第42話 素の自分で居られる場所は大切にしましょうね、旦那様
「……ダメではないが」
魔法の練習と同じく、どこかルゼルヴェの歯切れが悪い。彼の有能さと無能さの境界線が、分かりやすいところだ。
フルールはそれに、眉根を寄せる。
――これ、誠実というか、情けないところを見せてるだけでは?
話し合いをしたあの日以降、ルゼルヴェは確かに初対面のような態度を改めて、フルールの意向を組むようになった。
彼を両極端とは思っても煩わしいわけではなく、便利に使っているのが現状だ。
――欲しいものリスト、真面目に対応してくれてるものね。
実際、貴族の令嬢として過ごした記憶では、この世界で独り立ちするための知識が欠けていた。
前世の社会人までの記憶では、生きる術は持っていても、活用の仕方が分からない。
――いっそ、向こうも金づるくらいに思えば良いのに。
ルゼルヴェは前と違い、フルールのやることに意を唱えず、好きにさせたままでいる。
フルールは宣言通り、ビジネスの相手として彼を便利に使う態度を貫いていた。
「一度に全部を回ろうとは思ってません。これに関しては、人任せになどと考えてませんので、ちゃんと適時、報告書を作成しますわ。
今ある地図よりさらに使えるものを、侯爵家にも提出しますので」
「さらに?」
「だって、領土内の正確性がまちまちですわ。未開拓は仕方ないとしても、資源の見落としは勿体ないと思いませんか?
魔獣討伐に力を入れ、安全が売りだとは分かりましたけれど。その次に、特産と呼べるものがなく魅力がないのは、侯爵家が知らないからに他なりません。
税や発展に関わってくるのですもの。きちんと把握するべく、ついでに資料を作ろうと思ってます」
第一にフルールが、やりたいようにやることが重要だ。その片手間に調べたことをまとめあげるだけなら、そう苦でもない。
ビジネスパートナーなら対等でいるべきなのだから、貰うばかりではいけない。フルールも夫人として、出来ることはするつもりだった。
「――はいよぉ。ルヴェ坊とお嬢ちゃん、お待たせ!」
トレーを二つ持った女将が現れて、テーブルの上に置く。パンとシチューだった。パンの香ばしい香りとシチューのいい匂いが、鼻腔をくすぐった。
「ありがとうございます」
「やだねぇ、礼なんて。良いところのお嬢様なんでしょう? さっきのも含め、下品で申し訳ないけど、目をつぶってくださいね」
フルールが礼を言えば、女将はそう言って笑った。どうやらルゼルヴェの身分を知っているらしい。単なるお忍びだけで、ここには来ていないようだ。
――素を、見せられる場所なのね。
多少の無礼は許される、女将もそれが分かっているからこそ、フルールへの態度を変えない。
見た目通りに評価せず、けれど良い意味で見た目に相応しい対応をする。
「何のことかしら。私もただの客なのだから、女将さんがそんなこと言うのはおかしいわ」
フルールはにこりと笑って、了承の意を込めて返した。
それに女将が気をよくして、ルゼルヴェの頭を撫で回す。
「おい! やめろ」
「いやいや、ルヴェ坊には勿体ないねぇ。良い子じゃないか、大事にしなよ」
「ふふ、確かに、好きにして良いと自由をいただきましたわね」
母子のような距離感だと思いながら、フルールは少しからかった。するとサッと顔色を悪くしたルゼルヴェの反応が予想通りで、さらに笑ってしまう。
「――っ君! 今はちがっ……!」
「ほぉ? ちょっと下で聞いた方が良さそうな感じかい?」
撫でていた頭を掴んで、女将がにこりと圧をかけて笑っている。ルゼルヴェはやはり青い顔だ。
「女将さんにお任せしますわ。ずいぶんとお会いになってなかったようですし、皆様、私と居ると出来ない話もあるでしょうから。こちらは、お気遣いなくで大丈夫ですわ」
「はぁ!?」
「いやぁ、気の利いたお嬢ちゃんだこと。ならちょっと借りようかね。なに、戻ってきたら少しは使えるようにしとくよ」
「大丈夫ですわ。ご覧の通り、今は問題ありませんので」
「おい!」
抗議の声をあげても、されるがままのルゼルヴェに本気の抵抗は見えない。だからフルールは、快く手を振って送り出すことにした。
――お互いに、会えなくて寂しかったようですし。
会いたい時に、会っていた方がいい。たくさん話が出来るうちに、していた方がいい。
連れていかれるルゼルヴェには視線も合わせず、フルールはシチューをスプーンですくった。
「……うん。旦那様の行きつけだけあって、美味しいわ」
柔らかく煮込まれた分厚い肉を噛みしめて、フルールは頬に手を当てると笑みを深くした。




