第51話 開店準備で、サンプル配り!
「これ、手洗いの時にでも良かったらお使いください」
店舗への搬入をガルドとフィアビリテに任せて、フルールは籠にいれた数回分の小さな石鹸を、カームと共に配っていた。
「本当に良いの? もらっても?」
「はい。売り物の石鹸は、もう少し大きいんです。こちらは小さいので、明後日オープンに向けて、皆様に配らせてもらってます」
手のひらに乗せた小さな石鹸を差し出し、にこりと営業スマイルをフルールはが向けて伝えれば、通行人に受け取ってもらえた。
――搬入は目立つからね。しっかりと宣伝に使わなきゃ。
前世ではティッシュ配りとしてお馴染みだったが、ここではそんなものはない。せいぜいが購入時のオマケなどで、無料で配るなどあり得なかった。
だからこそフルールは、製造時に出る見た目の悪い石鹸を、さらに切り分けしてサンプルとして配っている。
「皆、もらってくれて良いですね~」
「香りが良いからね」
手仕事禁止で暇だったフルールは、ルゼルヴェが購入した蒸留装置を使い倒していた。
植物から精油を作っては、商品へと活かし始めたのだ。小さなサイズの石鹸だが、見た目以上にしっかりとした香りを放つため興味を引くので十分だった。
――そりゃあ、これは貴族向けの物だから、皆興味をそそられるわ。
暮らし始め作ったラベンダーを混ぜただけの石鹸を庶民向け、材料調達が出来る精油を少量使ったものを裕福層向け、材料費がかかる物を貴族向けと種類分けに成功した。
「さあ、たくさんあるけど、配りきってしまいましょう。カーム、欲しがる人にもあげて良いからね」
貴族向けのサンプルが無くなったら、次は裕福層のサンプルを配る。ここが明後日オープンの石鹸屋として周知が出来れば、目的としてはそれで良い。
「明後日オープンです~。ただ今、石鹸を配ってます~。もらってください~!」
フルールはお腹から声を出すように意識して、遠くの人の耳にも届くようにする。服装は庶民だが、ハーフアップにした艶やかな髪をなびかせて人々の目に付くようにした。
「手にも髪にも使える石鹸です~。明後日、販売しますよ~」
怪しいと思い受け取らない人もいたが、人が人を呼び、いつしか賑わいを見せて後半はわざわざ貰いに来る人も現れた。
「久しぶりだな、嬢ちゃん。商売でも始めんのかぁ?」
「ええ、石鹸とか売るの。良かったら、これどうぞ」
中には数人、以前訪れたフルールを覚えていて声を掛けてくれた者もいた。
彼らはルゼルヴェの出自も知ってるため、フルールが怪しい商売を始めるわけではないと、もしかしたら宣伝として触れ回ってくれたのかもしれない。
◇◆◇◆◇◆◇
「こっちが石鹸、こっちに簡易リンスを並べてね」
無事に配り終えたフルールとカームは店内に入り、皆で陳列作業に移る。
町の子どもたち数人に字を教えて書かせた木札を、目印になるように置いていく。
「子どもの字って味がありますね。なんか目につくと言うか」
「ふふ。カームの字も魅力的よ。皆が一生懸命に書いたから、思いがこもってるんじゃない?」
商品の名前と説明が書かれた木札をそれぞれ見比べて、フルールは笑う。カームは少し気恥ずかしそうにしていた。
字が書けない平民出のカームも子どもたちと習い、説明文を書いたのだ。
――前世でも、ポップは手書きの方が目を惹くって言われてたからねぇ。
整いすぎた字は、綺麗だなで流してしまう。少し癖のある方が、心には響くのだ。
貴族は幼い頃から叩き込まれるために、誰でも読める字が書ける。フルールではこうは書けなかった。
「ガルドも習えばー?」
「フルールの暇が出来たらな」
フィアビリテがからかうのを、ガルドは涼しい顔で流すと箱から大きな石鹸を出した。
フルールが教えるのを護衛としてずっと側で見ていた彼は、生徒が増えたら大変だろうと誘いを断ったのだ。
「フルール、これは?」
「それはディスプレイ用だから、入り口の近く、そこの台へ置いてくれる?」
売り物は全て、仕切り付きで作りサイズを均等にしていた。
今は切り売りの予定はないのだが、インパクト重視で、昔使っていた仕切り無しの木枠を使い大きい石鹸を数個作っていた。見た目と香りでの集客目的だった。
「カーム、お会計の場所の横に、貴族、裕福層向けのコーナーを作るわ。フィアビリテと一緒に並べてみてくれる?」
「はーい」
ラッピングされた品々をカームに手渡すと、良い返事が返ってきた。それにニヤニヤとしたフィアビリテが声をかける。
「カーム、手が届かないところはやるから無理しないでねぇ。落としたら大変だもん」
「落とさないったら!」
「落としてもサンプルに作り変えるから、別に良いわよ?」
「奥様、甘やかしたらダメですよ~」
和気あいあいとした雰囲気で、店内が仕上がっていく。
それぞれの動きを視界にいれて、フルールはふうと息をついた。
新店舗らしい、室内に漂っていた真新しい木の良い香りに、商品の精油を始めとした香りが混ざって不思議な匂いへと変わっていく。
「本当にお店になっちゃったわねぇ」
しみじみと実感が湧いてきて、呆れとも関心ともつかない呟きがポロリと溢れた。
結婚をした時には到底、考えられなかった光景だった。
――貴族の道楽、慈善事業だと笑われて終わらせたりはしないわ。
成り行きも大きかったが、やるからにはやり遂げて見せるだけだ。
下に見て嘲笑われるのは、前世も今もフルールには耐えられない。




