第24話 過去の英雄の統治と未来を見据えた統治の価値観
いつもお読みくださりありがとうございます
5月19日投稿するはずだった21話が抜けているのに気づき、割り込み投稿していますm(_ _)m
「よぉ! 元気そうじゃねぇか」
「こちらこそ、介抱していただいたようで、ありがとうございました」
扉を豪快に開け、体格の良い男が遠慮なく入ってくる。フルールはワンピースの裾を軽く摘み、カーテシーをして出迎えた。
――ここの流儀だとしても、ノックも無しなのねぇ。
その後ろ、ルゼルヴェが気まずそうに横目でこちらを窺っている。彼の方が、まだマナーはマシらしい。
ルゼルヴェがいる理由、どこまで事情を把握しているのか、素直に聞くべきなのかどうかをフルールは少し思案した。そこへアルディが言葉をぶつけてくる。
「んで? なんか用かよ。お嬢ちゃんが、いい大人を呼びつけてよぉ?」
「あら、お招きしてくださったのに、放置だなんてあんまりですわ。それに、良い大人なんて、ここにはいませんよね?
誰もいないから私は、フィアビリテとこれからの相談をしていただけですもの」
ねっと、フルールは振り返り、後ろのフィアビリテに相槌を求めた。彼は肩をすくめて何も言わず苦笑している。
アルディはと言えば、助けてくれたわりにはフルールに対して横暴な態度を崩さない。
嫌悪が滲む言動は、大きな子どものようにも感じていた。
「――とまぁそういうことで、結果として血気盛んな殿方の頭を冷やす必要があったから、そうしたまでですわ」
「血気盛んだぁ? 俺は通常運転だぞ。ここは前線なんだからな。頭ん中がお花畑なお嬢ちゃんには、想像つかねぇだろうが」
「ふふ。私の頭の中がお花畑? 多いに結構ですわ。でしたら、ちょっと覗いてみます? ちょうど今、見かけ倒しな前線守護によってサントュール領がモンスターではなく、水害や衰退で滅ぶ行く末が浮かんでるのですけど」
フルールがここに至るまでに見聞きしたこと、先ほどのルゼルヴェとアルディのやり取りを見ていて、フルールはピキリと青筋を浮かべていた。
悲惨だったモンスターの被害を全て片付け平穏に導いた男は、反面、家庭と領地を蔑ろにしていたからだ。
「あぁ?」
「ふふふ。この石造りの砦はモンスター対策ではなく、貴方の熱に耐えるために立っているのかしら?」
安い挑発に乗ってきたアルディの熱風が部屋を覆い、フルールの髪がふわりと翻る。
それを意外にもルゼルヴェが、戸口から近い壁際で立ったまま、魔法を行使して冷やしていた。
フルールは驚きながらも、表情には出さずに微笑を浮かべる。
――なまじ正しくて強いから、この大きなオコサマを誰も止められなかったのね。
「嬢ちゃん、あんまり大人を舐めるもんじゃねぇぞ。今まで守られて来たんだろうが、ここでは俺が一番強いんだからな?」
「強さの意味を履き違えておいでかしら? 無駄な血を流さないところは尊敬していましたのに、残念ですわ」
わざわざ冷やさずとも、アルディの熱風は人を襲うレベルではない。ルゼルヴェとの一戦でも、素人目にも手加減しているのが分かった。
――武人としてなら、確かに強いのかもね、目の前の彼は。でも、それ以外が残念だわ。誰かさんと、本当にそっくり。
人の機微に疎く、我が道を往く性分なのだろう。それでいてアルディは、途中で面倒になれば対応も雑になるらしい。
シンプルな防衛では遺憾なく才を発揮するのだろうが、大貴族の当主としてそれでは失格である。
「ぁあ? これのどこが、恩人に対する礼儀だぁ? 喧嘩売ってんだろうが、表出るか?
