第25話 以前のワインが実は、ブランデーに進化していた話。
ルゼルヴェが外へ出て行き、なにやら話し声が聞こえる。
敗北感を紛らわすため、苦し紛れにフルールが契約書を希望したのだ。
――子どもみたいに笑ってたわね。
勝ち誇ったような笑みのまま、ルゼルヴェはすぐに用意をすると言って外へ向かっていった。
今、家の中にはフルールの一人だけだ。
慣れない心理戦など、するものではないとよく分かった。
根っからの貴族ではないフルールの内心はもう、クタクタである。
「こういう時は、あれよね!」
捻挫のため足を庇い、四つん這いで調理場へ向かった。
盗難対策である棚の二重仕切りを外して、フルールはとっておきを取り出した。
瓶の中で淡い蜂蜜色の液体が、たぷんと揺れている。
――そう、やけ酒よ!
途中までは、いい感じだったのだ。それなのに最後の最後でフルールは失態を犯して、言質を取られた。
ルゼルヴェとの駆け引きに負けたのだ。
「ふふふ、ワインの蒸留は失敗したけど、少量なら出来てたのよね」
先日行った蒸留実験。フルールのスプリンクラーのごとき魔法の水害に対して、半端な蒸留装置はなんとか浸水せず、その中身を守り抜いた。
片付けの際、中身の蒸留酒を回収しアプリコットのドライフルーツと一緒に、瓶へと保管していた。
――量が無いから、一人用なのだけど。
蓋をパカリと開けて、フルールは香りを嗅いだ。甘い香りがふわりと漂う。
「くぅ~。これよ、これ。まだ軽いけど、なんて良い感じのブランデーになってるの!」
きゃっきゃと一人で気分を上げて、フルールは先程ハーブティーで使っていたカップにお酒を注ぐ。
商談には成功したのだろう。仕事として成り立ち、安全かつ専念出来る環境に変わるのだから。
化粧品の類いも、豊富になることだろう。
――悔しい。
手の甲のキスを思い出して、フルールはグビッっと酒を飲み干した。
夫婦として失敗したのが、どうにも腑に落ちなかった。ルゼルヴェのことを許したつもりはない。手のひらで転がされるのは、気分が良くなかった。
「……ほぅ」
とろんとした重厚な甘味と共に、喉にガツンと熱が通りすぎる。
頬に手を当てフルールは、にまにまと笑みを深くする。
「ん~、美味しい。冷やしてみたいわね」
いつもなら氷を出すだけなのだが、フルールは思いつきでカップを中身ごと凍らせる。
瓶の中身を追加で注ぎ、軽くカップを回して酒を溶かす。
ふわりと漂う甘い香りに、フルールはうっとりとカップを見つめて煽ると、冷たい口当たりと喉の焼ける感じがマッチした。
ルゼルヴェへの怒りなど、もうどうでも良くなった。
「はぁ~、冷たい。美味しい」
「あれ? フルール?」
玄関口から、カームの声が聞こえた。
調理場へ座り込んでいるフルールは、死角となって彼女に見えていない。
――はっ! 秘蔵なんだから隠さなきゃ。
カームが、フルールを呼んで探している。
それに慌てて片付けようと、フルールはガサガサと動き出す。
「あ、いた――って、何してるの!?」
「やだぁ、バレたぁ!」
物音で逆にバレて、カームが調理場を覗いた。ブランデーの瓶は仕舞ったが、仕切り板を直せていない。
フルールは上気した頬をさらに染めて、涙目になる。床をバシバシと叩いて、不満を露にしていた。
ついでに言うと、床にカップもそのまま転がっている。
「わ、なんかお酒の匂いする!」
カームがフルールの側へ来て、カップを拾うと香りに気づいた。
「ちょっとフルール、ホントに何してたの!?」
「ちょっと呑みたい気分に、なっただけじゃないのぉ!」
前世の記憶が戻ってから、フルールにとって初の強いお酒だ。
町に来てからもずっと、フルールは二人に気を遣っていた。
以前それとなく訊ねた時、真面目なガルドが護衛が自分一人だけだから、酒を飲まないと答えたのだ。
「どうした?」
カームの声を聞きつけて、ガルドが家に入ってきた。すぐに調理場へと顔を出して、座り込んだフルールを見て、あからさまに呆れている。
「あ、返して!」
「……フルールが、酔ってるの」
カームが膝をつき、棚の奥から瓶を取り出して、ガルドに見せた。フルールはそれに抗議の声をあげる。
「かなり強い酒だな。町に、こんなもの売ってたか?」
カームから瓶を受け取り、蓋を開けたガルドは香りを嗅いで、カームに確認する。彼女は黙って頭を横に振った。
――匂いで分かるなんて、ガルドはやっぱりそれなりに呑めるのね!
「ふふん、二人が居ない時にね。私が作ったのよ、ワインから!」
地べたに座り胸を張って自慢気に言うフルールに、二人は押し黙った。
代わりに物言いたげな目をフルールへと向けている。
「……肩を貸した時、熱が下がりきっていなかった。酔いやすくなってたのか」
「クラッカーとチーズを摘まんだくらいじゃ、空きっ腹だから。なおさらかも」
それぞれに考察を述べて、さてどうしたものかと二人はフルールを見る。
言動がやや幼く感情的になっているように見受けられる。確実に、酔っているといえる状況だ。
「そのお酒、全部飲んじゃダメよ。化粧水も作るんだから」
アルコールをハーブ水で薄めて、化粧水にするのだ。そこは譲れない。フルールの主張に、二人は嘆息した。
――そんなにおかしなこと言ったかしら?
どこか困ったような顔をする二人に、フルールは首をこてんと傾げる。考えてもよく分からなかった。
「……誰も飲みませんよ」
そう優しく声をかけて、ガルドはフルールを抱き上げ運ぶと椅子へと座らせた。
カームは瓶を元の位置に戻して、二重の仕切り板もはめ直した。
「昼食、胃に良いものを作った方が良さそう」
「そうだろうな」
カームがそう言って、新しいカップに水を注ぎフルールに渡した。
胃に良さそうと聞き、先ず思い浮かべたのは前世のうどんだ。お粥も定番だが、米はない。
――パトロンだから、旦那様に探してもらっても良いわよね。米の美容品も作れるし。
考えているうちに、うどんが食べたくなってきた。これはもう作るしかないだろう。
フルールは、元気よく手を上げた。久々の皆での食事だ。気合いは十分過ぎるほどにある。
「じゃあ、私がお昼を作るわ。うどんを打って!」
「……うどん?」
フルールのテンションについていけず、カームが怪訝に眉を寄せ訊ねた。
「もっちもちのおいしいの。小麦粉と塩と大きめの盥を持ってきて。テーブルで作っちゃうから!」
にっこりと笑って、そうフルールは宣言した。
従った方がいいだろう、カームとガルドは手分けをすることにした。




