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【二章完結】「好きにしていい」と言った旦那様、ただのコミュ力ゼロだった~念願のハンドメイドコスメをしちゃいますね~  作者: 松平 ちこ
二章 領地経営に口出しします!

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第36話 旦那様が不器用すぎて、目も当てられません

『そっくりな面しやがって! お前が代わりに死ねば――』


『――っ』


 ガシャンと、割れた眼鏡がフローリングの床を転がった。口を切ったのか、足元にパタパタと赤が滴った。


 ――ああ、これは夢ね。


 目の前の男は、殴るだけ殴って興味を失ったように背を向けた。かつて、父親だった人。もう、顔も覚えていない。


 ――そう。表彰台に上がったの。


 翌日の全校集会。呼ばれて壇上に上がれば、ざわざわと、ざわめきが聞こえた。赤紫の頬に切れた唇、ヒビの走る眼鏡。

 何故、こんな姿で賞状を受け取らなければならないのか、ここにいる誰よりも、聞きたいのは己自身だった。


『仮にも、夫となる方の顔くらいは覚えておくべきでしょうね。せいぜい愛されるように、努力を惜しまないことです』


 受け取ったのは賞状ではなく、釣書の姿絵だった。目の前の人は先生ではなく、弟との間を取り持つ執事だった。個人に興味など無かったから、顔などろくに覚えてなどいない。


 ――だって別に、どうでも良かったわ。


 前世も、今世も、最初は確かに愛された。けれど、愛を失った行き場のない激情が、暴力となって振りかざされた。

 けれど、愛で守られて生かされたのは、傷物の貴族として価値がない小娘という末路。

 この身にはきっと、何も残らないのだ。不幸を招くのならば、一人で生きていけるようになればいい。


『――では、誓いの口づけを……』


 小難しい顔をして、隣に立っているのは眩しいほどの美丈夫だ。その瞳に熱はなく、鏡のようにドレスに身を包んだ己の姿が映る。


「――っ!?」


 頬に添えられた何かの熱が、唇に触れる何かが――あつい。フルールの見開いた瞳に映ったのは、閉じられた目蓋に、長いまつ毛。


 ――違う。あの日、キスなんかしていない!


 式では振りで終わったのだ。ルゼルヴェが頬に手を当てて上手く誤魔化していた。


「――っ、気が、ついた、か」


 バチンと高らかな音が響き、唇から熱が遠ざかった。フルールがルゼルヴェの頬を叩いたと気づいたのは、目に飛び込んできた鮮やかな色彩だ。朧気だった姿が像を結ぶ。


 ――だ、旦那様!?


 ストレートのさらりとした二藍(ふたあい)のアルディよりも明るく、渋い青みの強い紫色の髪が揺れる。そこから覗く雄黄(ゆうおう)の明るい鮮やかな黄色の瞳。そして彼が口の端の赤い血を拭ったからだ。


「な、な、な――っ!?」


 わなわなと震えるフルールに対し、ルゼルヴェは落ち着いたものだった。それどころか、肩の力を抜くように息をついている。


「……? なんだ?」


「――なんだ、じゃ、ありませんよねぇ!?」


「そうか? だが、読んだ本には……」


「本――!!」


 ――それはあれか、王太子妃が贈ったという、あれのことなのか!? というか、旦那様はそれを読んだの!?


 目の前がぐるぐると回っているようで、フルールは思考がまとまらない。口をパクパクと開閉させ、頬は紅潮して熱いほどだ。

 何がどうしてこうなったのか、全くもって、理解不能だった。


「それに、この場においては効果的だったのは間違いない」


 真剣に考えるようにしていたルゼルヴェは、チラリとフルールへ視線を向けてた。まるで、観察しているようだ。

 そういえば、やけに距離も近いくはないか。肩も熱いとフルールが見れば、彼の手がそこにあった。


「……どういう、状況ですの?」


 ルゼルヴェは、地面に座り込んだフルールを向い合わせに抱えるような姿勢だ。

 辺りは真っ白な氷に覆われていて、フルールとルゼルヴェの周りだけが、温度が違うのだろう、空気が揺れて景色が歪んで見える。


「どういう……、か。君が、氷結魔法を制御出来ていなかったから、止めたまでだ」


「制、御……?」


「辺り一帯どころか、君自身も凍るなどと暴走も良いところだぞ。何をしている?」


 サラリと、ルゼルヴェは説明する。語尾に至っては呆れと、苛立ちが混ざっているようだ。


「何、を……? えと、ご迷惑をおかけしました?」


「……」


 ルゼルヴェは物言いたげにフルールを見つめた後、片手でプチプチとシャツのボタンを外し始めた。


「あの――?」


「珍しく殊勝にしているが、そう思うならば、今回は受け取ってもらおうか」


 フルールの肩に回した手を離し、ルゼルヴェは服を全て脱いで目の前に差し出した。


「はぁ!? ア、アホですの! 何、全部脱いでるんですか!?」


 フルールはぎょっとして目を丸くする。慌てて隠すように顔に手を当てたが、バッチリと見てしまったために、勝手に脳内再生されてしまう。


 ――人生合わせても、異性のそんな姿見たことないのに!


 ルゼルヴェの露になった白い肌、線が細いと思っていたのに、引き締まった上半身には無駄な贅肉が一切なく、筋肉がついていた。

 さらには古い傷跡も幾つか見られ、砦での出来事を、モンスターとの生活を想像させられた。


「外に行くにも、その格好では出させられない。低体温も起こしてるんだ。後ろを向いているから、黙って着込め」


 そう言ってフルールの膝の上、押し付けるように服を置くとルゼルヴェは背を向けた。

 服と背をまじまじと見比べる。耳と肩が赤いのは、寒さかそれとも――。


「……ふふ」


「何が可笑しい」


「ああ、いえ。……ああ、お目汚し、失礼しました。旦那様」


 らしくもない過去などを思い出したせいか、フルールは調子が狂う。言われるがままシャツに袖を通して、ボタンに手を掛けて気づく。二言目のああは、ずいぶんと低い音になった。


 ――醜いわよね。


 服の胸元をザックリと切られていたのだ。剥き出しの肌は、ずいぶんと前の傷跡だというのに、冷えたせいで青紫の不気味な色をしていた。

 傷跡をなぞり、フルールは目を伏せて小さく笑う。見えることが無いように、シャツのボタンをしっかりと留めた。


「……傷は」


「はい?」


「傷は、生きようとして出来るものだ。私は、それを悪いと思わない。必死に生きた証を笑う者の方が、間違っているだろう」


「それは、旦那様のような武人の誉れでしょう。お気遣い、ありがとうございます」


 ルゼルヴェの背中にも、幾つか古い傷跡があった。前世、背後の傷は逃げた恥だと、そんな歴史があったとフルールは聞いたことがある。


 ――当時も、武人のことも、知らないけど。


 フルールは、ルゼルヴェをカッコ悪いとは思わなかった。どうしようもない人だと思うけれども。


「傷は、傷だ。私に誇れと言うならば、君は、生き残ったことをもっと誇るべきだ。生きろと、願われて叶えたことを……。もっと、大切にするべきだ。

 それは、他人と比べるものではない。他人に指図されるものでも、ないからな」


 フルールにまっすぐと向き合ったルゼルヴェは、上着を被せて前にグッと引き寄せると、そっと合わせた。

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