第11話 ヒゲ茶の作り方
「え、フィアビリテ。収穫したことないの? とうもろこしはね、こう――ボキッと」
フルールは手近なとうもろこしの茎を片手で押さえ、実を下向きにひねって根本から折った。
「……なんで農民からじゃなくて奥様講義になるかなぁ、いやまぁ予想通りですけどね。その、躊躇いの全く無い手つきとか」
「だって綺麗な手応えで採れると、ちょっと快感よ、気持ちがいいの。それに収穫って一大イベント、楽しいじゃない」
「待って、俺に変な言い方しないで。奥様」
早朝、フルールたちは生食用とうもろこしを栽培している共同エリアの一角で、収穫の手伝いをしていた。
収穫時期を分散するため、幾つかの区画毎に成長具合が分けられている。
「とうもろこしの話よ。あ、見て。これなんて太くて大きくて、手折るの絶対快感よ。さあほら、あとは練習あるのみ!」
「えぇ……」
サイズ、ヒゲの色を一つ一つ観察して、収穫を見極めることに夢中なフルールは、フィアビリテのことは話半分程度も聞いておらず生返事だ。
フルールの身長よりも高いとうもろこしなどもあり、背伸びをしたりして一苦労なのである。
「なによ。だって忙しい時期に来たのよ? 収穫ついでに、ヒゲ茶の作り方を教える話をつけたのだから、フィアビリテも手伝えば早く終わるのよ。ほら、手を動かして」
「正論の暴力ですね!?」
「あ、ここも良いわねぇ」
冬の飼料、食料が村のメインの産業だが、夏の特産として近くの町で売買していた。その朝の出荷に間に合わせるべく、フルールははりきっている。
「――そうそう、この皮を向いてね。綺麗なヒゲだけを集めてね。外側のヒゲは混ぜたらダメよ」
出荷作業を終えたフルールは、その足で次の作業場へ向かう。販売に向かない不良のとうもろこし、その皮剥きをする子どもたちにヒゲの回収を教えに来たのだ。
彼らは以前木札で遊んだ子たちよりも年齢が高く、日頃から村の労働力として過ごしている。
「お姉さん、村の人じゃないのにすごいね」
「変なの、偉い人は皆、見てるだけなんだよ?」
「あっ、バカ! すみません、コイツまだ分かってなくて」
「良いの、良いの。余所者なのは本当だもの」
子どもたちと一緒になって地面へ屈み、フルールは会話に混ざる。
「こんな捨てるところ、取っておいてどうするの?」
「お茶になるの、身体に良いのよ。むくみとりとか、今の時期の夏負けとかね。ノンカフェインだし、とうもろこしが嫌いじゃないなら美味しいわよ」
皮を剥ぎ、プチプチと、金色やうす茶、緑ぽい綺麗なヒゲを取ってはそれぞれの部位ごとに集めていく。
「のん……?」
「小さい子から大人まで皆、気兼ねなく飲めるってこと。まぁ、どんなものも飲み過ぎは気をつけないといけないけどねぇ」
――水中毒とか、電解水バランスとか、カリウムとか。
何事も適量に勝るものはない。前世、水だけ飲んでおけば、と外回りで忙しくしていた時、塩分不足で体調不良になったことは我ながら呆れた話だ。
「……日本人の塩取りすぎ問題、どこ行ったのよ」
「お姉さん何か言った?」
「なんでもないわよ?」
ボソリと口に出してしまい、フルールは笑って誤魔化す。
塩分を気にしすぎて逆に足りない説。まさかと思って塩を舐めれば、しょっぱく感じる前に甘くて美味しいと思ったのは、後にも先にもあの時だけ。今は遠い、苦い過去の一つだ。
「皆も、日頃からお手伝いしてるだけあって、とても上手ね。偉いわ」
「やらなきゃ飯抜きだからなー」
「そうそう、怒られるしねぇ」
「良いよね、小さい子。働かなくていいもん」
子どもたちはそれぞれ言い合っては笑っている。先日の夕食会よりもほのぼのとしていて、フルールは微笑ましく見ていた。
「それでも偉いわよ。ちゃんと自分を褒めてあげてね。特に、ご飯が美味しいって感じる時は、それだけたくさん働いてお腹が空いた証拠だから、良いことなのよ」
「偉い人は皆、難しいこと言うね」
「そうねぇ、難しいことばかり習うからかしら? でも、自分は凄いんだ、偉いんだって思うことに身分は関係ないわ。後ろ暗い考えは、それだけで人生楽しくないもの」
「お姉さん、楽しくないの?」
「楽しいわよ? 私が楽しく過ごすためには、皆の笑顔も必要なの。だから元気に育ってね」
「なんだー。やっぱり難しいよぉ」
手伝いの中で、一番小さい子がぼやきながら手を動かしていた。その不慣れな手つきから、昨年までは遊んでいた年齢なのだろうと推察出来る。
「そうねぇ、難しいわねぇ。学が学べる環境整備も出来たら良いのだけどねぇ」
どうせなら、前世日本に近い環境にフルールは持っていきたかった。
ただ、知識のない分野を闇雲に広げるわけにはいかない。発言には責任が伴い、失敗が許されない立場にあったからだ。
「皆も私も一つ、一つ丁寧にしていきましょうね」
フルールは己に言い聞かせるように、そう言ってしばらく作業を一緒にして過ごした。
前世から培ったものを惜しみなく使って目指すのは、見下してきた人へ見返すための美の追求と悠々自適な老後だ。
――その為には、見て見ぬふりじゃなくて可能な限り良くしていかないと。
いくら外見が綺麗に保てても、利己的な人間になってしまえば心は醜くなってしまう。
それは、フルールの求める美ではなかった。
「――さて、本当は軽く洗ってパリパリに自然乾燥が良いんだけど。今回はヒゲ茶を紹介しなきゃだから、軽く炒って焙煎しちゃって。数分煮出して試飲といこうかしら?」




