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【三章開始】「好きにしていい」と言った旦那様、ただのコミュ力ゼロだった~念願のハンドメイドコスメをしちゃいますね~  作者: 松平 ちこ
二章 領地経営に口出しします!

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第32話 優先するべきは子どもたち

 ぬっと男が物陰から出てきた。村人だろうかと、フルールは真っ先に思った。全ての村人と顔合わせを済ませたわけではないからだ。ただ、村の大人ならば今は忙しい時期のはずだ。


「……」


「――っ」


 目があった瞬間、男の口角が上がった。ぞわりと悪寒が走り、フルールは男と自分たちとを隔てる、氷の壁を広範囲に築いた。


「わっ!?」


「なに、なに!?」


「凄い、綺麗!」


 子どもたちは男に背を向ける形で、さらに花に夢中だった。背後に突然出来た氷を見て、口々に驚きの声をあげる。


「ふふ、続きはまた今度ね。大人の居るところまで先に戻ってくれる? あと、私の騎士様にも声を掛けてほしいわ?」


「お姉ちゃん、一緒に戻らないの?」


「誰が早いか競争よ。私は走れないから、後ろから歩いてくわね。そうそう、頑張って走った子には、ご褒美があるから」


 いつも通りの声かけを心がけ、いつも通りの表情で子どもたちへ接する。

 現時点で男の存在を、子どもたちに気取られるわけにはいかなかった。子どもたちの足が止まってしまうから。


「さぁ、位置について。よーい、ドン」


「キャー」


「ご褒美ー!」


 楽しそうに走っていく子どもたちを確認してフルールは息を潜め、その場で立ち上がるとスカートの砂を払う。

 このまま立ち去れるのか、どうするべきなのか――。


「――っ、この、離せよ!」


「おぅおぅ、わめけ、わめけ。向こう側の女に聞こえるように、な?」


「ジャン!?」


 氷壁の向こう、ジャンの声が聞こえた。フルールは驚いて壁に手をつき呼び掛ける。

 彼らは近くに居なかったはずだ。いや、いつものように遠くから、フルールが来たことを知って眺めていたのだろうか。


 ――ジャンがいるなら、いつも一緒のディリーは?


 気泡混じりの氷は不鮮明で、向こう側がどうなっているか全く見えなかった。ゴクリと唾を飲み込んで、フルールは氷の向こうを睨んだ。


「村のガキらが惜しければ、こっちに来い。もちろん無抵抗で、なぁ?」


「……ただの人攫いじゃないのね、下衆の極みだわ。誰の指示、かしら?」


 今、目の前にある氷壁は、フルールの身長よりも高く、回り込んで来ないように横へ長く築いていた。

 魔法使いに、粗雑な男がわざわざ用がある時点でおかしい。


 ――ただの人攫いなら、リスクを考慮すれば普通は退くはずよ。


 フルールは壁に手を当て、目の前の氷だけを溶かした。そこに現れたのは、二人の男。

 そして男に襟首を掴まれ刃物を突きつけられたジャンと、別の男に口を塞がれ、涙をボロボロと溢すディリーだった。


「ディリー!」


「おっと、どうこうしようと思うなよ。頼まれてんのは、お前だけなんだ」


「……良いわよ、行こうじゃない。でも、子どもたちを解放しなさいよ」


 ひゅっと、飲み込んだ息が止まるのを叱咤して、フルールは両手のひらを顔の横に持っていき、男たちへ降参と言わんばかりに応えた。


「やだねぇ。一人になったら、明らかにお前の方に分があるじゃねぇか、えぇ?」


「聞いてねぇよな。金ぇ、弾んでもらわねぇと」


 男はディリーを乱暴に突き飛ばした。ディリーが地面へ転がるすぐ横で、もう一人の男はジャンの首元へ刃を押し当てたままだ。


「――おねぇ、ちゃ……!」


「ディリー。痛いところは、怪我は、ない?」


 ディリーが中々起き上がらず、フルールは気が気で無かった。震えをひた隠し、声をかける。ディリーは顔を上げて、涙を溢しながらも頷き返してくれた。


 ――私が、しっかりするのよ。


 ホッと胸を撫で下ろしたフルールに、男は肩に腕を回すと、首筋にナイフを当ててきた。生臭い吐息に、フルールは不快さを隠さず眉を寄せる。

 もう一人の男がジャンの襟首を絞め上げ、反対の手でディリーの腕を掴んで強引に立たせた。


「おい、行くぞ」


 以前、フルールは迷わず逃げた。失うものも、守るものも無かったからだ。

 狙われたのが、フルールと家だけということも理由の一つだろう。

 けれど今は、目の前の子どもたちだけでなく、フルールが滞在を知っていることが、その背景を複雑にさせた。


 ――雇われで、後ろ暗いことに慣れてて。


 仮に抵抗して逃げ出しても、解決にはならない。心臓は早鐘を打ち、指先はすっかり冷え込んでいた。

 フルールが男たちを捕まえるためには、情けないことに覚悟も技量も足りていなかった。


「なら、せめて手荒なことはしないで。脅す目的はすでに十分なのだから、痛めつける必要まではないはずよ」


「……ふん、ビビリもしねぇのか。口の減らねぇ女だなぁ」


 フルールが侮蔑の視線を向けて真横の男へ言えば、にぃっとさらに笑みを深めて男が喋る。

 首筋のナイフが音もなく下がっていき、服の胸元を割いた。


「へぇ?」


「下衆。子どもがいるのよ。無駄口叩いて良いのかしら? とっとと連れていきなさい」


 男の視線がフルールの胸元のさらに下、醜くひきつれた傷跡を見て嗤う。

 怒りも、恐怖も、何もなく、ただ冷えた声で男を急かした。


「おお、良いぜぇ。そこの林を抜ければ馬車がある。おら、足を動かせよ」


 ナイフが再びフルールの首の後ろにあてがわれ、男の力によってグッと前に押し出される。

 ナイフが僅かに擦れた皮膚から、ヒリリとした痛みが刺さるようだった。


 ――不在に気づけば、必ず動く。


 フルールの魔法は、その場の勢いで使うには圧倒的に経験値が不足している。

 時間稼ぎをするならば、相手の油断を誘った上で必要な想像力をじっくりと練るべきだ。

 馬車と馬なら、馬の方が早い。フィアビリテなら安心して任せられる。その分、小言も貰うだろうが、この場に留まるよりもメリットがあるとフルールは考えた。


 ――後悔するが良いわ。喧嘩を売る相手が悪いのよ。


 フィアビリテが、一人で無策に来るとも思えない。もう一人の不器用な彼を思い出して、フルールは小さく笑った。

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