第30話 家に帰ると美容品のことが頭から離れません
「へぇ、フルールったら、姉御って呼ばれたの?」
「笑い事じゃないわよ、カーム。恥ずかしいんだから」
「そりゃあ、フルール様とか会長呼びも嫌だって言うなら仕方ないですよねぇ?」
「フィアビリテまで、意地悪だわ」
少し早い夕食、帰宅してテーブルを囲めば、話題はラベンダー畑のことになった。
仰々しく呼ばないでほしいと願ったものの、男たちから姉御呼びが変わることはなかった。
「でも、ガルド、本当にありがとう。おかげで来年は、ラベンダーの収穫量がうんと増えるわ」
「男たちが、やる気になっているからな。俺はほとんど見ていただけだ」
ガルドは面食らった後、目元を和らげ僅かに口角を上げている。その耳が少し赤くなっているのを見て、フルールは嬉しくなって笑う。
「貴方だったから、そうなったのよ。誇っていいと思うわ」
「素直に受け取っておきなよ、ガルド」
「……ああ」
カームにまで言われ、ガルドが短く答えていた。
実際、フルールがやってもうまく行かなかった気がする。ギスギスした最初のやり取りを思い出し、さらに面倒事を増やすだろう自覚もあった。
――村人ともああだったものね。浮浪者相手にはきっと目も当てられないわ。
とうもろこしの一連のやり取りを振り返り、フルールはスープを飲んだ。
上に立つのには、向いていない性分だと思う。身体を動かし数字を追いかけてる方が、ずっと好きだった。
「でも、奥様。あんなに広くして、ラベンダー? そんなに必要なんですか?」
「もっと広くても良いわよ。ラベンダーからも精油が取れるし、肌の調子を整えてもくれるから、化粧水や石鹸、花ごと入れてのスクラブ……は、今もあるわね。
とにかく、使い道はたくさんあるのよ。ついでに養蜂も出来たらとっても良いなって、ミツロウでハンドクリームも作りたいし」
「ハンドクリーム?」
「今の保湿液も良いのだけど、パッとは使いにくいでしょう? 洗い物や洗濯後に手軽に使える物も、作りたいのよねぇ」
オリーブ油を使った保湿はさっぱりと仕上がり、今までの季節にはちょうど良かった。
ただ、液体は使い勝手が良いとは言いがたく、これから冬に入れば、乾燥が堪える時期だ。
「水仕事に携わると、どうしても手がぼろぼろになるじゃない? 冬はそこから雑菌が入って病気にもなりやすいわ。肌を柔らかく洗い上げて、仕上げのクリーム、ハンドケアセットなんてあると良いわよねぇ」
固くなってしまった皮膚には、さらりとした保湿だけでは焼け石に水なのだ。
酷いあかぎれなどには、もちろん薬だろうが、それだって値が張る。風邪薬もだ。予防線を張れるに越したことはない。
「ざっ、きん?」
「冬に皮膚がばっくり割れて、なかなか治らない思いをしたことない? あそこから病気の元が入り込むのよ」
キョトンとするカームに、フルールは自分の指先を示して説明をする。
ああ、とカームは頷き、斜め向かいに座るフィアビリテも感心したように納得顔だった。
――それにミツロウがあると、口紅とかも作れるだろうし。
血色よく見える商品を作れば、冬場は貴婦人が良い資金源になるだろう。
材料を買うばかりでは高くつく、今年は間に合わなくとも、来年には安価でとフルールは思いを馳せていた。
◇◆◇◆◇◆◇
「これが、その品?」
「はい。本邸の使用人たちは、日常的にこちらを使っているそうです。さらに領都の方でも、三日間限定で販売されてました。
その前日には、わざわざ無償で配って話題性を煽っていたようです」
「……へぇ、気にくわないわね。私を差し置いてそんなことしているなんて、探りを入れてくる他家もそうだけれど。最初見た時から、あの小娘は、いけすかなかったのよ」
テーブルに置かれた、瓶の一つを手にとって女は眺める。社交に出なくなって久しい中、ここ数日手紙が届くようになったのだ。
親しくもない間柄で届く内容はどれも同じ、本邸の人間が美しくなったことについて、秘訣を教えろと乞うものだ。
『ハッキリと言っていただき、感謝申し上げます。夫よりこちらへと言われ伺いましたが、余所者が入る余地はないだろうと存じておりましたので、私の方も気まずく思っていましたの。
新居を探す良い言い訳が出来ましたわ。お時間をいただき、ありがとうございました。では、失礼いたします』
突然の先触れはあったものの、失礼極まりない訪問。初めての対面ではこちらの顔を立てることもしない。
感謝などと口でのたまい微塵にも思っていないことは、あの目を見れば明らかだった。意思の強い瞳は、愁傷さの欠片もない。
「本邸と領地では配っておきながら、こちらへは話も通さないなんて、私への当てつけかしら?」
適当な理由をつけて、本邸の使用人を呼び寄せた。見た瞬間から、これのことかと憤りを感じたのだ。
髪は艶やかに光沢があり、肌には皺が見られず潤いを閉じ込めたようにみずみずしい。
――許せないわ。高位貴族に連なる私よりも、そこらの人間が美しいですって?
使用人の分際で、その場にいる誰よりも清潔感があり、輝かしく綺麗だと思った。年齢に抗えない肌を化粧で誤魔化しているこちらが、惨めになるほどに。
「若いから躾がなっていないのね。せっかくルゼルヴェにも言い聞かせてきたのに、すっかりあの男に似て可愛げがなくなってしまって……。ああ、どうしてあげましょうか」
瓶に映る自分の顔を見て、女は口角をゆっくりと上げると、憎らしげにその笑みを深くする。




