第55話 重い手紙と、これからの方針が決まりました
「フィアビリテ、この封蝋。見覚えある?」
「……あー。やんごとなき尊い御方ですね。やっぱりそうでしたか」
個室の片付けがてら、手の空いた彼に聞けばそう返される。
フルールは現実逃避したい気持ちを抑えて、頭の中でスケジュールを計算する。
「私、二階の部屋に居るから、何かあったらベルで呼んでくれる?」 (居てるは関西限定の方言で、物語から急に現実に引き戻されるので使わない方が良いです)
「大丈夫ですよ。何もありませんって」
武を嗜んでる男二人、一人は貴族教育を見て育ったフィアビリテ。もう一人は無口な分、警備として存在感を放っているガルド。
さらに、女とはいえ平民で逞しいカーム、何かある方がおかしいかと、フルールは思い直した。
フルールを呼ぶとなれば、先程のような貴族相手だろう。トラブル如きで主で夫人を呼ぶようなことを、おそらく彼らは選ばない。
「分かった。じゃあ任せるわね」
初日は宣伝と真新しさで、客足は途絶えることはなかった。二日目は客寄せをしたものの、初日ほど混んではいない。
最終日は在庫を減らす意味でも、アピールをして売れるものは売るつもりなのだ。
――今のうちに報告書と、次回開店日くらいは決めたいわね。
残った商品は皆で使えるため、今回の出店はやったこと自体に意味がある。
絶妙なタイミングで次を開くのが、プレミア感としては良いだろう。
「人の噂も七十五日……」
呟きながら階段を上り、部屋の扉を閉めるとそのまま手紙を切った。
嫌なことは、先に片付けてしまうに限る。
中身の一つは、ルゼルヴェから提案された新年の宴への招待状だった。完全に逃げ道が塞がれたなと、フルールは手紙を持つ手に力がこもる。
――王太子妃様と旦那様と、繋がってるのかしら?
もう一つは、便箋に綺麗な字が綴られており、白粉への感謝と、定期的なスキンケアの購入打診だ。何が欲しいかまで書かれているのは、明確なリクエストに感じられる。
「……ちょ、これはっ!」
読み進めた先の文章に、フルールは思わず吹き出した。
『女性にとって美は必須なのに、夫がなかなか会わせてくれないし、やっと会えても、サントゥール侯爵は堅物で面白味がないわ。
殿方に任せていてはいつまでも正規で夫人に会うのは難しそうだから、来ちゃった。
お詫びに、先日サントゥール侯爵には巷で流行りの恋愛模様の物語を贈っておいたから、楽しみにしていて』
メイド服に質素な馬車で来た王太子妃は、くせ者だろうと思っていたが、とてもユーモアある貴婦人のようだ。
ルゼルヴェが恋愛小説を読んでいるところを想像して、フルールは机を叩いて悶える。
――本当に読んでたら、似合わない!!
笑いの波が落ち着いたところで、手紙を元に戻して引き出しに保管する。
代わりに、フルールは新しい便箋を取り出した。
「巷で流行りの……、カーム辺りに聞いてみようかしら?」
報告書を書こうとして、また思い出してフルールはにやけてしまう。これでは仕事にならないではないか。
――まぁ、そう笑っても居られないわね。
緩急の激しさは、そのまま彼女の人となりだろうとは思う。手紙の最後には、さらにこうも書かれていたからだ。
『良くも悪くも注目を浴びているわ。侯爵の死角に気をつけなさい』
王太子妃はルゼルヴェの有能さを理解したいるのだろう。その上であえて死角、と書いたならば、その意図は……。
「対人関係以外は、怖いくらい有能だものね。旦那様」
見つめた先の白紙の紙は、これからの先の縮図のようだ。うんうんと頷いて、フルールはペンを手に取る。
せっかく忠告をいただいても、ずっと気をつけ続けることはフルールには無理。貴族の前に、前世一般人の気質が抜けないのだから仕方がないだろう。
「なら、いっそスローライフの旅に出ましょう」
決まっている予定は、来年にある新年の宴のみ。店舗に関しては、完全にフルールの裁量だ。
商品の拡充のためにも、領民のためにも、実際に見て回りたい。フィアビリテには視察と言われたが、かしこまられるより気ままな旅の方がずっといい。
――エルヴァージュ、だったかしら。先ずは酪農と飼料の地を目指す?
便箋に、昨日の天気、売り上げ、客層、大まかな来店人数などを書きながら、フルールは未来へと思いを馳せた。
思ってた貴族の結婚とも暮らしともかけ離れている。
あの初夜からも、嬉々として出てきたわりには縁の切れないルゼルヴェが居て、使用人がいる生活をしている。
「でも、やりたかったハンドメイドコスメで、とりあえず美しくはなれたわ」
粗雑な品で肌荒れもしていたし、気鬱な日々は人生がモノクロだった。
領地の端っこの家から眺めた町の景色は、とても彩りに溢れていた。
「綺麗になったよとか、美味しいとか、感想貰うとまんざらでもないのよね」
侯爵夫人の肩書きはあるけれど、土を掘っても、うどんを捏ねても、誰にも怒られない。人生で感謝されることが増えた。
思い描いた生活ではないが、フルールはそこそこ幸せを感じていた。




