第32話 炭酸カルシウム作りと、簡易蒸留リベンジと芳香蒸留水と盛りだくさんです
普段から卵の殻は捨てずにいた。薄い内側の膜をとってよく洗い、乾かして保存していた。この一手間を省くと、一気に生臭くなるのだ。
「ええ。卵の殻ってゴミじゃないんですね。奥様の発想が怖いなー」
「あら、どんなものでも物は使いようとよく言うでしょう?」
作業を覗きに来たフィアビリテに返事をして、卵の殻をすり鉢に入れると、フルールはとにかく無心で細かく砕いていった。
薄布の上に乗せて包み、受け皿を用意してふるいにかける。細かな粉が皿に溜まっていく。
――炭酸カルシウム、本当は貝殻の方が楽なんだけど。サントゥール領は、海に面して無いものね。
布に残った粉は再度細かくして分別した後、器に荒い粉は別に貯めておく。美容で使わずとも肥料として使えるからだ。
キメ細かな粉だけを皿から三種類の小瓶へ量を変えて移していった。
それぞれの粉の量に合わせて、とうもろこしの粉末、クレイパウダーの配合を変えて、最後に炭の粉末と清涼感の強いハーブの粉末を加えて瓶を振って混ぜ合わせる。
――引っ掛かりは、無しかしら?
フルールは三種類の粉を指で摘まんで、それぞれ手首に乗せて肌へと馴染ませた。
ここで卵の殻の粒が大きいと使用感の違和感に繋がるし、下手をすれば怪我をする。
匂いを嗅いだり、着け心地を確認した後、フィアビリテに全て渡した。
「これで良ければ、各素材の使用量はぐっと抑えられるわ。行程が増える分、仕事を細分化すれば、分業による漏洩抑止に繋がるし、量産もしやすいと思う」
「見た目は、前のよりちょっと白くなりましたね?」
まじまじと小瓶を見て考えているフィアビリテを眺めて、ふとフルールは新しい商品の構想を思いついた。
調理場に戻り、残った荒い粉に水を加えて混ぜる。
白く濁った上澄み液だけをトレーに流し入れた――水精製。
不純物を沈めて、細かい粒子だけを取り出す方法だった。うまく乾けば、白粉として高品質な素材になるはずだ。
「……炭酸カルシウムは確か、石灰からも作れたわね? それともそのまま、加工済みの物が売られてたりもするのかしら?
建材、石材として売られてることが多かったはず……。また欲しいものリストに加えて、旦那様に打診しなきゃね」
いもずる式に前世知識を掘り起こして、フルールは考えた。石灰はそのままでは刺激が強く、人体に使えない。
昔、運動場のライン引きでよく使われていたものだ。さらさらとした真っ白な粉だが、触れば肌が荒れる。そうやってよく触って遊んでいたのを思い出す。
――触るとすぐに肌がカサカサするし、痒くなるのよねぇ。
大人になってから、徐々にライン引きの中身が、肌荒れしない安全な炭酸カルシウムに移行していったとニュースで見た記憶があった。懐かしいとフルールは感慨深くなった。
◇◆◇◆◇◆◇
「あ、フルール。ちょうど良かった!」
フルールは、夕食の買い出しに市場へとやってきた。果物屋のラピットが手を振って、声をかけてきた。
「ラピット。どうしたの、もしかして?」
小さな町なので、同年代は少ない。ラピットとは年が近く、普段から顔を合わせれば世間話をする仲でもある。
先日夫が林業をしていると知って、療養で事業構想を練っていた時に、カーム伝にある依頼をしていた。
出来たのか、とフルールは期待の眼差しを向けた。
「まだ全部じゃないけど、頼まれてたものが出来てきたって。いつでも良いから見にきて欲しいってさ!」
「そうなの。ありがとう!」
ぱあっと目を輝かせて、フルールは礼を言う。そのまま店の果物を見つめて、ベリーを一盛り買って帰ることにした。
「たくさん買うね、ジャムでも作るの?」
「良いものが出来たら、お裾分けするわ。旦那さんには、明日伺うって伝えておいてくれる?」
ラピットから、ガルドがベリーを受け取った。訊ねられたフルールは、約束を取り付けて市場を後にする。
◇◆◇◆◇◆◇
「何をするんだ?」
買ってきた食材をテーブルに置き、ベリーを持ってフルールは調理場へ向かう。
深い鍋をボール代わりに使い、ベリーをざっと洗うと、そこへかぶるだけの水を入れて火をつけた。
手際よく動くフルールに、ガルドが訊ねる。
「前に失敗した蒸留、リベンジしようと思って」
鍋の中央に、水位よりも高さのある陶器の空容器を入れる。蓋を逆さまにして密着させると、蓋に氷をガラガラと盛る。
――前は、本格的な蒸留装置を見よう見まねでやったからね。
今回は、完全に機材を使わずにする家庭向けの簡易蒸留法で再挑戦だ。取れる量は更に減るが、ベリーはジャムにも活用出来るので、失敗しても無駄はない。
煮立ち過ぎないように、火加減を気にかけてくつくつと煮ていく。
蓋の上の氷は、溶けた水が溢れないようにタオルで都度吸い取った。減った分はまた魔法で追加する。
――旦那様に王都で買ってきてと頼んだから、本当は待てば良いのだけど。
町にはないが、王都なら取り扱いがあるだろうと蒸留器をルゼルヴェに依頼していた。
「芳香蒸留水とアプリコットを浸けたお酒、水を加えたら立派な化粧水になるから、賄賂に最適よね」
実はラピットの夫に頼んだ木製品は、今後の作業で大活躍する予定の物が多い。
出来るならば賄賂を渡して、今後もぜひ取引をお願いしたいのだ。




