第20話 振り回される苦労人
「――おいおい、新手のモンスターかと思ったら……、ここらで見ねぇ顔だなぁ。
こりゃ、この嬢ちゃんの出した魔法かよ。つか、これ魔法かぁ?」
最後を見届けること無く、気を失って倒れたフルールを軽々と支える男が居た。
光が射す空を見上げ、辺りを見渡し、ボリボリと頭を掻くと男は一人ごちる。
「はぁ……、はぁ、……はぁ? うげぇ……、前、侯爵様……なんで、ここに?」
そこへ息を切らしたフィアビリテが、馬に乗って駆けつけた。男を見るなり、苦虫を噛み潰したように嫌悪を露にする。
「おう、ビリー坊。あんな遠目から見て分かるモン出てきたら、そりゃあ、俺が出張るだろうが。モンスターじゃなかったがなぁ。
ああ、そうかぁ……。もしかしてこれ、お前の知り合いか?」
男は脇に抱えたフルールを指差して訊ねると、土嚢から飛び降り、フィアビリテの方へ足を進めた。
フルールの魔法によって辺りの水が引き、ぬかるんだ地面は男の足を取るほどではなかった。
「あぁぁ。彼女をそんな、雑に抱えないで下さい!」
フィアビリテが泥で汚れるのも構わずに、ずかずかと歩いて来ると、フルールを抱き寄せた。男の方も、すんなりと明け渡している。
「雑って言うがよぉ。お前、それ早く何とかしねぇと低体温で死ぬぞ?」
フィアビリテの腕の中で、青を通り越して白くなっているフルールの顔色を、男は平然と指摘する。
その目蓋は固く閉ざされていて、呼吸も浅い。容態が芳しくないのは、明らかだった。
「そう言うなら、さっさと暖めてくれませんかね!?」
「なんだぁ? えらく気があるじゃねぇの。その魔法使い、お前の連れかぁ?
たく、だったら手綱くらい握っとけよなぁ……」
口では雑なことを言いながら、眉間に皺を寄せた男は造作もなく、三人を囲うように熱風と雨避けを魔法で展開する。
同時に、三人の濡れ鼠だった衣服からも水気が弾けとんだ。
「……貴方には言われたくないですねぇ!? あと、俺のじゃないですから!」
髪も乾き軽くなった身体にホッと息をついて、フィアビリテは反論する。乾いた外套を脱ぐとフルールを包み、すくりと抱き上げた。
「馬鹿か、お前。魔力総量把握してねぇとか、連れて歩くなよ。半人前じゃねぇか、戦場だったら即死ぬぞ」
「……貴方たち親子の不始末を、彼女が買って出たんですよ。その言い方は、あまりにも無責任かと」
睨むフィアビリテに、男は意味を掴みあぐねて怪訝な顔をする。
「不始末ぅ? 俺は、俺の役目をちゃんと果たしている。誰のお陰で、血の惨劇が無くなったと思ってやがる」
誇張するでもなく、気だるそうに言う男にフィアビリテは盛大なため息を吐く。
男がこうなったのは性格もあるが、過去の環境のせいでもあった。これ以上の問答は、ここでは無意味だ。
「……はぁ、それはそれこれはこれです。もう良いですよ。ここまで来ると、砦の方が近いですね。仕方がありません。
アルディ様、彼女を休ませたいので、連れてって下さいよ。あと、医者と伝令も」
「んだぁ、ビリー坊。俺の城に色恋持ってくんなよ。だいたいお前、息子に興味あったんじゃないのかよぉ」
ぶすっとした様子のフィアビリテが周囲の現状を確認して、男に話しかける。
アルディと呼ばれた男は、面倒そうにため息をついていた。
「冗談も大概にしてくれませんかね! ルゼルヴェとは忠義であって、下心なんかあるわけないでしょうが! それに俺はちゃんと、女性が好きですから!
あと、そのルゼルヴェの伴侶ですよ、彼女は。貴方の息子の嫁です!」
男に遊ばれていると分かっていても、反論をしないとさらにあらぬ噂が出来上がってしまう。フィアビリテは苛立ちのままに否定しながら、必要な情報をアルディへと告げる。
「あぁ? アイツいつの間にか、結婚してたのか? んじゃあ、お前がお守りなわけ? こんな制御も荒い半人前の?」
「一年前には結婚式の招待状送ってましたよ! どうせまた見てないんでしょう。貴方って人は!
いいから早く、砦へ案内してくださいってば!」
「苦労するねぇ。愛想が尽きたらいつでも俺んとこ来いよ? んん、でも今から連れていくのか?
まぁ良いか。歓迎するぜ、ビリー坊。大事な女なら落とさねぇよう、しっかり抱えとくんだな」
「だから、それは違うって何度も言ってるでしょうがぁ!」
マイペースなアルディ・サントュール前侯爵。ルゼルヴェの父を捕まえて、フィアビリテは青筋を浮かべながら吠えた。
男が作りだした荒々しい風に、一行は巻き上げられる。




