第45話 商業ギルドは、前世を彷彿とさせました
ルゼルヴェと二人で訪れた商業ギルド、そこは行き交う人で溢れ、各窓口では話し合いが行われている。
フルールは前世の役所や職業斡旋所を思い出して、既視感を感じていた。役割を考えると、どこも似たり寄ったりしてくるのだろうか。
「君の場合は、これだな」
「……依頼書?」
入ってすぐ横の作業台にある用紙を手に取ったルゼルヴェが、フルールへと渡してくれる。
「内装の壁紙などはこちらで請け負う。什器やその他、オーダーメイドを予定しているものを種類ごとにそれぞれ用紙に記入するといい。
終わったら、受付。その後は、あそこの依頼掲示板に貼り出される」
「なるほど?」
ギルドの案内がてら、ルゼルヴェが簡単に説明する。最後の掲示板には、昼下がりだからだろうか、まばらに貼られた紙があった。
近くで見てみると、香辛料の納品依頼、薬の原料の採取依頼、フルールと同じ製造依頼で荷馬車作成、小物の修理など多岐にわたってあった。
「報酬は、決まりがないのですね」
「相場はあるが、安い高いは場合によるな。今回は金額を少し吊り上げて、競売にかける形がいい。君の納得の行くものが出来れば、次回からはそこを取引相手にすれば良いだろう」
紹介や贔屓よりも、実力ある者を拾い上げ召し抱えるのにも良いとルゼルヴェに言われた。
渡された用紙には、依頼者と記入日、報酬、締切、依頼内容の欄が設けられている。
「……思いつきで、あったら良いなみたいなものを書いたりしても良いので?」
ルゼルヴェに、スタッキングチェアの仕様書を作って渡した話を持ち出して、フルールは確認する。
彼が同行しているのもあり、真新しい物を指示して良いのか、著作権などはと心配したのだ。
「商業ギルドでは、アイデア登録なども行われている。依頼書を出す時に、必要であれば向こうから言ってくるはずだ。
こちらのことは気にせず、好きなものを書くといい」
侯爵家は気にするなとルゼルヴェが言ったので、フルールは近くの作業台でペンを持つ。
時おり窺うような視線を感じたが、彼が側で剣を携えているせいか話しかけて来るものは居らず、フルールは集中して書いた。
今回の依頼は、書面での意思疎通で齟齬が出ないよう、構造がすでに頭の中に出来ているものに絞った。
「高さがこれくらい、大きさはこれくらい……。稼働棚が――」
キャスター付きのデモンストレーション用の什器、壁に沿って置く棚は高さが変えられるように稼働式がいい。重いものは、固定の棚で使い分ける。
フルールは数枚の依頼書を持って、受付を済ませた。
明日の朝から貼り出されるとのことで、受付でも幾つか言葉を交わして外へ出た。
「この後は見たいものがあるか?」
「そうですわね。カームたちにお土産と、夕食になりそうなものかしら?」
これからの予定として訊ねられ、フルールは時間を逆算して考える。
家に帰るのは、夜になりそうだった。
「――ちょっと待て」
少し歩いた先で、フルールを背にルゼルヴェが立ち止まる。何事かと思えば、遠くの方から馬の嘶きと喧騒が聞こえた。
「え、あの?」
「すぐ戻るから、そこにいろ」
平然と通路へと出ていくルゼルヴェは、音のする方へと向かう。事態が分かってないフルールは戸惑い、見送る形になった。
――なに、そのちょっと忘れ物取りに行くみたいなノリは。
「お、侯爵様だ!」
「まぁ、ひと安心ね!」
「おおーい! こっちだ、こっちに誘導しろー!」
不安がっていたはずの領民たちがルゼルヴェに気づき、安堵を浮かべる。彼に期待する声が周囲へ伝播していく。
やがて角の道から現れたのは、暴走する馬車だ。行者が必死に、方向だけを操ろうとしている。
「――っ!」
青ざめて驚くのはフルールだけで、周りは皆、ルゼルヴェを頼りにしているようだ。
彼は馬車の前に立っても、顔色一つ変えなかった。これから一仕事するような、そんな自然体ですらあった。
――馬の前に出るなんて!?
徐々に馬とルゼルヴェとの距離が縮まっていく。全員が固唾を飲んで見守り、馬車の音と馬の嘶きだけがフルールの耳に突き刺さる。それはかつての事故を彷彿とさせる生々しい音で――。
「すいません!」
「御者、浮かせるから落ちるなよ」
馬のタイミングに合わせ、ルゼルヴェは馬車ごと風魔法で宙へと浮かせた。馬の脚は、駆ける地面を失って、むなしく宙を蹴る。
彼はそのまま興奮する馬に近寄ると、宥めるように声をかけ、落ち着かせた後に馬車を地面へと下ろした。
「中に人は……?」
「無人です。すみません、助かりました」
ルゼルヴェが行者に問えば、彼は汗を拭いながら、何度も頭を下げて答えていた。
事態の収束を見届けた領民たちから、わぁっと歓声が上がる。
「さっすが、侯爵様!」
「相変わらず、素晴らしい腕前ですなぁ」
「騒ぐのは後にしろ。怪我人や壊れた物は無いか、先に確認だ。誰か、馬場にフィアビリテがいる。呼んできてくれないか」
「おう、俺が呼んでくるよ!」
そのまま事後処理を始めたルゼルヴェを遠目に見ながら、フルールはからからになるまで息を吐き出して、その場にへたり込んだ。
カチカチと何か音がすると思えば、自分の歯が噛み合わない音だった。
――あれは昔のフルールの、今の私では無いのに。
震える手で唇を押さえて、フルールは一人うずくまっていた。ルゼルヴェを称える領民の声が、酷く遠くに聞こえた。




