパンを肩に担いで部屋を後にした。
「お嬢ちゃんの気にすることじゃ無いよ。あの子らは、いっつも、ああだからね」




