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【三章開始】「好きにしていい」と言った旦那様、ただのコミュ力ゼロだった~念願のハンドメイドコスメをしちゃいますね~  作者: 松平 ちこ
二章 領地経営に口出しします!

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第18話 泥にまみれても、心まで醜くくはなりたくない

 見えないほどの遠くの方で、水龍が暴れる微かな音がやがて止んだ。しんと静まった辺りでは、雨の音が聞こえるばかりだ。


「……ちょっと、なにをぼうっとしてるのよ。川上へ行くわよ」


「え、奥様。本気?」


 フルールはやや肩で息を吸いながら、フィアビリテを見上げて催促する。彼は瞬きをして、引き気味だ。


「雨はまだ降ってるのよ。あそこの山の上、少し違うの分かるかしら?」


「えぇ……。雲が黒い……、あ、山が光った?」


 馬に揺られながらフルールが道中で確認した空を覆う雲は、長雨の原因で間違いない乱層雲が主となっている。

 さらに川の上流と思われる山、その上の雲が時折不気味に光っていた。

 今の季節は夏の終わり、この雨は前世で言うところの台風やゲリラ豪雨と同じ現象だった。


 ――積乱雲。


 フルールは眉間に深い皺を刻み、その山一帯を睨んでいた。

 光は雷だ。山の斜面で激しい上昇気流が起きて、乱層雲の厚い層の内部にその厄介なのがある証拠。

 おそらく中では、突き破らんばかりの勢いで巨大な積乱雲が、今も急成長しているのだろう。


「……あの雲が川沿いで降ったら、治水工事の不完全なここでは、きっと二年前の再来になるわね」


「ちょっと待って奥様、なに冷静に言ってるんですか。ヤバイじゃないですか、それ」


 フルールが抉った川には、徐々に流れが戻ってきている。所詮は応急処置でしかないのだから当然だ。


「そうね。だから、もっと川上へ行くの。山はモンスターが出るせいで、近くに村は無いのでしょう?

 でも、何もしなかったら多分、川下の畑が駄目になるわ。

 なら最低でも、このまま近くの川の曲がりを一つ潰して、水の逃げ場を作って……。あの雲だけは、何とかする必要があるわ」


「……許可出来ません」


 ザアザアと降りしきる雨の中、びしょ濡れになったフィアビリテが険しい顔でフルールを見下ろした。


「今から人の手で堤防を作っても、間に合わないわよ?」


「それでも、許可出来ません。奥様、ご自身の魔力量の把握はまだでしょう。あんな凄いの出して今、平然としてても、この後がそうとは限りません。

 俺は、奥様の護衛です。ルゼルヴェにそう頼まれています」


 いつになく固い声音で、フィアビリテが言う。フルールはそれに、ムッとして言い返した。雨に打たれ続け身体は、とうに冷えきっている。それなのに、胸の内はひどく熱い。


「ここには他に、適任者が居ないの。なら侯爵夫人として、私が矢面に立つわ。従いなさい」


「……侯爵当主の命が最優先です」


「そう。なら、私一人でも行くわ。もちろん、ただの村娘のフルールとしてね。……こんな雨は、嫌いなのよ」


 立場をかざしてみても、フィアビリテは折れない。彼の言うことも正論なのだから、仕方がない話だと頭では分かっている。

 今はその正論も、雨で張り付いた髪も鬱陶しいだけだ。フルールが煮えたぎる想いを言葉に出せば、それは明確な憎悪に変わった。


 ――そうよ。力があれば、泣かないで済むことだってあるの。


 二年前に力があれば、フルールは豪雨による馬車の滑落に遭うこともなかった。傷物にならず、ルゼルヴェと結婚することもなかっただろう。

 けれど皮肉なことに、両親を犠牲に助かった命で、前世の記憶とこの力を手に入れた。

 そして今、それらを用いて悠々自適な第二の人生を目指している。


「自然災害なんて、大嫌いよ。それに、力があるのに何もしないなんて、私はもっと嫌よ。

 救える手段があるのにそれを選ばないのも、持っている力を正しく奮わないなんて……。我が身可愛さで行動を躊躇うなんて、そんな醜い生き方なんて――私は、しないわ!」


「――っ!?」


 フルールの感情に呼応するように、馬上で風が吹き荒れた。油断していただろうフィアビリテが驚き怯んだ瞬間、力任せに突き飛ばす。

 バランスを崩し、馬から落ちた彼を振り返ること無く、フルールは顔を歪ませて馬の胴を強く蹴った。


「行って!」


「っ、奥様ぁぁあ――!」


 興奮して嘶き走り出す馬にぎゅっとしがみついて、フルールは川上を目指す。

 背後から聞いたことのない叫びが耳に届き、彼の無事を悟ると同時に胸が切なく締め付けられた。


 ――あとで、いくらでも謝罪は聞こうじゃない。


 フルールだっておかしいと思う。普段あれだけ好きに生きて、面倒が嫌いで、事無かれ思考で、平和主義者なのだ。


 ――それでも、知ってしまったら。


 馬から振り落とされないよう、フルールは両手をキツく握る。噛み締めた唇から鉄の味を感じた。


 「やるかしか、ないじゃない……っ!」

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