第26話 頼られて嬉しかったからってやりすぎですよ、旦那様
「本当に、このままそこでやるんですかー?」
「確認すれば、わざわざ木箱でやる必要も無いと言ったのは君だろう?」
窓越しにフルールが階下に向かって話せば、ルゼルヴェがハッキリとよく通る声で答えた。
――何かしら、このロミジュリ会話というか、塔の上の会話というか……。
内容は恋愛などでは全く無いが。洪水の被害検証で、土台となる大きい木箱のサイズについて話が移った時だ。地面に直接ではいけないのかと、ルゼルヴェに聞かれた。
――まぁ、私も箱庭セラピーじゃないけど、室内でやるから木箱って説明したのよね。
それでも構わないとフルールが返せば、彼は着ていた上着を脱ぎ、楽に服を着崩して階下へと消えてしまった。
今、ルゼルヴェが居るのは、先ほどアルディと一戦交えた場所。上からでも見やすいようにか、そのもっと砦寄りのところだ。
剥き出しの地面となったそこは開けていて、広さは十分すぎるだろう。
「話し込んでる間に、モンスターの回収が済んでるわ……?」
「まぁ、当然ですね。……今日の夕飯は豪華になりそうです」
遠くを見ていたら、木々は倒れていたり戦闘の痕跡はあるのだが、モンスターがいた血の痕すらも残っておらず驚いた。
フィアビリテが後ろから覗き、その声は僅かに弾んでいてなんだが嬉しそうだ。
「そういうものなの? ……ん、食べれるの?」
「ええ、毒がある個体は食べれませんけど、モンスターもなかなか美味ですよ。無理強いはしませんが」
「夜もここに居ていいなら食べるわよ。気になるじゃない。意地悪ね」
フルールが、今まで縁のなかったモンスター食について話している間に、ルゼルヴェは地面に膝をつき、手で砂を触ると何かを思案していた。
「旦那様ー。模型はリアリティ出した方が、検証では有用ですからねー」
頭が回るのだからこれで意味は伝わるだろうと、フルールは上から声をかけて見守る。淑女がそう何度も声を張り上げてはダメだろう。
表面の砂をかき集めても、前世の公園の砂場で作るお遊びと同じ出来映えにしかならない。
表面の土は、水に流されやすくそれはそれで必要な要素であるが、川の仕組みを検証するのであれば、もっと地層の深い土も使って内部を作る必要があった。
「……《成せ》」
地面に片手をついたルゼルヴェがそう呟けば、ぼこぼこと広範囲の地面が隆起し始める。
山や丘、平野に川、湖といった説明されずとも分かるほどに地形が、徐々に成形されていった。
――戦隊もののジオラマ……。
フルールは思わず、前世の子どもの頃に観たヒーローと巨大怪獣の戦いを想起していた。
ルゼルヴェがその巨大生命体と例えるならば、彼の眼前に広がる風景はまさに小さな領地そのものだった。
「……あれ? そういえば旦那様、何かを呟いて」
「ああ、詠唱ですねぇ。魔法使いが使う言霊で、複雑なものや精度、威力上げに使われてますね。
ルゼルヴェはだいたい、命令形の一語で済ませてますけど、長い人もいるらしいですよ。ちなみに俺は、使えませんからね?」
ルゼルヴェの声が不思議な反響を起した気がして、フルールが疑問に思うとフィアビリテが解説する。
「でも、そうか。奥様が詠唱を覚えたら、倒れるリスクは減りますかねぇ?」
「……貴方、根に持つわね」
「そりゃあ、護衛としては泣きたいところでしたから。でも、詠唱は俺じゃ教えられないので、ルゼルヴェになりますね」
フルールは後ろを振り返り、フィアビリテをじとっと半目にして睨む。彼は全く堪えずに、笑って受け流していた。
「私はこのままでも困ってないわよ。あんな事態、そうそう起きて欲しくもないし」
「でも、奥様あの時、何かをイメージして声に出してましたよね? あれを詠唱に変換できたら、多分負担は減りますよ」
「発動はしてたんだから、今は別にそれでいいわ」
魔法に必要以上を求めておらず、それよりも商品開発に携わりたいフルールは、その提案を先延ばしにした。
――旦那様と二人は、ちょっと気まずいわ。
口許に手を当てて、一番の理由を胸に秘める。店舗の内覧の日、今世で初めてみっともなく泣いた姿を晒したのだ。
しかも相手はあのルゼルヴェである。理由をつけては、フルールはずっと彼を避けていた。
「それよりも、フィアビリテから見てあれはどうなの?」
「えぇ。俺にルゼルヴェの評価をさせるんですか」
「違うわよ。あの模型、ちゃんと合ってるのか聞いてるの」
「同じ意味では……」
「――ああ? 心配すんな、嬢ちゃん。ありゃ、ちゃんと位置は合ってるぞ。ああいう小細工にだけは、本当にうめぇもんだ」
騎士に呼ばれて部屋の外で何かをしていたアルディが戻ってきて、フルールの上から窓の外を覗くとそう評価する。
「よく分かるわね?」
「俺は領内の移動は全部飛んで済ませてるからな。見慣れた景色だよ。空は馬より早ぇんだぜ? 今度、起きてる時に連れてってやろうか?」
「空は別に、興味ないわ」
飛行機に乗るようなものだろう、フルールはそう返した。遠くから見下ろすだけでは、地図と同じで情報を見落としてしまう。
「見て、計って、感じて、調べて、私が今必要なのは、五感を全部使う地道な手段なの」
フルールが領地巡りをしたい理由は、今回のような問題を抱えた土地で補填が目的だ。そのためには、地に足をつけた泥臭い作業も必要だった。




