第54話 珍客まで来てしまいました。とりあえずシュガースクラブオススメしましょう
目の前に一台の馬車が停まる。そこから降りてきたのは、一人のメイドだった。
偶然通りかかったにしては出来すぎていると、フルールは警戒する。
――家紋無し、身なりよし、所作よしかぁ。探られてたのかしら。
フルールは冷静にチェックをして、周りの子どもたちへしゃがんで視線を合わせると、申し訳なさそうに謝罪する。
「はい、今日はこれでおしまい。また今度、遊ぼうね」
「えー。約束だよー?」
「絶対だからね!」
不満を垂れる子どもたちの頭を撫でると、フルールはメイドへと向き直る。
微笑を浮かべる彼女は、落ち着ついていて堂々としていた。気品が隠しきれていない。
「悪いことをしてしまいましたね、よろしいのですか?」
「もちろんです。いらっしゃいませ、お客様。どうぞこちらへ、ご用件をお伺いいたしますわ」
店内奥へと誘導して、ガルドに表の什器の片付けを目配せする。
カームとフィアビリテが数人相手にしているのを横目に、フルールはメイドへと店の説明をした。
「手前に、当店の目玉である安価な固形石鹸を置いています。庶民でも使えるようにと価格と品質を揃えてありますわ。サイドにはそれぞれ、髪、身体に使える物を数種類。
こちら奥に、高品質の物を一揃え置かせていただいてます。個室のご案内も出来ますがいかがいたしましょう?」
「一介のメイドに、ずいぶんともてなしをしてくれるのですね」
「お客様への相応の対応をしているまででございます。私の方こそ、ずいぶんと身に余る栄誉をいただいてるようで。恐れ入ります」
見つめ合った後、お互いにくすりと笑い、どちらからともなく少し態度が軟化する。メイドの方が、先に口調を崩した。
「個室へ案内してくれるかしら」
「こちらです」
フルールは案内する傍ら、フィアビリテと目が合った。物言いたげな目だったが、ひとつ頷き返して視線を外した。
一階の半個室は、ひとつの窓にソファとローテーブルを置いて圧迫感がない程度の広さだ。
壁際奥の棚に、簡易だがティーセットも置いてある。
――さっそく使うことになるとはねぇ。
「毒味が必要でしょうか? 行者をお呼びになりますか?」
馬車の中は分からなかったが、馬を操る行者は居る。彼女側の人間を呼ぶべきだろうかと、フルールは提案した。
「結構よ。サントュール侯爵夫人。今の私は、ただの使いですから。貴女もお座りになっては?」
「では、お言葉に甘えまして。毒味もかねて、先に口をつけさせていただきますわ」
メイドの前にカップを、中央にクッキーをローテーブルにそれぞれ並べた。
「サントュール侯爵も頭が固いのだけど、貴女も融通が利かなさそうね?」
「……お褒めに預かり光栄にございます」
「メイドに畏まらないで欲しいわ。私は本当に、お礼を頼まれているだけですもの」
遠回しな言い方をしたメイドが、カップを持ち優雅に茶を飲んだ。フルールはそれに微笑を返す。
――会ったこと無いけど、絶対王太子妃殿下でしょ!
フルールの中ではもはや消去法だった。公爵家の令嬢は一人、ルゼルヴェ曰く伏せっていると聞いた。
庶民の店へ身分を偽り平然としてくるご仁など、身分がフルールに釣り合うかそれ以上の人物だった。
――そりゃ、王族に使えるメイドの可能性もあったけど、態度が違うでしょ、態度が。
フルールに礼儀を尽くそうとする時点で、メイドな訳がないと確信していた。さらに決定打は、ルゼルヴェに敬称をつけなかったことだ。
王太子が会いたがっているとはルゼルヴェが以前溢していたが、まさか向こうから来るとは思わないではないか。
「お礼だなんて、覚えがありませんわ」
「そうかしら? 白粉の危険性を説いた、やり手の夫人だと聞いているわよ」
「それこそ、過分な評価でございます」
駆け引きなんてしたくない、商談ならさっさとまとめたい。でも目の前に居るのは、フルールが主導を握るわけにはいかない相手だった。笑顔の裏で、フルールは苦悩していた。
――さすがに、許可くらいもらって来てるわよね!?
サントュール領と王都は、急いでも日が掛かる。王太子妃が気軽に来て良いわけがない。
やはり発言を控えて、知らなかったでやり過ごそうとフルールは決めた。
「もう、つれないわね。そういうことにしておきましょうか。では貴女に、これを」
メイドから差し出された封筒に、フルールは黙って受け取った。封蝋だけで何かを判別出来る知識は持ち合わせていない。
「それから、おすすめを幾つか見繕っていただける?」
「それは構いませんが、日持ちする物に限りますので、ご満足いただけるかどうかは……」
「心配いらないわ。帰りに使いきってしまえば良いのでしょう?」
さすがに渡す相手と王都となると、品質が不安でフルールはそのままを口にする。メイドは、それにも寛容に笑ってくれた。
観念したフルールは日持ちのする固形石鹸の他、幾つかの商品を持ってくる。
「一部の物はすでにご存知かと思いますのでこちらを、新商品でシュガースクラブです。
オリーブオイルのさっぱりとした物と蜂蜜のしっとりした物とを、ご用意させていただきました」
白粉の話の延長で、ルゼルヴェがドライシャンプーや固形石鹸などを王城に献上したのは知っている。目新しいものと用意していて良かったとフルールは胸を撫で下ろす。
「使い方は濡れた肌に、適量取っていただいて、優しく撫でて馴染ませた後、すすぐだけで大丈夫です。古い角質がとれて、お肌が綺麗になります」
個室にあらかじめ置いてある備品を用意し、フルールの手を使って目の前でデモンストレーションをする。
砂糖と蜂蜜またはオリーブオイルを、一対一で混ぜわあせて作った。砂糖と蜂蜜は現世では高級品で、ルゼルヴェを使って取り寄せた物になる。
――うーん、蜂蜜。やっぱり養蜂出来たら安上がりなのよねぇ。
「使い方は簡単なのですね」
「はい。それから――」
カタリと立ち上がって、フルールはひと声掛けてからメイドの耳元へ口を寄せる。内緒話のように声を潜めた。
「唇に使っていただきますと、柔らかくなりますので殿方が喜ばれるかと」
王太子夫妻が仲睦まじいのは国民の知るところだ。フルールは、ちょっとした意趣返しでそう伝えた。
ポッと顔を赤らめたメイドに、スクラブは毎日使うものではないことを注意を促す。
最後に好みの香りなどを聞き取って商品を選ぶと、それらを馬車に積み込んだ。
表でしばらくの間頭を下げ、フルールは一行を見送った。
「奥様、大丈夫でしたか?」
「さすがに予想外過ぎて、心臓に悪いわ」
馬車が見えなくなってから、フィアビリテがフルールの横へ並び気遣った。
それに肩の荷をおろすように、フルールは答えた。




