第26話 手打ちうどんはストレス解消にもなるのです
「一人当たり小麦粉を百グラム。塩、五グラム。水、五十前後だから……」
揃えた一式を前にしたフルールは、上機嫌でブツブツと呟いて、指折り数えて考える。
初めて作ったのは前世の中学の家庭科だ。そこからハマり手軽さから、家でちょくちょく作るようになった。
――もちもち捏ねるのが、いいストレス発散になるのよね。
手で力いっぱいやるのも良いのだが、ラップやビニール袋などがあれば足で踏むのも楽しい。
ここにそれらは無いため、出来ないのが残念で仕方なかった。
「……お昼を食べるのは、何人?」
「八人くらいですね」
フルールの問いに、カームが即答する。数が曖昧なのは、護衛を含めているからだろう。
――ほとんど男だし、そりゃ食べるわよね。
多め、多めと考えてフルールは考えを放棄する。麺が余れば、油で揚げてドーナッツにしてもいいと切り替えたのだ。
「よし、十人分で作っておきましょう!」
フルールは盥に小麦粉を投入し、おおよそ一キロとなるよう感覚で調整した。
「塩水、塩水~」
水球を手のひらに出して、スプーン一杯の塩を十回に分け入れて溶かした。
反対の手でぐるぐると粉をかき混ぜながら、水球から少しずつ水を流していく。
生地の様子を見ながら、真剣に加えていった。
――ここで多すぎたら、うどんがふにゃふにゃになるし。少ないと、バラバラになっちゃうのよ。マズいやつね。
「酔ってるのに、手際が良い」
カームが感心しながら、フルールの動作を見守っていた。
ガルドは、フルールが転けないように後ろへと控えていた。
「混ぜ混ぜ~」
盥の中で、水と小麦が混ざり大小の粒が出来た。
水球を片付けて、盥の中で一つの生地にまとめると、フルールはこね始める。
徐々に生地は固くなり、フルールの手に力が入る。一キロの生地は重労働だ。机や椅子が、ギシギシと音を鳴らし始めていた。
「代わる。捏ねるだけでいいのか?」
「耳たぶくらい柔らかくなるまでね。よおく混ぜて捏ねるの」
見かねたのだろう、袖をまくったガルドが手を洗ってやって来た。
フルールは、ガルドの耳へと手を伸ばし――。
「君のそれは、わざとか?」
苛立ちを隠さず、ルゼルヴェがそれを止めた。フルールは止められたことに頬を膨らませ、不機嫌をあらわにする。
――わざとってなによ。
そのフルールの子どもっぽい仕草に、ルゼルヴェは片眉を吊り上げ怪しんだ。
信じられないような表情で、フルールをじっと見る。
「カーム、今度はなにがあった?」
フルールではなく後ろのカームに、ルゼルヴェは困惑気味に訊ねた。
「昼食作りですよ。生地は耳の固さだそうで。
私たちが中に戻った時には、フルール様はお一人で出来上がってましたよ。
旦那様こそ、心当たりがおありではないですか?」
「さっき話した通り、フルールとは安全面で利害関係を結んだだけだぞ」
フルールを挟んで、なにやら二人が言い合いをしている。
なにを言っているのかと、フルールは首をかしげてた。
聞いていても分からず、目の前へと視線を戻す。
黙々とガルドが捏ねていた生地は、いつの間にか、つやつやと綺麗にまとまっていた。
フルールは手を伸ばして、指でつんつんと生地をつつく。触り心地がよく、指がふにっと吸い込まれた。
「ガルド、綺麗な布を濡らして生地に被せて、少し寝かせるわ」
「分かった」
うどんの生地を捏ねるのは力がいる。フルールは生地の量が多く、踏むことが出来ないため苦戦すると思っていた。
――ガルドったら、それを軽々とやってしまうなんて。
「さすが男の人ね。あっという間に生地が出来たわ。ありがとう」
テキパキと動くガルドを眺め、フルールは考え事をしながら無意識に呟いていた。
フルールの頭の中は、うどんの具やスープのことでいっぱいだった。
ルゼルヴェはそんなフルールの呟きを聞き、思わず無言になっている。
それを見て二人の会話が途切れたと思い込んだフルールは、カームに訊ねた。
「食料、今は何があるかしら? 荒らされたんだっけ?」
「まだ時間があるので買ってきますよ。何が欲しいのですか?」
「私も買い物に行きたいー」
カームが当然のように提案してくれたのもあり、フルールはならと要望を伝えた。
うどんにあった食材を実際に見て、買いたいと思うではないか。
「あ、それは無しです。足が治ってからでお願いします」
「カーム、言葉遣い……」
断られたこともそうだが、ルゼルヴェが居るせいだろう、ガルドもカームも先ほどから言葉遣いがやや丁寧になっている。
――せっかく親しくなったのに。
「旦那様のせいね……」
「はぁ?」
フルールの文句に、ルゼルヴェは反論を上げる。
フルールはルゼルヴェを見て睨み、ますます嫌気が差して、手の空いたガルドにねだった。
「ねぇガルド。さっきのブランデー、もう少し飲みたくなったから出してきて」
「それもダメだな。酔いすぎだ。あれは、化粧水に取っておくんだろう?」
ガルドにまでダメだと言われてしまい、フルールはしょぼんと気落ちする。
「むぅ……。そうだわ、カーム。玉ねぎ買ってきて、あと肉も、卵はあったかしら?」
――そうよ、旦那様に泣いてもらおう。
フルールばかりが割りを食っている気がするのだ。ちょうど暇そうに目の前に居るのだからと、悪どいことを考えついた。
「分かりました。夕飯の分もついでに買ってきますね。旦那様、荷物持ちにフィアビリテ様を借りて良いですか?」
「ああ、あの減らず口はこき使ってくれ。減った物資はこれを機に、しっかり補填しておけ。
町で足りないものは、侯爵家からも出すから一覧にしろ」
カームの問いかけに、ルゼルヴェが応じた。
それを見つめながら、フルールは祈る。
――とびきり辛い玉ねぎが、買えますように!