おい、ガキども。これだけ元気ならもう良いだろ。ここは俺の城だ。生意気な小娘をさっさと連れて帰れ」
その台詞から、倒れた少女の認識はあるらしいのに、アルディの横柄な声は耳を塞いでも聞こえる勢いだ。不器用にもほどがあるだろう。
ニコニコと笑むばかりのフルールに見きりをつけて、アルディが背を向けた。
それに対し、ガキと呼ばれたルゼルヴェとフィアビリテは、フルールの方を黙って見つめるだけだ。
「いやだわ、お義父様。ご自身の淑女への接し方が、最初から間違ってることを棚上げしないで下さいな。女と侮るのですから、私も相応に対応させていただいてるだけですのよ?」
ズカズカと部屋の外へと大股に歩くアルディに向かって、フルールは魔法で風を操り部屋の扉をバタンと閉める。
くらりと軽い目眩を感じるも、今世、貴族としての矜持がそれをしっかりと立たせてくれた。
「気づいておられますか? もう、昔とは違うのですよ。領内でのモンスター被害が収まったのなら、領民の人口は自然と増えるのです」
「――何が言いたい。それが俺の築いた平和だ。もう、モンスターに喰われるだけの人生じゃ、ねぇじゃねぇか」
ピクリと反応して、扉の取っ手に手を置いたままアルディが低い声で唸る。
フルールは駆け引きを止め、真剣な眼差しで背を見つめた。それは、その言葉の重みに対する敬意でもあった。
「いいえ、再び失うのが怖くて、懸命に外側を守ろうとしても内部を整えなければ、いくらでも中で新たな悲劇が生まれるだけですわ。二年前の水害で、貴方は守れなかったから、河川に土嚢を置くことを始めたのですよね?」
「ただの騎士どもの訓練だよ。モンスターが減ったからな、身体を動かさなきゃ鈍るだけだろうが」
アルディはつまらなさそうに、そう返した。大雨の中、フルールが見たのは河川に残った僅かな土嚢だ。
けれど流されたり泥水で見えなくなっていただけで、本来の土嚢の量はもっと多かったはずだ。でなければ、そもそも土嚢が高さを保ち残るはずもないからだ。
「では、そう言い訳をして作った土嚢が、今回どうなりまして? 役に立ちましたか?
二年前に国内で起きた大規模豪雨、サントュール領内の安全性から増えた人口で、新たに開拓された土地の数々。そこで事前情報も何もなく無抵抗に流された家屋や人々は、過去のモンスター被害とはどう違うのですか?」
「だからなんだって言うんだよ。結果が全てだろうが」
「そうですね。ならば、腕試しやくだらない親子喧嘩などせずに、その労力を今後の治水工事に当てればよろしいのですよ。私が作った湖を見まして?
適切な処理をしていれば、失わずに済むものが沢山ある証明になったかと思うのですが……?」
潔さは天晴れと言いたいところだが、これでは真意が分かりづらい人間だと、フルールは嘆息する。義父でなければ、関わりたくない分類かもしれない。
「ありゃ、ただの馬鹿のすることだ。捨て身の行動に誇りなんてあるわけがない、威張るんじゃねぇぞ?」
「なら、私が馬鹿をしないで済むように、お義父様が訓練として日頃から行ってくだされば良いのですよ。
分野に明るくなく、学が足らない自覚がおありなのならば、出来る人間を頼ればよいのです。それは一人では無理な前線の防衛と同じことでしょう」
多くを語らず誤解を生むだろう言動は、まさに不器用で頑固な父、職人気質といったところだ。妙にひねくれた性格は、どこかフルールと似ていて厄介だった。
――同族嫌悪ね。はぁ、彼には私が、自殺しようとしたようにでも見えたのかしら?
アルディが不機嫌ながらもようやく、まともにフルールを見るものだから、フルールは息をつくと嫌みもなくふわりと笑い返す。
途端に部屋の空気が和らぎ、男三人ともがなぜか息を飲んでいた。




