第41話 旦那様にも、テンプレ的やんちゃな時代があったらしい
「ここだ」
ルゼルヴェの案内で訪れたのは、大通りから一本外れた、こじんまりとした佇まいの食堂だった。
昼の鐘がなり、商業ギルド前に食事をしようとなったのだ。
「おや、ルヴェ坊じゃないか」
「坊、はやめてくれ。今日は連れがいる」
ルゼルヴェが先導し、中へと入れば店内を行き来するエプロン姿の女性と目が合った。
「……っ! まぁまぁ、いっつも男しか連れてないルヴェ坊が、こんな可愛らしい方を連れて!!」
「おお! 女将、こいつはめでてぇな! 祝いをしなきゃなんねぇぞ!!」
「あんなに暗かったガキが……くぅ!」
「お嬢ちゃんかわいいぞー」
「え、あの……?」
女将の声を皮切りに、何人かの男たちが嬉しそうに騒いでいた。
フルールが困ってルゼルヴェの方を見れば、彼は怒るどころか諦め顔で照れたように笑っていた。
――あら、そんな顔もするのね。
テンプレ的な馴染みのある場所ということなのだろう。驚いたのは仕事人間の彼に、それが当てはまると言うことだ。
「お前たちに囲まれてはかなわない。落ち着ける席は空いてないか?」
「……二階へ上がりな。メニューはいつもので良いかい?」
「二人分頼む」
残念そうな周りを置きざりに、ルゼルヴェは右手側にある階段へ進む。
上がった先には小部屋が幾つかあり、その手前の部屋へと入る。窓際の席を勧められて、そこから街の景色が見えた。
「……少々騒がしい連中だが、君にはこちらの方が合うと思ってな」
ルゼルヴェが剣を側の壁に掛けると、テーブルの向かいに座り、足を組んだ。
「確かに、堅苦しいだけのところよりは……」
領都に来るに辺り、フルールは普段使いのワンピースより、少し質のよいワンピースを着ている。髪もカームが結ってくれた。ルゼルヴェと出掛けることは、少し不満げだったが。
ルゼルヴェの装いは、以前は身なりの良さが滲み出ていたが、今回の来訪では完全に周囲に溶け込む質素なものに変わっている。
これで裕福層向けの店に行けば、服装が浮いているに違いない。
庶民らしくないのは、二人揃ってその髪質と肌艶くらいだからだ。
「ずいぶんと、慣れておいでですのね。意外でしたわ」
「別邸にいた頃は、フィアビリテと共に領都によくおりていた。学生時代も休みの時はたまに顔を出していてな。
ここへはよく食べに来ていた。子どもだからと追い返されず、皆、ああだからな。邸に居るよりよほど良い」
「旦那様は、昔から自由奔放でしたのね」
窓の外を見て、フルールは相づちを返した。中央に高く見えるのが、先ほど鳴っていた鐘だろうか。
「……君は?」
「はい?」
窓の外を眺めて、街並みを堪能していたらルゼルヴェに声をかけられる。外を眺めたまま、意識を少し彼に向けた。
「君も、そうだったのではないかと思ってな。領民を気にかけ、普通に接し、考え方が身分に囚われていない」
そう言われて、フルールは初対面のルゼルヴェを思い出した。あれは女性不信だけでなく、貴族としての価値観の違いで遠ざけた可能性もあったのかと。
「残念ながら、私は普通の貴族として育ちましたわ。伯爵家ですもの、領民とは距離が元々近かったのです」
貴族として生まれたフルールは、その枠から出ることなく育った。お転婆だった記憶もない。大人の手のかからない少女時代だ。
馬車の事故をきっかけに、前世を思い出したに過ぎない。
――別人格というよりは、素直に前世持ちなのよね。どちらの記憶もしっかりしてる。
一般的な回答を述べて、フルールは変わらず窓の外を見ていた。誰かに過去を打ち明けたところで、何かが変わることもない。
だから、フルールは前だけを見ることに決めていた。
「……そういえば、視察に行くのか?」
「領内で私の事業を割り振るにあたって、地図だけでは分かりかねまして、見て回りたいなと思ってましたら、フィアビリテが視察と提案してきたんですの」
ルゼルヴェが、わざとらしく話題を変えてきた。気遣いを認めて、フルールは正面に向きなおるときちんと答えた。ここから先は事業に関することだったからだ。
「フィアビリテとはずいぶんと仲良くなったようだな、よく出掛けるのか?」
「旦那様のつけた護衛ですから、どこでもついてくるでしょう?」
彼は今、馬車と馬の番をしていて、この場にいなかった。
少しだけ面白くなさそうなルゼルヴェの反応に、フルールが冷めた対応をする。
「接待を受けたいわけではなく、現状を見て回りたいだけですので、フィアビリテと気ままに領内を回るだけですわ。
まさか、ダメとは言いませんよね?」




