第15話 旦那様が執務室での近状報告会らしいです
「これ、返しておいてくれ」
ルゼルヴェが机にドサドサと置いたのは、巷で流行りらしい恋愛模様の小説の数々だ。
目の前に置かれたそれらを見た王太子ラフィネは、キョトンと目を丸くする。
「なにこれ?」
「お前の奥方が、我が家に送りつけてきたものだ」
じっと睨んでルゼルヴェが言い返せば、ラフィネはそのうちの一冊を手に取りパラパラとめくる。
「『他に好きな人がいる。悪いが別れてくれ』
『ごめんなさい。これは親の決めた結婚です。私の一存ではお答え出来ません』
『俺は君の姿を世に知らしめてやりたい。俺だけのものだと分からせたい』『貴方は他に愛する人がいます。私の心を振り回さないでください』」
「いちいち声に出すな」
「……え、読んだのこれ? お前が?」
パラリとまたページをめくり、なおも台詞を読もうとしたラフィネを、ルゼルヴェが止めた。その耳がやや赤いのにラフィネが気付き、からかう口調になっている。
「――何かと思っただけだ。中身は確認するだろうが。相手が相手だ。贈り物などと大層な手を使ってきて、何の目論みか、とな」
「ちょっと。人の奥さん捕まえて、悪し様に言わないでくれる?」
机に頬杖をついてラフィネが、ルゼルヴェを見上げる。今、執務室には二人しか居らず、そのやり取りに遠慮はなかった。
「事実だろう。店にまで行かせたなんて、お前も何を考えているんだ」
「ああ、あれはやられたね。どうも孤児院の視察と被らせて、スケジュールを組んだらしい。
戦利品と一緒に、スルスが嬉々として種明かししてくれたよ。最近、誰かさんのお陰で忙しく、構えてなかったからなぁ。そんなところも、愛おしくて仕方ないと思わないか?
仕事も出来て、イタズラも画策して、やりたいことに全力だ。さらにはお前の奥さんのお陰で、輝きが留まることを知らなくてね。可愛いのなんのって――」
「惚気はいい」
目を閉じて思い返しているのだろうラフィネの話が、本筋から反れて長くなりそうになったところでルゼルヴェが遮った。
「スルスの見立て通り、お前、まだ袖に振られてるのか。ずいぶん前に関係修復してこいって言ったろ。仕事は早いのに、そっちはいつまでかかるわけ?」
「私のことはいいだろう。それよりも、その後の進捗は」
話を振られたルゼルヴェは、苦虫を噛み潰したように眉間に皺を寄せ、あからさまに返答を避けた。
「侯爵夫人の提案した治療法、鉛を吸着して体外に排出させやすくするだっけ?
あれ、例の患者たちで治験して、微力ながら有用性が確認されたよ。ご令嬢方の本格的な治療に活用される見通しだ」
ラフィネはそれを指摘せず、引き出しから書類を取り出すとルゼルヴェへ渡す。
さらにルゼルヴェが領地へ行って不在だった期間の経過を説明した。
「……まだ、残っていたのか」
「そりゃあ無価値な資源と言えど、その数は有限だから、ね。ちゃんと過程の最期までを記録する用と、治療法を確立する用には分けていたさ。……ルゼルヴェ」
一段と低くなったルゼルヴェの呟きを逃さず拾い、ラフィネはニッと嗤った。
「化粧品だなんて、スルスに害が及んだかもしれない案件だよ。悪意の有り無しに関わらず、僕が許すとでも?
せめて最期くらい役立てないと。使い倒してから、ちゃんと処罰も下す、それまで生きてればだけどさ。
お前だってそう思ったから、王都への護送中に、鉛入りだと分かってた白粉を敢えて塗りたくって経過を記録してたんだろう?」
「道中が暇だったからだ」
ルゼルヴェの反らした視線が、恋愛小説の山へと止まる。一度開きかけた口を閉じついて出たのは、吐き捨てるようなぶっきらぼうなものだった。
「僕の前でもそれって……。何、自覚すらまだなの? まぁいいか、白い結婚の規定あと二年ちょっとだっけ?
離縁するなら、もう僕が貰い受けても良いよな、彼女」
「は……?」
ラフィネはルゼルヴェの反応にさほど興味を示さず、手遊びしていた小説を見て目を細めた。
「スルスが気に入った。新年の宴では褒賞確定、お前も彼女にその話を通してきたはずだ。
そこへ王室御用達の看板、離縁後の彼女の後ろ楯として悪くないだろう?」
◇◆◇◆◇◆◇
「おい、それはなんだ?」
「先日、巷で出回っていた商品ですよ。ほら王都で話題のサントュール侯爵家の使用人たちの身なりの変化。
領地を調べてたら、店がオープンするってことで、無償で配った後、三日間限定で販売されてました。侯爵家の使用人引っかけたら、使われてるのは同じ物のようですよ」
細身の男が机の上に、ゴロゴロと紙袋から商品を雑に出し並べた。
それを小太りな男が見て、面倒そうに反応する。
「国から鉛だかの通達があった直後にか? 開店のタイミングが良すぎねぇか?」
「国絡みの独占販売、でしょうか?」
「国が絡むなら王都で、だろ。ああ、でもサントュール侯爵家は、今の当主が王太子派か。
……面白くねぇな。こちとら売上が落ちたってのによぉ。貴族どもが疑り深くなりやがって、商売やりづらいったらねぇ」
葉巻を咥え煙を吹かせながら、小太りな男は忌々しげに商品を睨み付けた。




