第9話 とうもろこしで売られた喧嘩は、ヒゲで返します
「少し早いですが、早摘みのとうもろこしになります」
招待された村長の家、通された広い部屋でフルールの向かいに村長が座る、その隣を村長の妻が。サイドにはそれぞれ、村の重鎮たちが座っている。
「お嬢様には、少々難しいメニューがこれから出るかもしれませんね、すみません。村の良さはやはり、名物メニューをお出ししたくて」
フルールの前に出された料理は、焼きとうもろこし丸々一本である。ぷっくりとした黄色い粒のてっぺん、少し表面が焦げていい焼き色がついている。香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、食欲をそそられた。
「――奥様」
後ろに控えたフィアビリテが、その焼きとうもろこしの粒を摘まんで一口、パクリと食べると伺うようにフルールを見る。
「お嬢様、芯からお外し致しましょうか?」
村長の家を訪れた時から今に至るまで、チクチクと探るような会話をフルールは持ちかけられていた。
――夏祭りでよくかぶりついたわね。
「いいえ、結構よ。いただくわね」
「――っ!」
フルールは澄ました顔で、焼きとうもろこしを躊躇いなく手に取ると、ガブリと齧って食べる。
ザワリと、村人の驚く空気を肌で感じた。
「……ん、瑞々しくて甘いわね。美味しいとうもろこしだわ。粒も大きく揃って綺麗だし、受粉も丁寧で大切に育ててるのが分かるわ」
「……ずいぶんと、お詳しいのですね?」
「むぐ、……まぁ育てたこともあるからね。不揃いなのも作ったわよ?
ヒゲのベトベトにまんべんなくって、プランターで気軽にするものじゃないわ。ここみたいな広大な畑でするものよ」
「ぶふ……」
モグモグと焼きとうもろこしを咀嚼しながらフルールが答えると、唖然とする村人。
対照的に後ろでは、フィアビリテが肩を震わせていた。そこまでおかしなことを、言っただろうか。
――演技、もうお仕舞いなのね。
後ろを目で軽く振り返り、フルールはじとっと見つめた。当たり障りのないやり取りの間、フィアビリテはずっと毒味と護衛役として、言葉少なく黙って控えていたのだ。
「あら皆様。こちらにお気遣いなく、温かいうちにお食べになってくださいな」
モグモグモグモグ……。
フルールは言うが早いか、普通に食べることに集中し始めた。一本丸々となれば、温かいうちに、はふはふと食べきってしまいたい。
――普通に美味しいし。
とうもろこしは収穫後すぐに鮮度が落ちていく、調理は早ければ早い方がいい。
採れたてだろう焼きとうもろこしは農家ならではで、文句無しに美味だった。
「……お粗末様でした、次は何かしら?」
そんなフルールを見て、ヒソヒソと交わされている会話におおよその検討はつくが、小鳥のさえずりだと気にもとめなかった。
汚れた手と口をナフキンで拭き取ると、にこりとフルールは微笑む。
「コーンのスープです」
「あら、ありがとう」
おずおずと女性によって運ばれてきた次の品は、刻んだ野菜が顔を覗かせたクリーム色のスープだ。
音も立てずにスープを口へ運べば、まろやかで優しい香りがする。柔らかく煮た野菜がほろほろと口内で崩れた。
――うん。いい味ね。
その後も二品ほど運ばれてきて、フルールはどれも美味しくいただいた。最初からテーブルにのっているパンにも、手を伸ばして食べる。
フルールは食事を楽しむことなく、もっと腹の探り合いになるかと期待していたが、村人たちはフルールの様子を探るように窺っているだけだった。
――あれ?
食後に運ばれてきたベリー酒を見て首を傾げる。フィアビリテが軽く飲んだ後、フルールに問題ないと勧めてくれた。
それに苦笑しながら口をつけ飲み、フルールは全員に訊ねる。
「あの、とうもろこしのヒゲ茶はないのですか?」
「とうもろこしの……?」
「ヒゲ……?」
「だって、焼きとうもろこし、コーンスープ、パン生地にも練り込んでますね。チキンのソースへも甘味があって混ぜられていたわ。仰ったように、とうもろこしのメニューにこだわりを感じたの。
いろいろな方が居るみたいだけれど、この調理を担当した方は、とても丁寧にもてなそうとしてくれたみたいね」
フルールはテーブルを囲む二十人、その一人、一人、を見て話をする。
「そこまでこだわりがあるのなら、最後はベリー酒ではなく、とうもろこしのヒゲ茶が出てくるかと思ったの」
「ヒゲとは、あのヒゲですか?」
「ヒゲはヒゲでしょう? 先っぽの茶色いの」
村長が代表したように、フルールに訊ねる。フルールは手をとうもろこしに例え、先端を指差す。
「……ヒゲは食用ではないから、いつも皮と一緒に土にすきこんで……」
「あら、そうなの? なら今年は収穫したら乾燥させてお茶にしましょうよ。
少し癖はあるけれど、栄養もあるのだから捨てるなんてもったいないわ」
そう言って、フルールがふわりと微笑めば、後ろでフィアビリテが堪えかねたように吹き出した。
「いい! 奥様、やっぱそうでなくっちゃ。君たちもそろそろ本題に入ったらどう、食事が済んでしまったじゃない?」
「なに言ってるの? ずっと普通に話してたでしょう?」
――カスハラも、なんならセクハラもまだ全くなかったわよ。




