第25話 河川工学について提案します
「溢れないように、盛り上げときゃ良いんじゃねぇのかよ」
「だからって、土嚢を積むだけでは応急処置でしかないですわ。現に流されてましたし。それと、高く強固な壁を築けばいいというものではないですの」
「単に、水位が壁を越えなければ良いだけの話ではないのか?」
場所を移動して本題を――と望んだフルールに、なぜか全員がこの場でと言うものだから、ベッドへ戻されてしまった。
仕方なしに、サイドテーブルを引っ張って囲み、フルールはベッドに座るというよく分からない状況での話し合いになっている。
「逆に聞きますけれど、川がどれだけの水位になるか、高い壁を築いた場合のメンテナンス、日頃の川の観察などはどうするつもりですの、旦那様?」
「それはもちろん……」
「風魔法で空を飛ぶとか、魔法でとか無しですからね。一度の豪雨を防げても、流れてきた上流の土砂で水深が浅くもなります。
定期的に川さらいしなくてはいけませんわ。なら、日頃から誰でも対応出来るようになってませんと」
領内にある川は、何も今回の一本だけではないのだ。フルールは、事前に書いた紙をサイドテーブルに並べる。
アルディはちらりと一瞥したのみで、ルゼルヴェは手にとってまじまじと見ている。
「先日の川の話になりますが、近隣に家屋や田畑はありませんでしたわ。なら、練習がてら土台からきっちりと、整備していくのが良いと思いますの。その後、各川についても対応していけば水害を減らせますわ」
渡した紙に書いたのはそれぞれ、調節池、遊水池、霞堤のザックリとした作り方を記してある。
計画書とは呼べない草案の一部としか言えないレベルなのは、必要な領地の情報がフルールに足りないことと、治水工事は聞きかじりの専門外だからだ。
「大がかりなら、騎士だけじゃ足んねぇぞ。人手はどうすんだ」
「領内は人が増えた分、職を欲してる人もいますわ。これから秋、冬と入りますもの、領主の名で大々的に集めればよいのです。肉体労働ですから、集めた際に揉めごとを起こす場合には、その労力は仕事へ向けてもらいましょう。
ついでに、治水工事に従事してもらって一時的にお仕舞いではなく、適正によっては日頃の河川の管理維持を継続、私の事業への引き抜きも良いですわね」
アルディからもまともな意見が上がり、フルールはとうもろこし事業でも似たようなことを話したなと、思いながら答える。
違うのはその規模だ。直接労働を領民たちに任せ、騎士たちを統率と治安維持に回せば、普段の訓練では得られない経験が積め、双方にとって利になるだろうと思った。
「……これらの技術を私は知らないが、君はどこから?」
「信憑性なら、小さな模型を実際に作って再現したら良いのです。旦那様は以前、氷細工が上手でしたし、手先が器用でしょう?」
「あれは……」
厳密には違うと言いたそうに、言い淀むルゼルヴェに、フルールは首を左右に振って続ける。
「旦那様が一番適任ですわ。先ずは、テーブルほどにでも大きく、平たい木箱でも用意しましょうか。底は浅すぎず、深すぎずで、そこに実際の領の土を入れて、山と川の位置を再現します。
領内を知っている旦那様が、土魔法をお使いになれば良いのです。再現度は高ければ高い方が良いのですから、適任でしょう?」
「なんだ、俺じゃ無理ってか?」
「お義父様、どう見ても苦手そうですわよね? 造形美とは無縁に見えますわ」
ルゼルヴェに話を振れば、対抗心からかアルディが噛んできた。フルールはそれに過度に反応せず、事務的に返した。いちいち相手をしていては、話が進まない。
「ははっ。確かにコントロールじゃねぇなら、俺は興味がねぇな。考えるだけ無駄なもんだ、ここじゃ役に立たねぇ」
「だから、適材適所ですわ。植物の根の張りなどは模型では再現しようがないので、そこは強めに土を押し固めましょう。その模型の川に水を流し水量を調整していけば、検証としては一応機能します。
あとは、どこにどれだけの設備を施工していくか、詳しい現地民や知識人からも意見を募れば良いのです。その辺りも、旦那様の得意とすることでしょう?」
やれる人がやればいい、フルールは持っている現代知識を実現可能なレベルか、今世のレベルに吟味して提示するだけだ。
――地下神殿なんて呼ばれてる、世界最大の地下の放水路なんてここでは作れないし。サントュール領は幸い、無人の土地は広いのだから、地上でやればいいのよ。
フルールとアルディのやり取りを黙って見ていたルゼルヴェは、話の区切りに一つ息を吐くと口を開いた。
「君の要望には沿うようにするが、確約は出来ないぞ」
「あら、仕事人間と名高いのですから、期待してますわよ」
にんまりと多分に含みを混ぜてフルールが笑うと、ルゼルヴェはさらにため息を吐いて、どこか折れるような、流されたような苦笑を浮かべた。




