第4話 かき氷が食べたい
――怠い、暑い。なにかしら?
早めの昼食を食べた後からなんとなく熱っぽく、夏風邪でも引いたのだろうかとフルールは思った。
視線の先、幸いにもそばを流れる綺麗な川がある。冷やしたいなと考えて、ショートブーツに手をかけた。
「あれ、フルール何してるの?」
後片付けを任せたカームが、フルールに気づいて声をかけた。
「暑いから、ちょっと足だけ浸かろうかなぁと」
「これから!?」
この後、人前に出るのに水遊びなどと言いたいのだろう。カームの突っ込みも分からないでもない。
とうもろこし畑の視察に、コーンスターチの製造交渉まで視野にいれていた。
フィアビリテも二人のやり取りに気づいて、窺う眼差しを向けた。
「……ちょっと、だけよ?」
暑いと自覚したら、どんどん暑くなってくる。服を濡らさないように水の中に足を浸けるだけでも、冷たくて気持ち良さそうだ。
「奥様、暑いって?」
「まだ夏だもの、フィアビリテは暑くないの?」
隣に来たフィアビリテが、フルールに真面目な顔で訊ねた。彼はフルールの足元を見た後に、川向こうを指差した。
「暑いなら川に入る前に一度、魔法でこの辺りを冷やしても良いんじゃないですかね。ほら、あの辺りに氷か水をたくさん出してみませんか、きっと涼しいですよ?」
目線を合わせるよう腰を折ったのかフィアビリテの声が、耳の近くでよく聞こえた。
言われるがままフルールは、思いっきり氷を出した。
「――うわぁ」
民家くらいのサイズだろうか、太陽に照らされてキラキラと輝く氷塊が前方に浮かんでいた。
フィアビリテの間延びした声が、真横で聞こえる。
「……あれ?」
暑さが和らいで、目が覚めたように思考がハッキリしたフルールは、氷塊の大きさに驚いた。
さすがに、ズドンと落とせば色々と問題だろう。どうしようかと半ばパニックだ。
「あ、いや、こんなの出すつもりじゃなくてね? え、どうしましょう!?」
「あー。奥様、別にそのまま落としても良いですし、心配なら……そうですねぇ。水か雪に変えてみます?」
「変える!? えーと……」
「難しく考えなくていいですよ。塊が溶けたり、大きい塊を細かく小さくしていくのでいいんです」
慌てて声が裏返るフルールとは対照的に、フィアビリテはずいぶんと落ち着いていた。
大きな氷を細かくするイメージ、そう言われてフルールはぎゅっと目をつぶると、かき氷を思い浮かべる。
「――っ!」
「あ、お上手ですよー」
フィアビリテの明るい声がすると、ボフッと冷たい風が吹いた。目を開けると、粉雪が辺りに積もっている。フルールはホッとして身体の力が抜けたところを、フィアビリテに支えられた。
「体調はどうです? 少しは楽になりましたか? 店舗準備からここまで、忙しさにかまけて魔法をあまり使えてませんでしたねぇ。気づかずすみません」
「え、どういうこと?」
「ルゼルヴェから聞いてません? 魔力量が多いと溜め込みすぎると身体に良くないんですよ。ほら足元」
そう言ってフィアビリテが下を見るので、フルールも倣って下を見た。水に入ろうとショートブーツを脱いだ素足の周り、草が凍りつき、白い氷の地面に変わっていた。
「暑いって言ってたので、肌を通して願望が外に漏れて凍っちゃったみたいですねぇ。あのまま行ってたら、川ごと凍ってましたよ」
「さすがに……、それはないんじゃないかしら?」
目の前に出来た雪原を見て、フルールは認めたくないと否定する。それは、生活魔法の範囲を遥かに越えていた。
フィアビリテは、軽い口調で続ける。
「そんなことないですって、ルゼルヴェも小さい時は、部屋中よく凍らせてましたよ。あとはライトの加減が苦手で明るすぎて、目を潰したり。
奥様は後発魔力だろうって聞いてるので、たぶん生まれつき魔力過多の子どもと同じ感じでは?」
「……子ども」
とても複雑な心境をフルールがそのまま顔に出したら、フィアビリテに容赦なく笑われた。大変不本意である。
「火とか雷とか風を高出力で出さなければ、まぁ、可愛いものですって。とりあえず領地巡りの間、こういった少ない場所で発散していきましょうか。
大丈夫ですよ。地形改竄してもいい許可は、すでに貰ってるので」
「さらっと、怖いこと言わないでくれないかしら。人をそんな規格外みたいに……」
「えぇー。あんな大きいの出せて倒れてないんですから、魔法使いとして国にスカウトされるレベルですよ?」
「私、そういうの良いから。今で十分だから」
平凡貴族として生まれ育ったフルールが、事故をきっかけに前世の会社員時代を思い出した。
どちらの人生も、特筆するような才を持たずにいたのだ。急に変な方向へ持っていくのは止めて欲しい。
じとっとフルールが見れば、フィアビリテは肩をすくめて諦めたようだ。
「にしても綺麗な雪ね。シロップがあれば、美味しいかき氷になるのに……。というかここ、このままで良いのかしら?」
雪が溶けたら辺り一帯水浸しだ。フルールがそう懸念すると、カームがタオルを持って駆け寄ってきた。
「夏だし、すぐ溶けるよ。通り雨程度に思われて終わりだと思う」
「……なら、良かったわ」
丸く収まってないし、言いわけないのだが、これからは魔力を溜めすぎないように気をつけようとフルールは思うのだった。




