第35話 実は丸椅子も依頼して作ってもらいました。この時のために
テーブルに並べた四種のクレープ料理。それを見たルゼルヴェと護衛が、なぜか呆気に取られていた。
フルールはその様子を不思議に思いながら、グラスにハーブティーを注いでテーブルに並べていく。
「旦那様。クレープシュゼット以外は、手で持ってパクリですからね。
あ、適当に座ってください。椅子は人数分ありますから」
ガルドと手分けをして、部屋の角に積み重ねていた丸椅子を、人数分取り出して並べた。
机のサイズに反して椅子が多くなったが、手掴み食べのクレープなので問題ない。
「――ちょっと待て、なんだその椅子は」
フリーズから立ち直ったルゼルヴェが、椅子を見て驚いた顔をする。
「え、普通の椅子だと場所を取るではないですか。それだと邪魔ですし。かといって、用意しないのもおかしいでしょう?
先日、木工職人に作ってもらってたんです。間に合って良かったですわ」
「は、作った……?」
ラピットの夫に依頼した時も大層驚かれ、一から説明をしたのだとフルールは思い出した。
――見かけないとは思ったけど。文化的に、スタッキングチェアがまだ無いのね。
ルゼルヴェの反応を見て、フルールはそう解釈する。前世では学校の美術室や理科室など、馴染みのある物。特別感などフルールには皆無だった。
が、馴染みがないのであれば、普及すれば良いとだけだと話を振った。
「便利ですよ? 使用人用にも使えますし、市井なら食堂などで喜ばれるかと。簡単な仕様書でも作りましょうか?」
「……ああ、頼む」
顔に手を当て、またかと言いたげなルゼルヴェのその反応は、弱味を見せた演技なのかどうか、フルールは判断に迷うところだ。
――前は最後に言質を取られたし、気をつけないとね。
椅子の利権などに、最初から興味がないフルールである。後ろの護衛が椅子を興味深く見ているのもあり、悪い方へは行かないだろう。
ここは丸投げで良さそうだと、椅子を並べ終えるとフルールは自席に座る。
今の暮らしが確保できるのであれば、多少は妥協を見せるだけだった。
「……飲食店は、するつもりがないんだったな?」
クレープを食べ始めたルゼルヴェが、問いかけるように呟いた。手掴み食べに忌避はせず、両手で慎重に持っている姿が面白い。
「ありませんわね。得意でも、さして好きでもありませんので」
フルールはベリーのクレープを食べながら、それにキッパリと答える。
ルゼルヴェも護衛も普通に食べている辺り、昼食並みに食事を用意して正解だったらしい。
「その割には、これらの料理も私には馴染みがないのだが?」
「私は貴族の料理人ではないので、あくまでも庶民の料理の範疇です。旦那様が知らなくても不思議じゃありませんわ。
お口に合わなければ、無理して食べなくてよろしいですのよ?」
調理は全て、前世がベースのフルールだ。実在しないのだから、馴染みが無くて当然だった。
とはいえ庶民の屋台料理でも、かなり濃いめのスパイスを加えた肉串など、貴族の食卓に出ないものはある。フルールは、一概に嘘は言ってない。
「今の話の流れで、なぜそうなる」
「旦那様が回りくどいからですわ。ここ、茶会でも夜会でもありませんので」
むっとしたルゼルヴェが、フルールに突っかかる。ピリッとした空気が一瞬流れるものの、険悪とまではいかない。
フルールの方は、すでに接待気分だったからだ。仕事としてなら、なんとでも言える。言葉以上の意味はなかった。
――素直に旨いとか言えば良いのよ。面倒くさい人ね。
フルールはクレープシュゼットに手を伸ばし、フォークでプスリと刺した。
甘酸っぱいさっぱりとした味が口に広がって、自然と顔が綻んだ。目の前の気まずそうな男は放置である。
「でも奥様、これどれも美味しいですよ。特に、タレが良いアクセントになってますし」
フィアビリテが空気を和ますように、間に入ってきた。
「赤いのは、トマトを煮詰めたソースね。甘辛のソースは、果物とハーブを煮詰めて作ったの。皆の口に合って良かったわ」
前世の商品ラベルにある原材料を元にした再現レシピだ。
捻挫で暇を持て余していたフルールが、試行錯誤をした結果である。
ルゼルヴェの方は青年らしく、惣菜ばかりを選んで食べているのにフルールは気付いていた。
特に、ベーコンとチーズのピリ辛が気に入ったらしい。彼が会話から逃げるように手にしたそれは、二個目であった。
――そういえば、前のうどんも甘辛に仕上げてたわね。
周りは周りで、フルールとルゼルヴェが好きに食べれるよう配慮しながら、手に取っているようだ。
要らぬ気遣いに、やはり貴族は煩わしいと思うのだった。
「……黙っていれば、絵にはなるのにねぇ」
クレープを口にする美男子。フルールはぽそりと呟いた。
作った料理を気に入って食べる姿は、作った側として悪い気はしないのだった。




