第31話 フットパウダー、実は侮れません
瓶の中身は、クレイパウダーと炭の粉末、清涼感のある香りが強いハーブを組み合わせた物だ。
ツンとした無骨な炭の香りに、見た目はくすんだ黒っぽい色をしている。
フィアビリテの言うように、パッとしない外見の非常に怪しい粉と言えた。
「で、なんですか。これ?」
「ザックリ言うと、フットパウダーね。汗の吸着と匂い消しになるの」
まじまじと見つめるフィアビリテに、フルールは端的に答える。
すでにある物を使って、配合を試行錯誤しただけ。作り方も混ぜ合わせただけなので、値段だけなら平民でも手は出せる代物だ。
ただ、貴族と平民とでは求めるものも、美意識も違う。これに平民の需要はないだろうと思う。
「男性は革靴やブーツが多いでしょう? 足が蒸れやすくて、衛生面も匂い的にも、貴族なら気にするのではないかと思って。
足に抵抗がある人は、靴に直接振ってもいいと思うわ。
使えば多少は臭いとか不快感が、マシになるのではないかと考えているのだけど……」
そう補足する間に、フィアビリテが靴を脱ぎ出していた。どうすれば良いのかと訪ねてきたので、少量を手で取り刷り込むといいと教える。
「塗った側から、さらっとするんですね」
すでに足が汗ばんでいたのか、目を丸くするフィアビリテに、そこには触れずフルールは頷いた。
前世で初めて使った時はフルールも半信半疑だったから、気持ちはよく分かる。よく分かるのだが……。
「貴方、少しは躊躇いとかないのかしら?」
「見た目は確かにアレですけど。奥様の作るものなら、信用ありますからね」
フィアビリテは、未知の物に対してさほど抵抗がないらしい。けろりと返されてしまった。
「じゃあ、貴方とガルドでしばらく使ってみて? 使用感が良ければ、貴族向けにでも商品として考えるわ」
フルールにとって、フィアビリテはズカズカとした言動で、初対面の時は苛立ちの方が勝り良い印象は無かった。
これはこれで、良い被験者が出来たのかもしれないと、フルールはプラスに捉えることにした。
◇◆◇◆◇◆◇
「クレイパウダーの需要が恐ろしいことになりそう……?」
二階の在庫置き場で、混ぜていない純粋なクレイパウダーの残量を確かめたフルールが難しい顔で、むぅと唸っていた。
元々は固形石鹸が出来るまでの繋ぎの洗顔として、今は特別な洗顔として時々使うくらいだった。
白粉としても使えるが、フルールは化粧をする気がなく出番はなかった。
そのため今後は、フットパウダーが主な使用用途になりそうなのだ。
それも、思っているより需要が高まる方向で――。
『え、待って待って。ここに来るまで、蒸れてないんだけど!』
ガルドとフィアビリテが使い出して数日、ガルドは相変わらず簡潔な感想だったが、フィアビリテの方は嬉々として日々報告してくる。
そのノリは、カームと似ていて賑やかだ。
フルールの捻挫も快方に向かい、リハビリがてら丘陵地にあるラベンダーの群生地へと、ある日全員でピクニック向かった。
町では不審者などの噂がピッタリと無くなり、家を留守にしても大丈夫だからとガルドからの発案だった。
そして、昼食後に靴を脱ぎ出してレポを始めたのがフィアビリテだった。
脱げ、と催促されたガルドは心底嫌そうな顔をしてフィアビリテから露骨に距離を取ったあと、最終的に捕まってた。
せめてもの抵抗か、離れたところでフルールに背を向けると靴を脱いでいた。
『あー。お前、汗っかきだもんなぁ。帰りにもう一度振っとけば、いけるんじゃないか?』
フィアビリテは懐に隠し持っていたらしい、フットパウダーをガルドの靴の中へ振りかけていた。
端から見ると、かなり怪しいやり取りだ。
フットパウダーに使うクレイパウダーが、ここで採取出来る泥からだと伝えると、ガルドに習って、フィアビリテもせっせと土を掘っていた。
――本当に、物珍しいことに忌避感がない人ね。
ピクニックから帰宅して、現在。王都に滞在中のルゼルヴェからの遣いがやってきたのが昨日だった。
店舗を用意したこと、商会立ち上げの書類が受理されたこと、それに伴い会いに来ると手紙で簡潔に綴られていた。
――業務報告書みたいな、可愛げの無い内容ね。
無駄がないと言えばそうなのだが、フルールは返事に少し迷ってから、了承の意と貴族らしい文言を添えておいた。
遣いの者に、減っているだろう固形石鹸と酢リンスも納品しておく。
そこへフィアビリテが、フットパウダーを追加で渡していた。
怪しい粉に怪訝になった遣いの者の靴を、容赦なく脱がせて、その足に振りかける大胆さは、フルールがちょっと引く光景だった。
『これ、皆気に入りますって。邸でも使ってもらわないと』
王都でも絶対に売れるからと、フィアビリテに爽やかに言われてしまえば、フルールとしては頷くしかない。
商品としては申し分無いのは理解したが、生産体制が課題だと思う。
「手間隙かけるだけの価値はありますよ。必要なら、また取ってきますけど?」
考え込むフルールに、フィアビリテが隣で提案してくる。
ピクニックから持ち帰った泥を洗う際にも、彼は意気揚々と手伝っていた。
おかげで予定よりも早く作業が終わり、泥は広げて乾かしている最中だ。
「あそこだけを掘ってたら、そのうち掘り尽くして無くなるわよ。
周辺からも取れる場所はあるはずだから、本格的に調査して、泥を採取して洗う工程だけでも近隣で雇用を募集する方が確実かしら。
旦那様が近々来られるなら、その辺り任せてしまえば良いのでしょう?」
以前、小難しいことは周りを頼れとフィアビリテは言っていた。フルールがそう返すと、彼は笑って頷いた。なら遠慮なく使おうではないか。
「クレイパウダーを残しつつ、他の材料を追加して配合を変えてみましょうか」
他の候補がないわけではない。ただ、長期的な目線で考えないと、商売としてはダメだろう。
消耗品でもあるから、需要があるのに素材が足りなくて販売終了となれば、愛用者が路頭に迷うようなものだ。
「え、そんなこと出来るんですか?」
「可能は可能よ。炭を増やしたら真っ黒になるから、炭だけは量は固定ね」
それは初回の配合決めで、フルールがやらかした失敗談だ。
階段を降りたフルールは、そのまま地下の食料庫に向かう。食料品を見渡して、どうしようかと考える。
――じゃがいもやとうもろこしだけじゃ、ダマになりやすい。
食品でもあるから、足に単体で使えば、生臭くなってしまうわね。
クレイパウダーに比べ、圧倒的に効果は落ちる。あくまでも各素材の繋ぎの役目として目当ての物を見つけると、材料を持って調理場へ向かった。
「その白いのなんですか?」
「卵の殻」
さすがに予想外だったのか、呆気にとられて固まるフィアビリテを放置して、フルールは作業に移った。




