第37話 そのプレゼンは、とりあえず却下します
昨日の話、終盤ちょっと主語などが迷子気味でしたので修正しています。
「……ここまで話をするにあたり、君に壁の花をさせる気はないぞ。リードは私に任せればいい。君に負担を強いることはしない」
「旦那様、貴族的な言い回しでは分かりませんわ?」
見定めるため、フルールはわざとらしくとぼけて見せた。
ルゼルヴェはそれに気分を害した風もなく笑うと、立ち上がってフルールの前に立った。
「あいにくと、私は貴族でな。さらには君のよく知るように、気の利いたことなど出来ない質だ」
紳士的な礼を取り、うやうやしく手を差し出すのは、貴族ではお馴染みのダンスへのお誘いだ。
「――だから、かの日に君と踊る栄誉を、私に与えてくれないか?」
ここには身内だけとはいえ、人前でよくもキザなことが言えるなと、フルールの方が羞恥を覚えた。そして同時に憤りも。
夜会への参加だけでなく、ダンスも申し込んできたのだ。当然だろう。
「ごめんなさいね。ダンスで足を踏むどころか、それ以前に醜態を晒しかねませんの。これ以上、肴になる気はありませんわ、旦那様」
差し出されたルゼルヴェの手を取らず、フルールは冷ややかに言ってみせた。
分かっていて言ってくるのであれば、真正面から断るだけだ。
「君は、いつものように過ごすだけでいい。足のことも、私がフォローする。不当な扱いなどさせるものか」
ルゼルヴェも負けじと誘ってくる。その手は変わらず、フルールに向けられたままだ。
古傷を抱え、足が不自由なフルールと、ルゼルヴェは完璧に踊りきる気だ。
どうするつもりかは知らないが、彼には絶対の自信があるらしかった。
「……」
ルゼルヴェの後ろに控えているフィアビリテと、フルールは目があった。
彼はただ、困ったように静かに笑うだけだ。それもそうだ、前回と違い、彼は今フルールと共にいる。ルゼルヴェの側を離れた分、正確なところは推し測れない。
「……誰かに唆されまして?」
「ラフィネは会いたがっているが、それは関係ない。私は、君とやり直したいだけだ」
フルールは、ため息を吐いて困惑する。虐めているつもりはないのに、フルールの発言を聞くだけで、ルゼルヴェはどんどん顔色を悪くしていた。
――意気込んだプレゼンが失敗した、まるで後輩ね。
彼にしては、奮闘した方だろうか。
女性を夜会やダンスに誘うのは、初めてだろう。
ただ単に名誉挽回、煌びやかなドレスにと貴族が喜びそうなことを最初に言っていたら、この家から追い出していたところだ。
広告塔、宣伝と、フルールがまだ喜びそうなチョイスをしていたこと。そして足のことに気づいてはいたのだから。
ただ、アプローチの方向が間違っている。
――商人、ではないのよねぇ。
販路の確立は、ルゼルヴェとの契約のうちだ。事業の拡大は、侯爵夫人としてのフルールなりの矜持だ。
わざわざ貴族にアピールしなくとも、成功するのが目に見えていた。
半年、一年で利益を出さなければいけないなどと、フルールはそもそも短絡的に考えていないのだから。
何かと理由をつけて、王太子が会いたがっていると言われた方が、夜会だけならまだ頷いた。
重いドレスに、ダンスと重なれば、歩行はただでさえ不安定になり、帰る頃には負荷による痛みで、表情を取り繕うのに必死になることだろう。
「……夜会で、王家の方々、高位貴族とは挨拶をしますわ。それ以上は、期待なさいませんように」
フルールはルゼルヴェから視線をずらして、なるべく平淡に告げた。
ルゼルヴェに他意はなさそうだが、王太子が会いたがっていると聞いてしまえば、会わなくてはならない。
それから、調理場で後片付けをしているカームからの視線が正直痛い。女主人を着飾ることは、一種の憧れだったのだろう。最近は髪型にも凝ろうとしてくる時がある。
熱のある視線は、ドレスに装飾品に、この機会を逃したくなさそうだった。
「ありがとう。君はそのままでいい。私の前では……、いつも魅力的なのだから」
行く宛のない手を握りしめ、ルゼルヴェはそれでも眉を下げてはにかむように笑っていた。
その仕草が視界に映り、フルールは気まずくなってハーブティーを口にする。
「いい感じでまとまったみたいなんで、奥様、お出掛けしましょう。ルゼルヴェと二人で」
「むぐっ……!?」
フィアビリテがニコニコと笑い提案してきたので、フルールは盛大に吹き出しそうになったのをなんとか堪えた。
「ほら、奥様。俺らとは、わりと普通に出掛けてますけど。ルゼルヴェとは一度もないでしょう? 予行練習ですよ。そうすれば、夜会も少しは安心でしょ?」
ね、とフィアビリテは爽やかに爆弾を投下して、フルールにトドメを刺した。




