第29話 別行動していたラベンダーのその後
翌朝、砦を出発し山沿いに進み町へと戻った。フルールは旅の片付けをカームへ任せ、ガルドたちがいるだろう丘陵地へ向かう。
ラベンダー畑にするべく、建てた小屋の周り、記憶にあるよりも緑が増えていた。
「ああ! 姉御、お帰りなさいませ!」
「「姉御、お疲れ様です!!」」
「――っ!?」
「……うわぁ」
作業をしていた一人がフルールに気づくと、残りの男たちがそれぞれ離れた場所に居るにも関わらず手を止め、声を揃えて挨拶をする。
時間にして昼も過ぎた頃合いだ。今日の作業も落ち着いた頃合いだろうかと思いを巡らせれ歩き、この歓待である。
驚きのあまり絶句するフルールの隣では、フィアビリテが引いていた。
「フルール、お帰り」
「ええ、ただいま。ガルド、これは何?」
「頼まれた株分けが、ほぼ終わった。指示通りに拡張して面積が約3倍に広がったな。挿し木の方も最初は駄目だったが、ようやく根が出始めた物が出ている。フルールが作った見本の挿し木は、区画を分けてすでに土に植えている」
騒ぎを聞きつけて、ガルドが顔を出す。姿がないと思えば、小屋の裏側にいたらしい。
ガルドの丁寧な報告に思わず、そうじゃないと、フルールは困惑する。
視線の先では、作業に戻った男達がせっせと身体を動かしている。
「ええ、それもなんだけど、あの人たちの……何て、言えば良いのかしら。とにかく全部が……」
「……不在の間、真面目に働いていた。フルールが感じたことついては、本人たちから聞いた方が早いと思う」
「ああ、分かった。お前はそうでもなかったけど、熱狂的なのがそういや他にも居るな。その心理かぁ」
「ちょっと、一人で納得しないでよ……」
ガルドに聞いたのに、本人たちに聞けと返され、後ろからはフィアビリテがしきりに頷いている。
置いていけぼりではないかと、フルールはムッとして二人を睨んだ。
「奥様。明日の食事も寝床も、なんて人間がですね。飯つき、屋根つきの環境を与えられて仕事を得る。雇い主に感謝するのは当然では?」
「それは分かるわよ。だからこそ狙って雇った……でも、あるのだし。ただ、見なさいよ。外見まで変わってるじゃない!!」
フィアビリテの解説に、フルールは手で男たちを示し、どう表情を繕えば良いのか分からず、背を向けて下を向く。
男たちの表情は明るく笑顔も見られ、背景がキラキラと輝かんばかりに活き活きとしている。誰も彼もが、初日の顔合わせで作業を教えてた時とは似ても似つかない。
「最初の一週間は、逃げ出そうとする者や作業を雑にする者もいたから、手心は加えていない。二週間後辺りから、慣れてきたんだろう動きが変わってきた。
今後、フルールとも顔を会わせることになるだろ。だから家の在庫を使わせ、身なりにも気を配るようにさせた」
「待って、ガルド。貴方ちゃんと休んでるかしら?」
聞いている限り男たちの様子を見るだけでなく、彼らの生活習慣を改善させるために一緒に生活をしている節がガルドにはあった。
「ここ数日は、家に帰って寝ているぞ。最初は朝の起床、洗濯、朝食、穂木作り、泥の採取と、土作り、昼食を挟んでの泥の洗浄と土作り、株分け、水やり、夕食と清拭、夜の就寝とリズムを叩き込んでいたが」
「……その、ごめんなさいね」
真面目なガルドらしい、軍隊のような過密スケジュールを組んでいた。さらにはそれを遂行する統率力も驚きだ。
軽く頼んでしまったフルールは、気まずそうに謝るのみである。
「フルール、謝罪することなどないだろ?」
「……ええ、そのごめんなさい。丸投げしたことを今更ながら、次からは気をつけるわ」
よくよく見れば、ガルドは以前よりも日焼けのした肌をしている。怪訝そうにする彼の顔色が、悪くないことがせめてもの幸いか。
「いやー。お前にそんな才があったとはねぇ。凄いじゃん」
「フィアビリテに褒められても嬉しくない」
ガルドの肩に腕を回し、グリグリと横腹をつつくフィアビリテに対し、彼は本気で嫌そうに引き剥がそうとしていた。
そのやり取りが、なんだか懐かしくフルールは笑う。
――はぁ……、でも良かった。
視線の先、もう一度男たちをちゃんと見る。不清潔な身なりで、猫背で俯いていていた者は一人もいない。
細くガリガリだった身体は、遠目にもうっすらと肉付きが分かりしっかりし始めている。
先ほどフルールを出迎えた瞳には、世の不満を称えた暗さはなく、光があった。
――私がやろうとすることは、間違ってないはず。
在庫の美容品を使った効果もあるだろう、痩せこけ伸び放題だった髭は、髭を剃り日焼けした肌は健康的に変わっている。太陽に照らされた髪にも、艶が見られた。
外見もそう、もっと年配だと思った者が若返ったように美青年へと変わっている。
「衣食住を確保して仕事をすることは、頭を使ったり、身体を動かしたり、自分らしく過ごせることって、やっぱり目指すべき最低ラインなのよね」
フルールの思想を反映し約三倍に広がったラベンダーの畑は、後にサントュール領の主産業へと姿を変え、ラベンダーの丘、花紫の町と呼ばれ、その名が広がる。
フルールがそれを知るのは、ずっとずっと先だった――。




