最終話 三日目も無事にやり遂げました!
書類仕事も片付けて、もうすぐ三日目も終わろうかというところ。
「本日、最終日ですー! 次は、一ヶ月後の出店になりますー。よろしくお願いしまーす!」
「えぇ? オープンしたばかりだろう。毎日開けるんじゃないのかい?」
「ここ販売だけなんですよ~。別のところで商品を作ってて、どうしてもこうならざるをえないというか……」
ちょうど買って出てきたお婆さんに訊ねられ、フルールは店頭で声出しの傍ら申し訳なさそうに謝罪する。
「そうかぁ、良かったらまた買おうと思ったんだけどねぇ」
「ありがとうございます。皆様から忘れられる前に、またお店開けに来ますね」
興味本位の客なら、ほとんどがこの三日に買っている。客足がこれからどんどん減っていくのは明白だった。
使用後のリピーターや噂が広まる時期を見計らって次回の出店時期を選んだ。
「よぉ、姉ちゃん。最終日だって?」
「……あら。冷やかしも、二度目は容赦しませんけれど? 今度は買いに来られたのですか?」
初日に来た迷惑行為の男が、フルールの目の前に再び現れた。その嘲笑う響きに、客ではないとフルールも険を滲ませる。
「また、お酒を呑まれたので? お酒を我慢すれば、そこの石鹸一つ買えるのですよ。仕事はされてないのですか?」
事実、一番安価な設定をした固形石鹸は、酒一杯と同程度。庶民でも買えるように、フルールが必死に計算をして、材料費が価格を超えないように合わせて作ったからだ。
「うっせぇ! 金持ちの道楽のくせによ。最終日なんだろ、売れ残ったやつを貰ってやろうって来たんだろうが!」
カッとなった男が、フルールの手首を掴み寄せ捻りあげた。ぐっと近づいた距離から、強い酒の臭いがする。
――嫌なことがあって酒に逃げるのは良い。それを周囲にまで持ち込んだらアウトなのよ。
この三日、否定的な意見もゼロではなかった。それはこの、生活に無くてはならないものではない商品を扱う上で、貧困層のやっかみを買っているからだった。
「離してくださる? 道楽大いに結構、元々は、私が綺麗になりたくて作り始めたものよ。人の思惑が絡む以上、タダになんてならないわ!
それにね、お金をいただくと言うことは、それに見合った責任も同時に商品として払ってるのよ。タダより怖いものなんてないの!」
毅然としてフルールが言い返せば、店内奥からガルドが駆けつけ、男とフルールの間に入った。
「遅くなった」
「良いの、奥に居てって頼んだの、私だから」
フルールが客寄せで表に出る時、ガルドやフィアビリテまで出てくると、物々しくて客足が遠のくからと事前に取り決めていたのだ。
「羨んで僻んで、それで腹が膨れるの? 無い物ねだりして満たされるの? 不満を抱えたところで、一銭の得にもならないわ。それに、あなただけじゃない。
さあ、ここにいる皆様、よく聞いて。是非とも広めてもらって結構よ!」
フルールは息を吸い込むとお腹に力をいれて、大音量で宣言する。
「私はサントュール侯爵が妻、フルール! この領地でハンドメイドコスメを目玉に、その日の夕飯の心配すらしなくて済むようにするわ!
仕事が無い者には、すべからく職を与えます。偽善者大いに結構!
次回開店までに領地巡りをして、人の雇用を促すわ。これが私の、侯爵夫人としての慈善事業です!」
「なんだよそれ、そんな都合のいい話……」
「……注目集めて、影で人を売るんじゃないのか」
「少ない稼ぎでこき使って、終わりだよ。酒一杯と同じ商品だなんて、売り上げになるかよ」
フルールの声で足を止めた人たちに、ざわざわとした困惑の色が見える。それでも堂々と胸を張った。ここまで来たら、もう意地の見せ所だ。
「……貴方が第一号よ。仕事がないなら、私に雇われなさい? ああ、仕事があるなら空き時間だけでも良いのよ」
「誰が……!」
フルールが手を差し出して明るく笑えば、男は罰が悪そうにそっぽを向いた。
その喜劇のような一連のやり取りに、周囲の人間はなにも言えない。反応に困っているのがよく分かる。フルールが裕福な身分とは察しても、貴族とまでは思っていなかっただろう。
――この三日。旦那様の評判が良くても、前侯爵夫妻の話を聞いてないものね。
知名度もそうだ。侯爵夫人と名乗りを上げても領民が懐疑的なのは、前夫人がろくでもなかったことの証明だとフルールは思った。
――まぁ、一度しか会ってなくても、私も酷い人って思ったわ。
この親にしてこの子ありと、よく言ったものだと領地の邸を訪れた際、本当に感じたのだから仕方がない。
「――その手を取らなければ、暴行罪で兵に突き出すことになるが、よく考えて返事をしろ」
「あらまぁ。旦那様」
通りから侍従を連れて、ルゼルヴェが歩いてきた。いつもよりしっかりとした服を着ていて、髪もかき上げている。貴族と一目で分かる出で立ちだ。
「侯爵様だ!」
「え、じゃあ本当に……夫人?」
「領主様!」
以前も思ったが、ルゼルヴェの顔が割れているからだろう、あっという間に人々の反応が変わる。目の前の男はルゼルヴェを見て腰を抜かしていた。
「お知らせはしてませんでしたのに、何しにこちらへ?」
「最終日なのだから、出資者として見に来ても良いだろう? 調べればすぐに分かることなのだから――で、男。どうするんだ?」
フルールが形式的に訊ねれば、ルゼルヴェもサラリと返した。座り込んだ男の方へ視線を投げると、冷え冷えと言い放つ。
「ひっ!」
「虐めないで下さいませんか。スカウトしてるのですから」
「……君は、本当に雇うつもりなのか」
「あら、どうせいつものように最初から見ていたのではないですか? 先ほどの啖呵は聞こえてましたでしょう?
私に二言はありませんわ。どんな者でも雇います」
胸に手を当てて、フルールはニヤリと笑って宣言する。ルゼルヴェはため息をつくと、周囲へと視線を向けた。
「彼女は私の妻だ。皆、これからよろしく頼むぞ」
ルゼルヴェの一言に、人々から一気にお祝いムードの歓声が上がる。フルールはそれに内心呆れた。
三日間で勝てるとは思わないが、ルゼルヴェはやはり、領民からかなり慕われているらしい。
「はい、ということでオジ様? これからよろしくお願いいたしますわ。不満を言う暇も与えませんから、安心して下さいませ」
フルールは膝を折って、男に目線を合わせると有無を言わさぬ顔で微笑んだのだった。
男はそれに顔をくしゃくしゃに歪め俯くと、小さく嗚咽を漏らした――。




