第17話 突貫工事ではあるけれど
「目星はつけてるんですよね、どこの川に向かうんですか」
「まだ私が行ってない方角に、山があるでしょう! あそこから流れてる川があったわね!」
子どもたちへ詳細を聞かずにいたフルールに、フィアビリテが馬へ乗せながら確認で指示を仰ぐ。
雨に負けないようフルールは声を張り上げ、後ろで跨がり手綱を握るフィアビリテに向かって返事をした。
「あっちの山は、モンスターが出ますよ!」
「山までは行かないわよ。用があるのは川! 河川の状態を確認しに行かないと。貴方が把握していないのなら、治水工事は不完全でしょう!?」
馬を止めようとしたフィアビリテに、フルールは叱責する。領主であるルゼルヴェの従者で基本的なことを把握している彼が、知らないと言うことはそういうことだった。
「代官が仕事をしてるかもしれないじゃないですか! サントュールでは、川被害なんてそうそう聞きませんよ!?」
「仕事してたら報告書を見るでしょうが、そうそう聞かないから何!?
そんなんだから、二年前に国内であちこち被害が出たんでしょう! 笑わせないで!」
雨の中を馬で駆けるのもあり、フィアビリテも声を張り上げてる。
ぐうの音も出ないフルールの主張に、フィアビリテは何も言えず、馬を操る方へ意識を向けた。
「この国は、お気楽なのね! まさか二年前を教訓にしてないなんて、そんなことまで言わないでしょうね!?」
「国はちょっと……、それより、本当に溢れるそうなら、どうするつもりですか!」
「どうするも何も、溢れないようにするしかないわよ! 地形変動の許可はもらってるんでしょう!?」
国政まで携わっていないフィアビリテは、歯切れ悪く話を変えた。装備もなく二人で馬を駆けているだけでは、その疑問も最もだろう。
それにフルールは、迷いなくハッキリと返事をする。
「――まさか、奥様っ!」
「家に籠りっぱなしだったもの、成果を見せてあげるわ! 失敗したら、近隣の村を回って土塀を築かせればいいのよ」
フィアビリテは、フルールが何をするつもりか気づいたらしい。頭の回転が速いのは、説明の手間が省けてちょうど良い。
当初の予定とは違うが、元々フルールは領地の土地を直に調べるつもりでもいた。それには、河川の状態も当然含まれる。
――水と相性が良いんでしょう、私は。雨もれっきとした水よ。
雨で見通しが悪い中、黙ったフィアビリテと馬は危なげなく平原を疾走している。
しばらくして、どんよりと薄暗い雲との地平線に、次第に変化が見られた。ごうごうと、川の音とは到底思えない轟音が聞こえ始める。
「離れてていいから目視できる距離で、このまま川沿いを走って、川上に向かうわよ!」
「いや。どう見てもこれ、ちょっとヤバそうに思えてきましたよ?」
バシャバシャと走る馬の速度を落として、フィアビリテが進行方向を確認する。幅の広い川は、すでに所々溢れていた。
「そう思うなら、旦那様にちゃんと領地を運営するよう進言することね!」
役に立たない外套のフードを手で持って、フルールは前方を睨む。当然のことながら、川上の方が川幅は狭くなる。
さらに地図によれば、この先で川に曲がり角などがあるはずだった。
――先ずは本番前の、練習といきましょうか!
フィアビリテの腕の隙間から、並走する川を見つめフルールはイメージを明確にしていく。
「練習だから、厨二病で全開でいくわよ。だって洪水鎮めの定番と言ったら、これでしょう? ――龍神っ!」
その姿を形創るは大量の水。川の流れに逆らうように君臨するのは、暗雲を裂くほどに力強く、強大な、蛇の体躯を思わせる龍だ。
角や牙、鋭い鉤爪に至るまで、水で完璧に再現して見せる。魔法の顕現イメージはそのまま、川に負けない強固な強さへ変わる。
――荒々しい龍が、雄々しく川ざらいすれば応急処置にはなるでしょう!
二年前の豪雨で流された分、川床が全体的に上昇していることだろう。
フルールの創った水龍を、その流れに真っ向からぶつかり合わせることで、底の土砂を巻き上げ、左右へ盛り上げるという作戦。
――雨で泣く子が、もう二度と居なくなるように。
簡易の堤防にもなれば、とただそれだけの想いだった。雨は本来、農村にとって恵みの雨であるべきなのだ。
「行っけぇぇ――!」
フルールの素の叫び声に、馬が前脚を浮かせ嘶く。ビリビリと空気が震えるのは、フルールの気迫か、魔力のせいか、魔法で生み出された龍の存在感か――フィアビリテは思わず、手綱を強く引いた。
「いや――、さすがにこれは……」
フィアビリテは馬を止め、その信じられない光景に目を奪われた。
フルールの創り出した龍は、地鳴りのような音を轟かせ川の水を呑み込み膨れ、さらに強大な姿へと変わっていく。巻き上げられた土砂は左右へ押し上げられた。
川上へと昇る龍神の過ぎ去った後に残るのは静かに降り続ける雨と、もはや川ではなく抉られた広大な道だった。




