第36話 今後のビジネスの方向性が決まります?
クレープを食べ終わり、カームとガルドが片付けと夕食の下ごしらえを買って出てくれた。
二人に任せて、フルールはルゼルヴェと対面で座る。他の護衛たちは、しばらくの間休息をとるようだ。
「さて旦那様、ティータイムも済みましたし、報告会をしましょう!」
「……報告会」
ルゼルヴェが、無表情に言葉を反芻する。何か不満があるのだろうか、フルールは頬に手を当てて少し悩む。
「あら定例会の方がよろしいかしら? 記念すべき初回ですものね。どちらでも構いませんし、別の案があれば……」
「いや、それは別に良いのだが」
形は大切だとフルールが力説すれば、ルゼルヴェはさらに困惑の色を滲ませてきた。
名目があれば後の資料などで見返しやすくなるのだが、今は二人だから別に良いかとフルールも切り替えた。
「では、議題は何から始めましょうか!」
サクサクと進めて早く終わらせたい。今世でも残業など、フルールはごめんである。
無駄な言い合いに長引く会議など、不毛だと何度冷めた目で見ていたことか。
「いや、私からいこう。まず白粉だが、検証の他に、令嬢は数名健康被害が確認された。
こちらは医師が直接、指導をする方向で改善するだろう。
また医師の他に、国内の商会にも通達を出した。禁止までには至っていないが、需要が減れば、供給も減るだろう」
「まぁ、話が早いのですね」
正直なところ、もっと日数が掛かると思っていた。こうもトントン拍子にいくものかとフルールは意外に思い感心する。
「検証結果が大きかったな。鉛の含有量が多い物があったのか、重篤な症例が幾つか得られた。
また君の指摘通り、坑夫たち特有の疾病などとも合致した。
健康被害には公爵令嬢も居てな。彼女の父である公爵に報告書を見せたら、ノリ気になったのも大きい」
「重篤な症例……、その方たちは大丈夫ですか?」
令嬢ではない誰か、フルールにはそれが誰か見当もつかない。そこに至るまでになぜ、使用を中止しなかったのかと少しだけ同情する。
「心配いらない。彼らも合意の上だ、本望だろうさ。次に原材料の記載に関してだが、これは今回の白粉に合わせて商会へ推奨はした。
その後の実用性については、君の助力を願えればと思う」
――彼らについて、私が知る必要はないってことかしら?
ルゼルヴェの物言いは切り捨てるように冷ややかで、周囲の温度も下がって肌寒く感じられた。情報提供、協力者に対してあまりにも容赦の無い態度だった。
そこに疑問を抱きながらも話題を反らされた上に、フルールに関することだと言うから続く話にやや身構えた。
「……助力なんて、内容によりますわ。何をさせる気ですの?」
「そう難しいことではない。そこで事業立ち上げだ。まずは領都で商会を起こす、と言っても規模は一店舗。
それ以上は、生産者である君の負担が大きすぎる。
サントゥール領は、今まで安全が売りで、めぼしい特産も長らくなかったからな。話題性は十分だろう」
安全、と言うのは魔獣が出ることについてだろう。それが売りになるとはフルールの予想以上に、この世界は物騒な一面があるらしい。
「なるほど。一店舗限定という、プレミアを売りになさるわけですね。数も制限を掛ければ、貴族受けは良さそうです」
言わんとすることを察して、フルールは同意する。現実的かつあり得る話だろう。
原材料の明記もそうだ。売れる店として目立つほどに、周りが真似をし始め広まることだろう。
「最初のターゲットは、貴族ではない。裕福な商家や、次に平民だ……、君の思惑とも、それは合致するはずだが。
噂好きの貴族なぞ、それだけで自然と注目を始めるものだ」
「……なるほど、市井で流行らせている間に、貴族向けを準備すれば良いのですね?」
ルゼルヴェにすでに依頼していた素材は、主に貴族向けになるものだ。値が張る交易品などが、そこに含まれている。
販売先と製造元をほどよく離して距離を空け、試行錯誤を行う期間を含めると、妥当とも言えた。
「その定石でも構わないが、君さえ良ければ、冬の社交、新年の宴に出る気はないか?」
「あら、人が悪い旦那様ね。私を広告塔にお使いになるの?」
黒い笑みを浮かべたルゼルヴェに、フルールは遊び心のある余裕の笑みで返した。
半分冗談で、半分本気といったところだろうと目星をつける。
小規模な夜会ではなく、もっとも大きい社交の場に目をつけた辺りから、貴族への宣伝だけが目的とは考えにくい。
なぜなら、好きにして良いと言われたあの日に、夜会には出ないと明記して契約している。
だから、君さえ良ければと言うルゼルヴェの発言になるのだ。
効果的な広告手段とは話の取っ掛かりの一つで別の思惑があるのだろう。
「それだけではないと、君も気づいているだろう? 私にしたように、君を貶めた貴族たちの鼻も明かしてやりたくないか?」
「ふふ。散々バカにした傷物が綺麗に着飾って現れたら、皆様さぞ驚かれるでしょうね。
でも旦那様。私が社交から遠退いた理由は、それだけではありませんわよ?」
いくら広告塔として注目を浴びる機会が巡ってこようと、鼻を明かすことなど到底出来ない――フルール自身が、自分のことをすでにそう見限っていた。
――気づかなければ、アウトね。
フルールはティーカップを持って、ハーブティーをそっと口につける。さて、目の前のルゼルヴェは、その理由に気づいているのかどうか。
彼を試してみようかと、ほんの出来心でフルールは問いかけたのだ――。




