第38話 馬車の中の密室、ドラマは起きませんでした
翌日、ルゼルヴェと二人で出掛けることになってしまった。
とはいっても、馬車移動のためフィアビリテが従者をしている。
ガタガタと揺れる馬車の中、本を読むフルールの向かいに、書類に目を通すルゼルヴェが座っている。
二人の間に会話はなく、なんとも言えない沈黙が漂っていた。
――何かしら、この社用車に乗ってる感覚は。
報告会の後、気まずさからフルールは逃げるようにして、本を手に取った。ルゼルヴェが仕入れた数々の本。
ようやくこの世界と、前世頼りの知識との真偽が確かめられると心踊った。
フルールが没頭したのは言うまでもなく、夕食を食べたことは覚えているが、気づけば朝になっていた。
――開いてみれば、アロマで使われるほとんどのハーブが、ここで名前も全て同じなのだもの。仕方ないじゃない!
今、フルールが手にしているのは植物図鑑だ。見るからに高そうな装飾が施された表紙に、分厚い中身をしていた。
いったい幾らかかったのか、他に仕入れた数々の本もそうだ。ふわりとしたイメージで伝えたから、まさか先行投資でここまでするとは思わないではないか。
「……」
フルールが本越しにチラリとルゼルヴェを伺えば、彼は書類に夢中だ。
その隣には剣が立て掛けられていて、フルールには見慣れない光景だった。
ガルドやフィアビリテが常に携帯しているが、貴族然としたルゼルヴェが持つと違和感を禁じえない。
――というか、なんで持ってきたの?
ルゼルヴェが持っているのを、フルールは見たことがないと思いいたり首を傾げた。
今まで意識してなかったから、気づかなかっただけかも知れないが。
「……なんだ?」
まじまじと見ていたからか、眉間に少し皺を寄せたルゼルヴェがフルールを見た。
「いえ、旦那様が剣をお持ちになるのが新鮮で」
「領内では基本的に持っているぞ。主に、抑止力としての飾りだがな」
フルールが膝の上に本を置いて答えれば、ルゼルヴェは、ああと頷いて説明をしてくれた。
「飾り?」
「治安維持と視察としての名目だ。実際、必要な場面では魔法の方が早い」
ルゼルヴェは書類を持つ方の手とは反対の手で、スッと風を起こす。馬車内の空気が冷えて、彼の手のひらに氷の花が咲いていた。
「……器用ですわね」
ずいっと前のめりになり、フルールは物珍しさからつい観察を始めた。バラの花弁が一枚一枚再現されており、よく作り込まれていて造形が深い。
氷の透明度が高く、不純物が混ざっていないことが見てとれた。
生活に便利、程度の一般人には到底出来ない芸当だ。
「私なんてこの間、家の中で大量の水を出してしまって、集めて軒先に投げ捨てるまでが大変でしたわ」
フルールは素直にその技術力に尊敬して、過去のやらかしを無意識に口にしていた。
「は……?」
フルールの過去のやからしを聞いたルゼルヴェが、困惑のあまり言葉を失う。
氷の花を指でつつき、フルールはその視線に気づかない。
「やっぱりイメージなのかしら? 無詠唱でこれだもの。物量に関係は無いのかしら。規則性と発現性の関連は……。それとも感覚的なもので、ひたすら練習あるのみとか?」
「――おい!」
ルゼルヴェに、強い声で制止される。ぶつぶつと呟いていたフルールが見上げれば、すぐ近くに彼の顔があった。
「……近いですわね?」
ぱちぱちと瞬きをして、フルールは言う。ルゼルヴェの方は咳払いをして、距離を取って座りなおしていた。彼の顔がやや赤いと思うのは咳のせいかと、フルールは流していた。
「君が近づいてきたんだ。欲しいならやる」
差し出された花を両手で受け取って、フルールは椅子に座りなおした。
いろんな角度で見てみると、やはりすごいの一言に尽きる。
「ところで、先程の報告は聞いていないが……、魔力量が多いのか?」
「さあ? 私にもよく分かりませんわ。一度にあんな水の量、初めて出しましたもの。それに一人でしたから、聞ける人もいませんし」
持っていたらすぐに溶けてしまい勿体ないと、フルールはハンカチを取り出して、氷の花をその上に乗せた。
ルゼルヴェは難しい顔でフルールを見て、少し考え込んでいた。
「昔は、そうではなかったのか?」
「……地味な貴族子女として過ごした経歴は、旦那様の知るところでしょう?」
結婚するにあたり、身の上調査をしただろうとフルールは口をへの字に曲げて答えた。
悪意もなく聞いてくるルゼルヴェの意図が、よく分からなかった。
「足のこともそうだが、一度しっかりと調べた方が良さそうだ。次は医師を連れてくる」
「旦那様、そんなに足繁く、こちらに来るものではありませんし。お医者様の手を煩わせるものではありませんわ」
横に置かれた書類に視線を向けてフルールがやんわりと拒絶を示せば、ルゼルヴェは真剣な眼差しをフルールに向けた。
思わずスッとフルールの背筋が伸びた。
「……命の危機に瀕すると、魔力が後天的に増えることはある。騎士や兵にもよく見られるものだ。
その場合、コントロールの術を学ばないと暴発リスクがある。一人の時は、しばらく控えた方がいい」
ルゼルヴェが言いづらそうに言葉を選びながらも、きちんと説明する。彼に直接関係が無い、結婚前のフルールと両親の事故の話題を躊躇したのだと察した。
フルールにとっては前世を思い出すきっかけに過ぎないそれに、突然のファンタジー設定が絡んでいたと知り、ただ驚くだけだった。




