第50話 結論、どちらも気まずい
「これ、どういう状況?」
フィアビリテが表から皿を幾つも抱えて、食堂へとやって来た。
椅子に座ったルゼルヴェと目が合うなり、首を傾げる。女将は向かいで、お茶を飲んでいた。
「カームを迎えに行くんじゃなかったのか」
ルゼルヴェの方も、訝しげに問いかけた。
フィアビリテはそのまま、調理場の方へ皿を片付けに行きながら話す。
「これから行くところですよ。炊き出しの片付けと、不出来な主がやらかしてないか気がかりだったのと、奥様へ賄いの感想を――と思ったのだけど、寝てる?」
「……なら、ちょうど良い。代われ」
「えぇ?」
「女将、部屋を借りるぞ」
「ルヴェ坊とビリーの部屋だ、好きにしな」
ルゼルヴェはフルールを抱き上げ立ち上がると、二階へと歩き出した。
ベッドのある部屋に入ると、そのままフルールを寝かせる。
「手を怪我している。薬は塗ってあるが、範囲が狭くとも見た目が酷い。本人には見せるな。お前に任せる」
領都に立ち寄った際に、泊まる部屋ということもあり、慣れた様子でルゼルヴェは戸棚を開ける。自分の分の衣服を取り出し、着替え始めた。
「ルゼルヴェも、それ、怪我しているのか?」
「こんなもの、怪我のうちに入るか」
女将に半ば無理やり巻かれた包帯を取り外し、手袋へと切り替える。ルゼルヴェの所々赤黒く染まった手に、フィアビリテが目ざとく気づき指摘した。
「いやいや、なに言ってんの。この人は」
「気になるなら、女将から聞け。カームを連れてきたら、私は予定通りそのまま王都へ戻る」
馬に乗るための装備へと切り替えて、ルゼルヴェが告げる。
フィアビリテはそれを、ふーんと意味ありげな顔で眺めていた。
「……で、本音は?」
「彼女の邪魔になる。私が居ては、今日を思い出すだろうが」
「うわ、逃げたな」
「なんとでも言え、私の手が治るまでは会わん」
「本当に、なにしたのこの人。女将が追い出してないから、バカなことしてないと思いたいのに、なんだろう……やらかしてる気がするぞ」
「ビリー? どうせなら無駄口叩かず報告でもしてろ」
ルゼルヴェのルヴェ坊と同じく、ここでのフィアビリテのあだ名を呼べば、彼は肩をすくめて報告をする。
「ビリーって言わないでください。俺みたいなのと同列とか、世のビリーさんに失礼だから。だいたい、ルゼルヴェの発音が悪くてこうなったのに。
っと、馬車の方は死者は出てませんでした。怪我人はいますが、重傷者も幸いいません。
軒先の店が何件か被害が出てますけど、馬の暴走を思えば軽微な方ですよ」
茶化しを入れたフィアビリテに、ギロリとルゼルヴェが睨んだ。わざとらしく手を口に当てた彼は、真面目に報告をし始めた。
「民の死活問題に発展しないよう、補償を申請しておけ、どうせ暇だろう? 代官と良いように処理しろ。報告書で確認する」
「はーい。いってらっしゃい。あ、小皿の賄い、新食感で、旨かったんですよ~。要らないなら食べて良いですか?」
一階の置いてあったフルールの料理について、フィアビリテが触れる。
部屋を出る前に一度振り返り、ルゼルヴェは目を細めて言った。
「……あれは私の分だ」
◇◆◇◆◇◆◇
あの騒動から数日後、フルールは自宅に帰ってきて、開店準備に向けた製品作りをしていた。と言っても怪我をしているので、もっぱら指示出しだった。先ず作業をさせてもらえないのだ。
「うぅ……。次、どんな顔して会えば良いのよ」
「もう、フルールは手当ての度に、そればっかりね」
やることが無いと、ついつい思い出してしまう。フルールがうめくと、カームが後ろで呆れていた。すっかり手当ての際の目隠し要員となっていた。
「まぁ、奥様。しれっといつものようにで良いと思いますよ」
フルールの傷の状態をまじまじと観察した後、フィアビリテは塗り薬を厚めに塗布している。
――無理じゃないかしら、あんな醜態を晒しておいて。
フルールの目が覚めた時には、ルゼルヴェはもう居なかった。
それを良かったと思うべきなのか、弁明の機会を失ったと嘆くべきなのか、心中複雑だった。
「しれっとって……」
次に会った時が素直に怖い。今までマウントを取ってきて、対等もしくは優位に立つよう意識してきたのだ。それを子どものように泣いてしまっては、全て水の泡と言ってもいい。
「これも毎回、言ってますけど。当分会う予定もないですし、開店準備で忙しくなりますよね。
次に会うとしたら、開店してからくらいでは?」
はいおしまいと、どちらからともなくフルールは手と目を解放された。毎度、毎度ここまでしなくていいと言うのに、二人は治るまで見せない、触らせないの一点張りだった。
にっこりと笑うフィアビリテは、さらに何か色々と筒抜けになっていそうで面白くない。
――いいわ。こうなったら業績を出せば良いのよ! ぐうの音も出ないやつを!
再会した時の話題を反らそうと、フルールは決意する。その後、フィアビリテの言うように商業ギルドからの納品報告も次々と上がり、忙しさが重なった。
フルールはヤケクソ気味に、ルゼルヴェとの関係を忘れるよう準備に没頭していくのだった。




