第8話 見て、知った、ならより良くするために使えるものは使わないと
夕方まで子どもたちと遊び倒し、砂にまみれたフルールたちは拠点に帰ってきた。先に戻ってきていたカームから、さまざまな香りが混ざっている石鹸の匂いがした。
軽く今日の報告会とフルールが考えていたら、カームによって忙しなく着替えさせられた。
「これ、ちょっと華美じゃない? よく持ってきてたわね」
カームはフルールの髪をドライシャンプーを使って梳かし、魔法を併用し軽く湯で洗うと簡易リンスをつけて流している。砂にまみれた肌は温タオルで拭いた。
魔法で髪を乾かすと、サイドを編み込んでのハーフアップにされる。
服装もラフな普段着から、レースを施した清楚なワンピースへ。首もとには小振りのネックレスが揺れていた。
「フルール、何言ってるの。今から何しに行くか言ってみて」
「夕食をご馳走になってくるわね」
アポ無し訪問だったので、もてなしを改めてしたいとすでに村長から言われていた。その夕食会が、これからある。
収穫を控えていて忙しいせいだろう、フルールは子どもたち以外と交流出来ていなかった。
「女性たちが言ってたから! 夕食会は戦場だからね?」
「初回訪問なんだから、歓迎されてないことくらい分かってるわよ。驚くことじゃないわ」
カームとの温度差の原因が分かって、フルールは笑って返す。
緊張していないと言えば嘘になるが、それでも前世と比べれば可愛いものだと、多少軽く考えているところがあるのは仕方ないだろう。
――バリキャリで一人暮らし、趣味はアロマと家庭菜園。今世では、そこの知識だけは有利だわ。
過労死するほどの激務に揉まれた我が身を振り替えれば、今はまさにスローライフで天職だ。
「奥様、肝すわりすぎ」
「あら、貴方まで身綺麗にしたの?」
着替えてきたフィアビリテは、来た時と同じ少しカッチリとした侍従服だ。
頭を洗ってきたのだろう。髪はかき上げ精悍な顔つきで、普段のチャラい感じが隠れていた。
「奥様が着飾るのに、付き人が砂だらけでくたびれてたら、おかしいでしょう?」
「私は気にしないけどね。村人が着飾っては来ないでしょうし」
「だからこそ見せとくの! もう、フルールったら!」
カームは留守番だが、フィアビリテは護衛としてついてくる。その為の装いらしい。
カームの主張に、フルールも新規営業の気持ちかと考えを切り替える。
頭のてっぺんから靴の先まで、身につける色や柄、装飾品など身なりには確かに気を遣ったものだ。
「で、カームはどうだったの? 手応えはあった?」
「とりあえず洗濯場で最初だから、こじんまりと慎ましく、高級石鹸をこれ見よがしに使ってきたよ」
ニッと笑ってカームが笑うので、フルールもつられて笑う。単にサンプルを配るより、はるかに効果的だ。
高級ということは、精油を混ぜたものなので、嗅ぎなれない香りによるテロ行為に等しい。
「それ、全然慎ましくないわね」
「えへへ。でも大成功。そこからはズルズルと沼に引き込んだよ~。お喋りに興じて、色々と聞けるしね。
何人かはその場で髪洗って簡易リンスもつけたんだけど、その内の一人に、この村の有力農家の奥さんもいたの」
「あらそれは幸運ね?」
思い出しながら話すカームは、とても楽しそうだ。良い時間を過ごしたのだろうとフルールは思う。
――それにしても、その場で何人もの髪を洗ったのね……。
フルールに似てきたのか、カームの行動力もなかなかのものだ。いったい洗い場にどれだけの小道具を持ち込んで、女の戦いに挑んだのだろうか。
「派閥があるみたいだったよ。えっとざっくりと、穏健派と革新派、利潤派だったかなぁ。
奥さんは革新派だよ、新しいのに抵抗はない感じで、貧困層にも寄り添ってる感じ」
穏健派は古くさい考えから現状維持、事なかれ主義などで、革新派は良くも悪くも変化を好んでいるらしい。利潤派は己の利益を重視し、格差に敏感だそうだ。
「へえ、それはとても面白いことになりそうね」
昨日、フルールは飛び入り商談をした。今は村の中で協議中だろう。余剰の購入も、内職も結果的に村が受け入れるしかないのは、おそらく誰もが分かってる。
問題はその内訳に当たるところだ。フルールは意思を曲げるつもりはないが、独裁では人がついてこないし、軋轢を生むだけだ。
「大丈夫です?」
「現場の裁量まで踏み込んでの交渉ごとは、確かに人生で一度も経験したことはないわね。でもだからこそ楽しまなきゃ、あの子たちの笑顔のために」
これまでやってきた商品開発や日々の暮らし、店舗での販売、これらは全て前世で齧ったからこそ大きな失敗はなかった。
肌感覚とでも言うのか、フルールに染み付いて覚えていたからだ。
「人に任せるところでもないしね。初めの第一歩だもの」
欲しいものリストや店舗の用意はルゼルヴェに投げた。それは単純に、彼の方が適任だったからだ。
なんだかんだ現状に甘えて好きに過ごしているフルールが、せめて侯爵夫人の座にいる間だけでも貢献しようと決めた領地の貧困層を掬い上げる慈善事業。
『ところで、ここには子どもは何人いるの? 他にも困ったことはない?』
『子どもは、全体で百二十人ほどでしょうか』
『ずいぶんと多いのね』
『はい、ここの村はとうもろこしが主産業になって、だいぶん過ごしやすくなりましたから。
……ただ、格差は仕方ないにしても、毎年十数人は儚くなるのが、私は寂しいですね』
この地域の冬はうっすら積もる程度の雪だから、まだ他よりもましだと言う。
他の農村より備蓄率も安定しているからなおさらだと、それでも村長は寂しそうに笑って話してくれた。
「私にしか出来ないから、頑張って基盤は作るわよ。その後は、その後に任せるけどね!」
ニッと、フルールは笑うと渇を入れるべく拳を握る。これをしたのは、もうずいぶんと前にのように思う。あの時は、新生活を頑張ろうと意気込んだのだ。
「行くわよ、えいえいおぉー!」
前世での気合いの入れ方。験を担ぐならこれだろう。なぜなら前世には、死活問題はそのまま取り上げられるべき社会問題だった。
――こんな、仕方ない。当たり前だから、で片付けていいはずがないわ。




