第33話 化粧水作りとラベンダーの群生地、こだわる理由は素材としてだけじゃありません
フルールは蒸留のコトコトとした音を聞きながら、成功するように祈っていた。
「時間がかかるなら、座った方がいい」
「あ、そうね。ありがとう」
立って見つめていたフルールに、ガルドが椅子を持ってきてくれた。
普段なら夕食の下ごしらえなど、時間を有効に使うのだが、なぜだが手に付かなかった。
「……そろそろかな」
しばらくの間、とろ火を眺めていた。音が微かに変わったことに気づき、蓋をそっとずらしてみる。
焦げては無かったので一度火を止め、再び蓋に氷を乗せ、冷ますことにした。
フルールが蒸留器にベッタリの間、ガルドはテーブルでうどんの生地を作っていた。
驚いたことに、あの日のうどんは全員が気に入ったらしい。週に一度、うどんの日が出来ていた。
今のところ、トッピングを変えて被らないようにとフルールは献立を考えていた。
「ああ、旦那様が来た時も用意しないといけないのよね。次は天ぷらでも振る舞おうかしら?」
手紙の内容を思い出して、フルールは腕を組む。
ルゼルヴェになんの目論見があるのか、うどん専門の飲食店を作るらしい。
フルールにメニューの買い取りと、料理人の指導の依頼が書かれていた。
――美容のお店と飲食店の二店舗押さえちゃうって、相変わらずやり方が予想を越えてくるわ。
王都の白粉を買い集めたことを思い出して、フルールはため息を吐いた。
使えるものは使う、それだけは夫婦で少し似ているかも知れないと思った。
「さて、先に化粧水を作っちゃおう!」
頬をぺちっと軽く叩いて、フルールは気合いを入れた。熱量が高いのは、ラピットのためだ。
以前ナンパに絡まれた際、少し擦りむいていたらしい。傷跡は乾燥に弱い、少し荒れていたのをフルールは目にしてしまった。
――日にちが経てば消える傷跡で良かった。
それでも乾燥で割れたり、掻いてしまったら残ってしまう。 しっかりとケアが出来るよう、肌の健康を少しでも後押し出来たら良いなと思う。
夫からの贈り物として、ラピットが受け取れば夫婦仲も更に良くなるだろう。
フルールたちと違い、あちらはとても仲が良い。
小さな小瓶を横に用意して、鍋の蓋を開ける。ふわりとベリーのみずみずしい香りが広がった。
「良かった、どっちも出来てそう」
鍋には、くたくたになったベリーが入っている。中央の空き容器を取り出せば、二層に分かれた液体が中に入っている。
上澄みが精油で、残りが芳香蒸留水だ。精油は小瓶へと慎重に移し替える。
芳香蒸留水の方は、ほのかに香る程度にまで水を入れて薄めた。
仕上げに、少量のアプリコット入りのお酒を入れて混ぜ合わせる。
試しに腕に塗り込むと、アルコールがひんやりとして気持ちが良い。
フルールは鼻を近づけて、香りを確認する。フルーティーな香りが、優しく鼻腔をくすぐった。
「防腐剤がなくて数日で使いきらないとだから、皆で分けてしまいましょう」
こういう時、ガルドは先ず遠慮する。現に今も、フルールが危険なことをしていないと確認して去っていった。
カームは純粋に喜ぶだろう。好奇心旺盛な
フィアビリテも使いそうだ。ラピットの夫には、特別だと渡すのが良いかもしれない。ら
「アンジュさんにバレると、ねだられちゃうからね」
美容が好きな肉屋のマダムを思い浮かべて、フルールは口許をほころばせた。
残りのベリーをジャムにするべく、再度火を入れる。
香りは精油にとられ飛んでしまったが、グツグツと煮込むいい音が聞こえてくるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇
「どうだい、フルールちゃん。希望に叶ってるかな?」
「いい! 浅箱も、箱も十分よ!」
腕を見たいと思ったのも一つだが、取り急ぎ欲しいと思ったものを頼んでいた。
固形石鹸を量産するに辺り、作業効率のため取り外しが簡単な浅箱が欲しかったのだ。これで完成後の取り外しが容易になるだろう。
一つ一つを確認していくなかで、指で引っ掛かるところがなく、丁寧な仕事だとすぐに分かった。
仕組みに関しても、フルールの女性の力でスッとつけ外しが出来るのはありがたい。
「今後も、木工品を頼みたいと言っても大丈夫かしら?」
「おう、繁盛期は調整させてもらうが、そうでないなら大丈夫だ」
「ありがとう。助かるわ。木箱も大きさがちょうどよくて。うまく行ったら、こっちもまた頼むわね」
「それ、不思議な造りだが何に使うんだ?」
下部に、小さな出し入れする穴がある抱えるほどのサイズの木箱だ。中は空洞になっていて、蓋となる天板を閉めれば箱になる。
今回、前世でかなり昔に使われたタイプの物を再現した。
「今はもう設置の時期が過ぎてしまったけど、丘陵地に花が咲いてるでしょう?
養蜂にも手を出そうと思ってて。再来年辺りに蜂蜜が取れたら嬉しいわよね」
蜂蜜は存在していた。ならば蜂はいそうなものだ。そしてラベンダーは蜂蜜にも適している。
「蜂蜜!?」
「はちみつってなんだ?」
「甘味ですよ! 甘味! 奥様、そんなのもやれちゃうの!?」
フィアビリテが興奮気味に語る。なるほど彼は甘いものが好きらしい。
「全くのど素人よ? だからとりあえず置いてみようと思ってて」
ラベンダーの季節はピークを過ぎつつある。丘陵地と近くの森の中間に当たる場所へ、とりあえず置いてみようと思ったのだ。
――ここの気候の適切な時期が分からないから、置いてみないとね。
前世では春に活発だった。家の環境が良かったのか、毎年蜂避けをしないと巣を作られた。
今回来てほしい蜂は、比較的無害な種を希望したいが、何事もやってみなければ分からないことだった。
「……この世界のことは、何も知らないのよね」
ボソリと呟いたフルールの声は、蜂蜜で騒ぐ彼らには届かない。
跡目でもない、どこかへ嫁ぐだけの物静かな貴族令嬢としての人生で、無知は差して困ることではない。
けれど、今のままでは知らないことばかりでは、いつか足元をすくわれてしまうのも事実だった。




